一話『死んだはずが生きていた』
「よし、死のう」
漆黒の闇に閉ざされた世界の中。
俺はビルの上で立ち尽くす。
死ぬ覚悟をしたその時だった。
「ッ!」
突如一陣の風が吹き俺の背を押す。まるで口だけ覚悟している俺に最後の一押しをするように。
先ほどの独り言で重心が前へいっていた俺の体は簡単に前へと倒れた。
ふわりと時が止まる。
俺は確実に死ぬ。もう後戻りなんて出来ない。
そのことを察しているからか、俺は無駄な抵抗もせずに時に身を委ねた。
「あぁ、嫌な人生だった……」
俺の言葉は激しく鳴る風の音に掻き消された。
そして死の恐怖からか、俺の意識は電源の切れたテレビのようにプツリと消えた。
荒々しい息遣いが聞こえる。
それはどこか何かを耐えているような必死さを思わせる。
聴覚が効くことに驚いていると今度は嗅覚がにおいを捉える。
野生の、獣のような、臭い。
そして今度は触覚。
冷たく、柔らかい土の感触が背中、お尻、ふくらはぎといった体の後ろ側に伝わる。
更に味覚も戻ってくる。
乾いた口の中、唾液すらでないほどにカラカラだ。よく分からない粘つくような味覚が脳に伝わる。
そして…………瞼を上げる。
暗くてよく見えないが、徐々に俺の視覚も役割を果たす。
真っ暗な、一筋の光も通さない分厚い葉に覆われた視界。
その視界の端におかしなものが二つ見えた。
体長五mくらいで体高が二m。全身を真っ黒に染めた虎のような生き物。
もう一方は体高こそ一m半といったところだが、全体的に大きい、亀だ。凶暴そうな顔や歯が特徴的だ。
どちらも見たことがないような大きさだ。どこのジャングルで育ったらこんなに育つんだ?
そんな目に見える危険を感知しながら他人事のように考えるのは何故だろうか。
「あぁ……俺はもう死んでるからか……」
そう、呟く。
その通りで『俺』というものは既に死んだのだ。
だとしたらここは天国か? 地獄か?
そう思っていると、
「ッ!」
やつらがこちらを見た。
その瞬間俺は理解する。
俺は狙われている。肉として、食料として。
本能的に理解すると同時に俺は体をはね起こす。
食われるのは嫌だ。もう食われるのは……
気付けば俺はやつらに肉薄していた。
驚愕故かやつらの体が僅かにピクリと動く。
「ぅらあ!」
そして俺は何をトチ狂ったか亀の甲羅に向けて拳を繰り出す。
狂った頭の俺は自分の拳が砕けるなんて考えてなかった。
しかし予想とは裏腹に、俺の拳は亀の甲羅に突き刺さる!
「グギャア!」
亀が痛みに思わず叫び声を上げる。
俺はそのまま拳を引き抜き次に頭を狙う。
俺の拳は真っ直ぐに亀の頭へと向かって行き…………粉砕した。
血肉が飛び散り俺の顔を汚す。
亀は体を動かす頭がなくなったことにより地響きを立てながら地面に伏す。
生き物を殺した。
しかし俺の心には漣の一つもたたない。
すぐさま俺は身を翻し虎へと駆ける。
虎はその目に俺を映し、駆けた。その目は俺を餌ではなく、敵として見ていた。
俺の速さは尋常ではなく、凄まじい速さで虎に近づく。人間をやめてるとしか言いようがない。
しかし虎もそれに負けていない。いや、人外なのだからすごい身体能力は分かるがこれはおかしい。自分のことを棚にあげて言うがおかしい。
数回の交差の後、戦いを制したのは俺だった。
俺は荒い息をゆっくりと鎮めに入る。
そして冷静になって来た頭で考える。
「ここは…………どこだ?」
俺は今この状況を整理していた。
まず俺は死んだはずだ。なのに生きている。しかも、知らない場所で。少なくとも日本じゃない気がする。いくら山でもこの密度はおかしい。
そして今俺の目の前の生き物の『だった』もの。
明らかにでかい。それはもう、かなり。
見た時は遠近法かなんかで大きく見えたのかなぁなんて何処かで思ってたけど戦ってる時や、今ではっきりした。
こんなでかい生物おかしい、と。
いや、でかいだけならシロナガスクジラとかがいる。あれは半端なくでかい。
けどこれはどう見ても虎に亀だ。大きさがおかしい。
百歩譲って亀は長生きだしありえるかもしれない。だが虎は絶対ない。ありえない。
それに加えて俺の化け物じみた、いやもはや化け物な身体能力。
ここから導き出されるのは…………
「ここが死後の世界か、はたまた地球外にワープでもしたか。それとも…………異世界にでも来たか」
異世界転生。
俺も大分夢に見たものだ。
主人公が強大な力を持って転生し、好き勝手やる物語。
それが、今、訪れてるかもしれない…………
「うぉぉおおおおおお!」
俺は思わず叫んだ!
だって異世界だぞ! 魔法だってあるだろうし、レベルみたいな概念があるかもしれない!
何よりあの化け物な身体能力!
俺は物語の主人公になった気がした。いや、事実なっているのかもしれない。神様とかそういう存在が気まぐれで選んだのかもしれない。
まあなんでもいい。とりあえず感謝だ。
もともと死んで無くそうとしたこの命。神様がくれたなら少しは頑張ってみようか。
そして俺はこの世界で生きていくことを決めた。
ともあれまずは生活基盤だ。
俺はこの世界を全く知らない。もしかしたらあの化け物じみた身体能力も普通かもしれない。そんな世界嫌だけど。
故に情報を得たいわけだが…………
「ぜってぇ、こんなとこに人なんていねぇよなぁ」
俺は辺りを見渡してそう零す。
見渡す限りの木、木、木…………木以外に何も見えない。しかも日の光が差さないため薄暗く、遠くまで見渡せない。
そう言うわけで俺はまず自分のことを知ろうと思った。
まず俺の身体能力が化け物だということは分かった。ならそれを制御することは出来るのか?
俺は手ごろな石を拾う。そしてそれを握ってみる。しかし石は潰れない。
次に俺は粉々にするイメージを持って握る。あっさり粉々になる。
「制御は完璧、かな?」
そして今度は転生者によくあるものの確認をしていく。
俺は目の前に半透明な板が出るイメージをして、
「ステータスオープン!」
と言ってみる。
「…………」
何も起きない。
「………………」
虚しく風が吹き荒ぶ。
「……………………」
辺りを嫌な静寂が支配する。
「……はぁ」
俺は諦めて息を吐くとこの手のものはないのか、と僅かに落胆した。
さて、次だ。
俺は先ほどの虎っぽいやつに視線を固定し、それの情報が知りたい! と念じる。
「………………はぁ」
今度は早々に諦めた。
どうやら異世界転生組によくある『ステータス』と『鑑定』はないとみた。
ステータスはともかく鑑定がないのは痛い。食べても大丈夫なのか分からないものばかりだからな、ここは。
最後に俺は僅かな期待と懇願と共に手を前にかざす。
集中して、身体の内にある何かを出すイメージを持つ。
そして静かに息を吸う!
「ファイヤーボール!」
何も起きない。
何も起きない。
何も起きない。
「……はぁ」
俺は僅かな羞恥と共に手を下ろす。
そうだよな、いきなり魔法とか撃てないよな。てかまずここが異世界と決まったわけじゃないし。地球以外の星かも知れんし。
俺は羞恥を紛らわすためにそんなことを考えながら食料の元へ歩いていった。
「とりあえず食うか」
そう言って俺は何か火を起こせないか確認する。
周りには特に木の枝などない。全部木にしっかりとくっついていて瑞々しいものばかりだ。あんなのに火をつけるのはちょっと困難だ。
魔法も使えないし火を起こすのも難しそう。
どうしようか俺が唸っていると………………敵が来た。




