七話『防具は重いのです』
「そんじゃ、お前の服を買うか」
時は太陽(面倒だから決定)が頂点まで行き、徐々に下り始めた頃から数時間。
俺は狐の獣人と歩きながらちょっとした大通りを歩いていた。
奴隷には黒い首輪がさせられており、それに俺の血を垂らすことで契約は完了するらしい。契約内容は、俺に害になることはしない、だそうだ。間接的にでも直接的にでも俺に害になると首輪が判断した場合は首を締め付けて苦しませるらしい。えげつないなぁ。
そんな俺の奴隷は常に俺の数歩斜め後ろを歩いていた。
よく手入れされた金髪にそれと同じ色の耳と尻尾。とても整った顔立ちで、系統としては可愛い系だろう。くりくりお目目が可愛らしい。身長も百四十五cmほどと小柄だ。スタイルもそれに似合ったものだが。言っちゃえばキュッキュッキュッ、だ。
そんな狐の獣人はずっと俯いて尻尾も垂れ下がっていたが、俺の言葉を聞くとピクリと動いた。耳が。
狐の大きな耳はよく動き、分かりやすい。それが種族特有のものなのか、はたまたこの子特有のものなのか判断つかないが、とりあえず可愛い。
「私の、ですか?」
まだ全然声変わりなど来ていないようなハイトーンボイスで俺に聞き返す。うわぁ、俺ロリコンじゃなかった気がするんだけど……
俺はピンクな妄想を早々に打ち消して問いかけられた質問に答える。
「そうだ、お前のだ」
「私などこれで十分です」
敬語は慣れないのか、はたまた難しいのかちょっと頼りない感じの喋り方だ。
にしてもこれでいい、か。結構良い待遇っぽかったからもっと傲慢かと思ってたけど、案外奴隷ってのは最初に調教されてるのかもな。お前は奴隷だ~、物だ~、人なんかじゃない~、みたいな。
しかし俺はその言葉に反論を返した。
「違う。お前が質素な格好をしていると俺が悪く見えるんだ」
「…………はい」
どうだこの見事な理屈! 俺のためと言っておいて実はお前に服を買わせるための口実! ……実は物語の主人公たちの言葉を真似ただけなんだけどね。
狐の獣人は観念したように返答をした。もっと嬉しがってもいいんだけどな~。
そんな感じで俺が服を買った場所と同じ場所で狐の獣人の服を買った。
狐の獣人にはその小柄な外見に合わせて子供っぽくしてみた。
白のワンピースに金の長髪がよく映える。ちなみに尻尾はそれようの穴を開けてもらった。
狐の獣人は嬉しいけどそれを表面に出さないようにしているため口元がによによと動きまくっていた。そんなに主人の前で喜ぶのがいけないことなのかねぇ?
とりあえずそれを置いといて俺はギルドへ向かって歩き出す。
によによしていた狐の獣人は俺が歩き出したことにハッとなり、慌ててトテテッと駆け寄ってきた。そして、
「ありがとう、ございます」
そう俯きながら言う狐の獣人は先ほどよりも近くに寄ってきている気がした。
「はぁ? 奴隷をミスリル一枚で買ったぁ?!」
俺はギルドへ着くなり面白いお兄さんのところに行き、奴隷の相場を聞いた。
参考までにと俺が狐の獣人を買った値段を言うと先ほどのリアクションだ。普通でつまらん。
「そうなんだよ~。ま、騙されてんのは知ってるから安心してちょ。敢えて高値で売らせたから」
「はぁ、どういうことか分からないですが奴隷の相場は女性が金貨十枚ほど。男性なら五枚ほどですね。それぞれ力が強い、容姿が端麗などで価格は上下します。しかしそこの狐の獣人なら金貨十枚が関の山でしょう。美人ですが少々幼過ぎます」
なるほどなるほど。あいつは普通の十倍もの値段で俺に売りつけたと。ほほ~。
俺はだんだんと顔を笑みで埋めていく。口は三日月型に裂け、目は危険に釣り上がる。お兄さんがドン引きするのが見なくても分かる。見てるけど。ガン見だけど。
俺は聞くことを聞き終えると、そうかそうか、と言って踵を返す。
「ありがとさ~ん」
そんな言葉を残して俺はギルドを去って行った。ギルドの連中には、騒がしいやつだなぁ、なんて思われてるだろうなぁ。短時間でこんなに行き来してんだから。
俺がギルドを出て大通りを歩いていると後ろからおずおずと声がかけられた。
「ご、ご主人様は、な、なぜ私をお買いに?」
その声はもちろん狐の獣人だ。
チラと見てみれば顔を俯け、耳と尻尾を丸めてどんな言葉でも受け入れる! という覚悟が垣間見得た。
しかし俺はそんな重い話なんてするつもりはない。
俺はいつも通り気楽に気楽な理由を答えてやった。
「気持ちよかったから」
「はい?」
「おいおい、ご主人様に向かってはい? はないだろ。まあ、な。お前の耳と頭の触り心地が一番良かったんだよ。ついでに頭の高さもな。撫でやすくて気に入った。それだけだな」
俺のお気楽すぎる答えに狐の獣人はしばし唖然とする。
しかし俺はそんな狐の獣人を無視して歩く。目的地はどこかの宿だ。とりあえず一番高いとこでいいかな?
上の空の狐の獣人はほったらかしに、俺は歩みを止めない。
しばしの間歩を進めるとなんかいかにも高級ですよ~、と言った風の建物があった。看板にも宿屋的な言葉が書いてあったしそうなんだろう。ちなみに文字は俺が焦点をあわせると日本語に変わった。やっぱ俺の脳内で無意識に変換してんのかな?
俺はその旅館のような建物に入…………ろうと思ったけど扉が少し小さくて断念した。くそぅ! こんなところで諦めなければいけないのか……!
と思っていると、
「あの、ご主人様。大きな荷物はそれ用の入り口があるのでそこから入ればよろしいかと」
「おお! そうなのか! んじゃお前中に入って店員にでも言ってくれや」
狐の獣人がおずおずと進言してきた。
俺はグッドタイミングな情報提供にご褒美として頭を撫でてあげた。やってから気付いたのだが嫌がってたらご褒美じゃないよな。嫌がってなかったからいいけど。嬉しそうだったからいいけど。
狐の獣人はその真っ白なワンピースの裾を揺らしながらトテテ~と小走りに旅館の中へと入っていく。
しばし待つこと数分。狐の獣人は口元をちょっとだけ笑みの形に変えて旅館から出てきた。なんかあったんかな?
狐の獣人は俺の目の前まで来ると報告をし始めた。
「ご主人様! 私ちゃんとお願いすることが出来ましたよ! 宿に泊まることと、荷物のこと!」
「おお、偉いぞ~、よしよし~」
なんか表情はあまり変わらないが、声がやたらと嬉しそうにしていたので褒めて頭を撫でてあげる。またも口元をによによさせて笑うのを我慢する。前の主人が笑ったら暴力振るうやつだったのか?
と、そうしている間に旅館から人が一人出てきた。ちなみに扉は引き戸じゃない。片開きの扉だ。旅館なのに。
「お客様でございますね。その荷物だと…………裏の搬入口から入ってもらうのがよろしいかと。ご案内しますのでついてきてください」
出てきた妙齢の女性は柔らかな物腰で俺をお客様として扱う。まあ客だしな。でもこんな餓鬼が冷やかしにきたとか考えないのだろうか?
そんなことを考えながらついていこうとするとまたも扉から今度は大男たちが出てきた。
大男は俺に近寄ると口を開いた。ちなみに上下黒のスーツにサングラス。しかもスキンヘッドときた。どこぞのSPかヤクザだ、と突っ込みたい。
「お荷物をお持ちいたします」
「あ、マジで? でもこれ重いよ?」
「いえいえ、そのために私たちがいるのです。お客様なら最大限のサービスをするのは当然です」
俺は普通に驚いた。こんなとこにも日本人みたいにサービスがどうのこうのって言うのか、と。
しかし俺の荷物は本当に重いのだ。俺だからこそ簡単に持っているように見えるが、実際は数百㎏は超えてんじゃないか?
俺は仕方なく地面にリュックを降ろすことにした。
ズシン! と衝撃であたり一面が揺れる。震度二くらいかな?
「ッ?! …………ッ?!」
「ほら、重いでしょ? だから別にいいよ~」
SPたちはまずリュックのたてた地響きに驚き、次に持ち上げようとして一mmも持ち上がらなかったことに吃驚したようだ。なんかこういうのって気持ちいぃ!
SPたちが、こいつ何者だ? 的な視線で見てくるのを心地よく思いながらリュックを軽々と背負い、女性の元へと歩いていった。
女性は旅館と隣の店の間にある裏路地のような場所で待っていた。
「お待たせ~」
「いえ、それより申し訳ございません。お客様に荷物を持たせるなど我が旅館の恥です」
「いえいえ、これ本当に重たいですからね~。しょうがないんじゃないですか?」
「ありがとうございます。貴方様は本当に力持ちなのですね」
歩きながら俺は女性とそんな風に喋りあう。ふふふ、と上品に笑う女性はどことなくマダムを連想させた。いや別に太ってないけどね。
少し行くとすぐに大きな扉が目に入る。ちゃんと施錠もしており、厳重な防犯を行っているのが伺える。
女性は懐から鍵を取り出し扉についているいくつもの鍵を外すと両開きのその扉を外へと向かって開いた。
「ほぅ」
俺から見えるその荷物搬入口でも他とは一線を越す旅館だと分かった。
綺麗に磨かれた木の床。あちこちに散りばめられている光る何か。壁も木でできており本当に旅館を思わせた。
俺が感嘆の息を吐いていると女性がどこか誇らしげに胸を張る。
「ではどうぞお入りくだ――――」
「あ! やっべ……」
女性が道を開けて中へと誘導するのを見て……いや正確にはその誘導する先を見て俺は唸った。
何故か。それは…………
「俺の荷物って重いんよ。つまりちょっとやそっとの床とかだとぶち抜くんだわ」
そう今の俺の体重は全身タイツを着ているせいでトンをはるかに超えるのだ。魔法的な魔力的な何かのおかげか大地は踏みしめてもあまりへこんだりしないが。いや数トンなら普通にへこまないか? 象とか歩いてるし。いやでもあれは四足だし足の表面積が大きいから分散されるわけで…………
などと考えていると女性が口を開いた。
「私の旅館はこの町で最高級だと自負しております。当然床もそこいらの木材を使っているわけではありません。どうぞお入りください」
「あ、そう? なら壊しても弁償は勘弁してくれよ? 俺は本当にだた普通に上がるだけだからな?」
なんか女性は旅館に滅茶苦茶自身を持っていたので前置きをしてから上がる。
ここは靴は脱がないようで靴の置き場などはなかった。
俺はさあ上がるぞ、と思いながら手前にある三段の階段を昇ろうと足をかけ…………
バキッ!
思いっきり踏み割った。
「………………」
「ね? 言ったでしょう? ということで帰るわ~」
絶句する女性を尻目に俺はその場を後にする。だって気まずいじゃん?




