十九話『ボコボコ』
若いが貫禄のある王との対面でもリラは少しも臆さずに話し合いを続けた。
今は王が問いという名のボールを投げつけたところだ。リラはこれをどう受け止めどう返すのか。
俺は静かに事の成り行きを見守っていた。
「つまり王は国民が、町が危機に晒されたにも関わらず、それを助けた者達に心のこもった礼一つ出来ないと。そういうことですね」
リラの言葉は疑問系ではなく決めつけだった。
それにしても今のリラの問いは暴論だ。確かに一人の人間として自分の身近な人を助けてもらったりしたら礼は必須だろう。もちろん心のこもった全身全霊の。つまり頭を下げたお礼。しかし今回の相手は王だ。そう簡単に他人に頭を下げるわけにはいかない。王制の国で王の威厳がなくなることは何を意味するか。それは反乱。それは裏切り。それは混乱。
故に王は困る。これ以上の王の威厳は落とせない。しかし止めなければ配下が爆発する。
その碧眼を瞼で覆った王は一瞬だけ逡巡し……覚悟を決めた。
「ほぅ」
俺は思わず声に出す。
判断力、決断力、共に申し分ない、か。
俺はこの若い王の優秀さを改めて目の当たりにし、評価を上方修正した。
そして王は言う。
「すまないがそれは出来ぬ。確かに我の国民を助けてくれたことはありがたく思う。しかし我は王だ。お主らなんぞに頭を下げるわけにはいかぬ」
赤髪の王は今『なんぞ』という言葉を使った。
これで俺達をあくまで下とみなしており、先ほどの許しは王の寛容な心の広さだと周りに知らしめることが出来たわけだ。
騎士団長も満足気な顔で後ろ手で何かの指示を出す。多分国の暗部でも動かしてるんじゃないだろうか。なんか近づいてきていたし。
リラはこの返答に少しばかり心拍数を上げた。多分予想はしていたけど、まずい返し方をされたからだろう。予想していても最悪がくればドキッとするものだ。
さて、リラ、お前はここをどう切り抜ける。
俺が期待のこもった視線をリラに投げかけているとリラは口を開いた。
「そうですか。お主ら『なんぞ』ですか。…………ふざけているのですか?」
「何?」
「まさかここでの力関係を貴方はまだ理解していないとは。失望ですね」
「貴様ァ! さっきから黙って聞いていれば! 王様! もう我慢できません! 許可をください!」
黙っていなかっただろ、という騎士団長への突っ込みはおいといて、リラの言葉には何の感情も乗っていなかった。しかしその心拍数や息遣いから俺はある一つの感情を読んだ。
それは……恐怖。
俺が【常闇の森】で魔物を追い詰めたときによく聞いたリズムだった。
何故リラが王のあの言葉に恐怖を感じたのか。俺は少し考え…………自分のせいだとすぐに気付いた。
あの待合室での会話での一言。
『王相手でも下手に出ることは許さない』
これが頭に残っていたのだろう。もしくは俺の言葉一言一句全て覚えていたか。
なんにせよリラはそのせいで王の言葉により俺が機嫌を損ねたのではないか、と。自分が売り飛ばされるのでは、と恐怖しているのだろう。
こんなところで俺の言葉が影響を及ぼすとは…………流石に予想なんて出来なかったぞ。
そんなことを思っていると俺に近づいて止まっていた影が動き出した。空気の流れを読めば騎士団長が後ろ手で激しく指を動かしていた。暗部か。
リラの周りを調べてみるが、謁見の間のほぼ中央にいるリラには何も近づかない。故に床下や天井など調べてみると…………ビンゴだ。流石に分厚い石を挟むと気配が気薄になるな。
そして俺がいつでも動けるように僅かに体に力を込めたとき。
「よせと言っているのが聞こえぬのか!」
「「「ッ!」」」
腹の底に響く、野太く、低い声が謁見の間に響き渡る。
その声を発したのは紛れもなく、王だ。
王は装飾過多な玉座に深くもたれかかるとため息を吐いた。
そして先ほどまでの威厳がなかったかのようにこちらへ話しかけてくる。
「全く、そんなに俺らを怒らせて楽しいか?」
「王様!」
とうとう仮面を脱いだか。
俺は今の王を見てそう思った。
今までの王は何かに縛られているような感じがしたんだ。多分この感じから王の本当の姿はやんちゃ坊主に違いない。
俺はとりあえず組んでいた腕を解き、後ろ手に壁を削り取る。両手に拳大の大きさの石材が生まれ、俺はそれを掲げる。
「さぁて、王の本性も出たことだし喋りますか。あ、騎士団長っぽい人~。リラを狙ってる暗部っぽいやつらどけてくれない? 五秒以内にどけないと殺すからね~。下手に動いても殺すよ~。はい、い~ち、に~……」
「貴様、何を……」
俺はもたれていた壁から背を離し、リラの元へと歩きながら両手の石をもてあそぶ。
俺の言葉に騎士団長は怪訝な顔をするばかりで何か指示をしようとする気配はない。はぁ、馬鹿は殺られなきゃわかんないってか?
俺は一応律儀に五秒は待ってあげる。
「さ~ん、よ~ん……」
「だから何を……」
「ご~。はい時間切れ~。よ、っと」
未だに話を理解していない騎士団長の言葉を無視し、俺はそれぞれの石を五mくらいありそうな天井と赤い絨毯の敷かれている床へと投げつけた。
それぞれの石は凄まじい速さで飛んでいき、それぞれ大きな穴を穿って消滅する。床は攻撃などするためか、やや薄めに作られていたようで貫通して暗部と思わしき人物を貫いた。
「なっ?!」
「だ~から言ったじゃん」
驚きに顔を歪ませる騎士団長に皮肉気に嗤ってやる。しかし騎士団長は今の光景が信じられないのか固まったまま動かない。チッ、つまんねぇ。
俺は遊ぶのもそこそこにリラの元まで行くと、こちらを不安そうに見上げてくるリラの金髪をやや強めに撫でてやる。
「よくやったぞ~。流石リラだ」
「えへへ~、がんばったの!」
リラは俺の腰に抱きついてそう言った。おお、もう前のリラに戻ったのか。つまりあれは一時的なもので今のリラが本性で…………ま、可愛いからいっか。
俺は俺の後ろに回ってしまったリラを後ろ手で撫でつつ、王に嗤いかける。
「ハロ~、元気~?」
「はぁ、お前らのせいで元気なんかなくなったわ」
「王様!」
相変わらず年老いた大臣は王様と叫ぶだけだ。もう無駄だから違うことに頭使えよ。
俺はそんな冷静さを欠いている大臣を放っておいて王と視線をぶつけ合う。
「それより王様~。こんな一般人の俺達に素顔なんて見せていいの?」
「ああ、別に構わん構わん。それよりお前は何をしに来たんだ?」
「え? あんたが呼んだんじゃん。とりあえず王様とお喋りとか面白そうだな~、って思って」
「プッ、アハハハハ! そうかそうか、そんな理由で来たのか。俺はてっきり王様に呼ばれたら仕方ないと思って来たのだと最初は思っていたのだんだけどな。奴隷を前に出した時点で違うと分かったわ」
王は愉快そうに笑って俺を見る。
しかし俺にはわかる。あの笑いは楽しい笑いじゃない。怒りの笑いだ。
そうか、そうだよな。あんなにコケにされといて怒らない方がおかしい。
と、そこまで考えて唐突にある一つの答えが浮かび上がった。
見せたくない本性を見せた。怒りの笑い。見たところ王の重心が僅かに浮いている。
「なるほ――」
ど、と呟こうとしたところで俺は風を切る気配を感じ、リラを抱えてその場を飛びずさった。
刹那、俺の今までいた場所に長さ三m、深さ十cmほどの溝が出来ていた。
俺が、なんだ? と首を捻っていると王が口を開いた。
「ほぅ、今のを避けるか」
「今の魔法?」
王の感心したような呟きに俺が問いかければ王はニタリと好戦的な笑みを浮かべる。
なるほど、こいつ……………………戦闘狂か。
傍の大臣や遠くの上流貴族っぽいやつらは、あちゃ~、といわんばかりの顔をしてそうそうにこの場を立ち去っていく。巻き込まれたくないからだろう。
王はその長身を玉座から立たせるとこちらを見下ろす。俺、イラッとする。
「さて、もうお前らは生きて返すことはできふべらっ!」
「見下ろしてんじゃねぇぞクソが」
王が何かを言いかけていたが、それは俺の拳が頬に捻りこまれることで断ち切られる。
元俺のいた場所は地面に小さな穴が空き、今この場には急ブレーキした両足の二本線が描かれている。
王は玉座のあるやや高い位置から落ちて、地面を転がる。が、すぐさま体勢を立て直しこちらを睨む。
「お前! 今のは!」
「ん? 言っとくけど俺ってば魔法一切使えないからね」
「転移魔法……ってなんだと?! じゃあ今のはぶしっ!」
「あ~、うるさいうるさい。とりあえずボコってから話聞くから」
俺はチンピラ思考でとりあえず王を殴って蹴ってとピンポン玉のように跳ねさせた。
騎士団長は助けに入ろうにも俺の動きが全く目に追えず助けに入れないでいる。王を受け止めるとかそれくらいしてやれよ。そうしたら一緒にピンポンだけどな。
そしてしばらくボコり続け、クールな感じのイケメンな王が鼻血やら青痣やらで汚くなった頃俺は一人リンチを止めた。
なにやら戦闘にやたらと自信を持っていた王は俺に一発も入れることも敵わず敗北した。
一応王の名誉のため言っておくが、王は結構すごかった。俺が殴ったり蹴る瞬間は一瞬動きが見えることを知り、その一瞬で急所をずらしたり、地面に着くとき咄嗟に受身をとってダメージを最小限にしたり、魔法で様々な妨害を試みたりともうかなりすごかった。全部力で捻じ伏せたけど。
ボロ雑巾のようにそこらへんに転がっている王は最初の威厳がすっかりなくなって茫然自失と言った感じだ。南無三。俺がやったんだけども。
さてと、後は適当に約束して帰りますか。
俺は、そろそろ終わったかな? と戻ってきた大臣達に嗤いかけながら最後の仕上げに入った。




