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仮面協奏曲  作者:
4/7

4 王様のため息

【ルーヴェンス国王陛下とご側室であるカーミャリーコ様は、離縁なされたことをここに報告いたす。

 自由を愛す女神を縛ることはできないとの陛下のご決断であり、我が国のどこかでカーミャリーコ様をお見かけした場合は、あたたかく見守ってほしいとの仰せである。】



「三ヶ月とは、また諦めの早いこった」


 少し遅めの昼食を前に、ランスロットさんがにやりと笑った。町の定食屋はがやがやと喧騒をまとっているからその声はわたしにしか届かなかった。

 朝と昼はだいたいこの定食屋の世話になって、夕飯だけはわたしが作る。ランスロットさんは肉と卵、肉、肉、卵、肉、あと少し芋類という偏った食生活をしているので、見ているだけで肉はもう結構、と言いたくなる。野菜をごろごろ使うわたしの料理は嫌がらせだとぼやいていた。


 わたしが城を抜け出して三ヶ月。この日も、牛肉の塊をワインで煮込んだようなそれを昼間から食べていて、朝も鶏肉あんなに食べていたのによくもまあ……と遠い目になってしまった。おっさんだから胃もたれするくせに。メタボになっても知らないからな。

 オニオンスープを前に顔をしかめたところで、おふれがあったぞー! と定食屋の常連さんが駆け込んできた。そうしてもたらされた王様と側室の離縁話にわっと盛り上がる熱気のなか、目の前の男は意地の悪い顔でにやりと笑う。周りに見えないようにガツンとすねを蹴飛ばしてやると、痛っ! と言葉にならない悲鳴がもれた。


「時間も労力も無駄にはできないってことでしょ。穏便にすんでいるならいいじゃないですか」

「まさか、いなくなったけど見つからねーから離縁したなんて言えねーからな。ただでさえロッチェの女神だっつってお祭り騒ぎだったんだ」

「女神でもなんでもないのにねえ。まあ、晴れて自由の身ってことでよかったです」


 これでびくびくしながら生活しなくてすむ。うん、まあ、びくびくしてなかったけど。絶対見つからないって思ってたけど。

 わたしが満足げにパンのかけらを頬張ると、行くぞと男は席を立つ。仕事の片手間で食事するようなものだから、朝と昼は食後にまったりなんて時間はない。食べるもの食べたらさっさと戻る。おかげでわたしは早食いのスキルまで身につきつつあった。


 店に戻ると、見慣れぬものが待ち構えていて思わずわたしは足を止める。

 小汚い店の前に冒険者が待っていたことはよくあるけど、こんな立派で仰々しい馬車と騎乗した兵士たちの出迎えを受けたことはない。兵士ということは国絡みで、先ほどロッチェの女神・離縁・ひゃっほーい! と喜んだはずなのになんでまたこんな……離縁公表したあとになって見つけちゃったとかいうオチじゃないだろうな。

 身を強張らせたわたしの横で、同じものを見たランスロットさんがなんとも言えない顔をした。げっ、と声が小さくもれていたかもしれない。あえて言うなら、呆れと、面倒臭さとかそんなところか。つまり、嫌そうに眉を寄せてため息をついた。ガラの悪さに磨きをかけて頭を混ぜると、お前のことじゃねーよと添えてから店へと歩みを再開する。

 すると、馬車の前に控えていた黒髪の騎士が胸にどんと手をあてて踵を鳴らす。軍礼でもって迎えられたランスロットさんはたぶん内心でげんなりしたと思うけど、それを顔には出さずにしらっとしている。


「ランスロット殿、ご無沙汰しております」

「どうもご無沙汰しておりますよレスター様。わざわざお越しにならなくても、手紙で結構だったんですけどねー」


 レスターなる騎士様相手に一応の敬語を使っているけど、ランスロットさんは相変わらずの適当加減であまり敬っているように見えない。いいのかそれでと斜めうしろから眺めているわたしはさておき、騎士様は真面目な顔を崩さずに重々しく首を振る。


「手紙ではご回答も変わらぬだろうと」

「まあ、そりゃあそうなんですけど」


 がしがしと頭を混ぜたのに、騎士様は目配せをしてから馬車の戸を叩く。ランスロット殿が戻られました。騎士様は低くていい声をしている。さっきから思ってたけど腰にきそうでよい。

 聞き取れなかったが中から返事があったようで、騎士がうなずき戸を開ける。細身の男が姿を見せると、号令でもかかったかのように周りの兵と、野次馬していた町の人たちが揃いも揃って膝をついた。

 目を丸めて固まるわたしに、ランスロットさんがうなずいて膝をつく。慌ててそれにならった。


「久しいな、ランスロット。余が頼みがあってきたのだから、そうかしこまってくれるな」

「……お心づかい感謝いたします」


 顔をうつむかせながらうかがうと、その声にランスロットさんは立ちはしないものの顔を上げた。

 周りの兵やランスロットさんの様子で、相手が誰なのかは明白。むしろ、この人こんなところにいてもいいのだろうか。ランスロットさんは理由がわかっているみたいだったけど、わたしにはさっぱりわからない。

 周りの人も同じらしく、八百屋の息子も隣の家のおばちゃんも、とおりかかった人たちみんながみんな膝をつきながらそわそわしている気配がする。

 カーミャリーコのことではないとすると、あとはなんだろう。こんな町の奥ばった鍛冶屋に、一国を統べる王様が自ら足を運ぶ意味とは。


「手紙でも書いたとおり、次の花祭りの剣舞のために剣を鍛造してほしい」

「手紙でも述べましたとおり、もっと若いやつらに花を持たすようにしたらよろしいかと」


 おい、おっさん。国王からそんな依頼があって、なおかつ断っているのか。そんなやり取りをしていたなんてまったく知らなかったし、なにより断らせているのはわたしの存在ですか。

 ランスロットさんが花祭りの剣を献上したのは六年前だそうだ。前王――現国王の父親に依頼されて鍛造し、その後はその剣の手入れをして今に至るらしい。目の前の王様はお父さんのお下がりで去年から剣舞を披露しているとか。

 そろそろ自分の剣がほしくなったとして、それを随一といわれるランスロットさんに頼むのは自然な流れだ。まして、国王からの依頼である。それを断るだなんて――


「お前も言うほど年老いていないではないか。余より少し上だと記憶しているぞ」

「それはそうですが」

「褒美は望むものを、と言うのは容易いがお前はそれに心を動かすでもないか。しかし、余はやはりお前に頼みたい。先の花祭りの奇跡を、知らぬお前ではなかろう」


 ふむ、と王様がひとりごつ。言葉が堅苦しいわりに口調がやわらかいから不思議な雰囲気を作っている。王様ってこんな人だったっけ?

 城の生活だと、初夜であれこれしたほかでは会ってないから、実は顔もおぼろげだったりします。元旦那さんなんだけどね。こんな元嫁ですみません。変な汗がにじんでくるから早く終わってくれないかな! 念じているわたしをよそに、ランスロットさんが小さくため息をこぼす。


「……それは、ご命令ですか」


 相手は、何度も言うが王様である。基本的には王族から依頼されることすなわち、はいかイエスの回答しかないとされる。よっぽどの理由がなければ断ることはできないのだろう。

 しかし、わたしの視界で膝下しか見えない王様は、ランスロットさんに困ったような声で返した。


「そう言われると心苦しいな。無理強いをしたいわけではない。なにせ、女神のための祭りだ。彼女は不本意に造られた剣など喜ばぬだろう」


 ゆったりとした、やわらかな声。

 ランスロットさんがどう返そうかと苦笑したが、王様はそれをさえぎって口を開く。


「お前の言うこともわからんでもない。いくら腕があるとはいえ、王家の依頼を独占するようなことでは反感も買おう。鍛冶職人たちが競い合う場も必要になる」

「陛下」

「今日のところは引くとしよう。また来る」


 気さくに言うと、よく磨かれた豪華な靴がくるりと向きを変えた。レスター様がランスロットさんに軍礼をしてからその背中を追って行く。

 馬車が整うと馬たちが駆け出し、その姿が通りの向こうに消えていくと鍛冶屋の前は祭りみたいにどっと沸き上がった。王様を間近で見れるなんて運がいい! なんて言ってる八百屋の息子やらの声を聞いていると、こきこき首を鳴らしているランスロットさんと目が合う。

 仕事だ仕事。何事もなかったかのように作業場に入っていく背中に、わたしは返事をしてから膝の砂を払った。




「今日は、ただのルーヴェンスとして来た」


 絵に描いたような優男が作業場の扉を叩いたのは、それから三日経った朝のことである。

 ちょうどわたしが桶の水を変えようと立ち上がったときで、質素に見せかけた高価な服装の男を迎える形になった。

 なんとなく見たことある顔だと思ったけれど、やわらかな声が奏でる厳かな言葉を聞けば、相手が誰だか明白なわけで。……なにやっているんだ、この人。

 思いきり不審な視線を向けてしまったからか、相手は桶を片手にしたわたしにきょとんとして首をかしげる。わたしはそれを無視してランスロットさんを振り返った。


「師匠」

「……陛下、なにをなさっているんですか」


 呆れの色を隠しもしないランスロットさんに、ルーヴェンス国王陛下はヘーゼルの瞳を細める。そして、ただのルーヴェンスだと名乗ったのである。

 綺麗な茶色い髪の毛はさらさらで、とても柔和な雰囲気をまとっている男をわたしはまじまじと眺めた。こんな顔してたんだ、というのが正直なところだ。王様という言葉から想像するよりはさらっとしたたたずまいだけど、やはり華がある。目が自然と惹きつけられて、町には紛れられない空気を持っていた。よくここまで何事もなくたどり着けたものだ。いい声の騎士様の姿も見えないので、本当にこの人はお城を抜け出してきたのかもしれない。

 ランスロットさんは王様の言葉に、ほんの少しの逡巡を挟んだ。真意を探るようにじっと見つめ、けれどもすぐにため息をこぼす。くしゃっと頭を混ぜるのは、こういうときの癖なのだとわたしはすでに知っていた。


「レスター様はどうしたんです」

「あれは真面目だが少し融通が利かぬ。いろいろと面倒だからな、今日は私ひとりだ」


 いやいや、それ完璧アウトだから。思わず心の中で盛大につっこんでしまう。王様がこんなほいほい出歩いちゃ駄目だろう。ごちゃごちゃ思うことはあっても、懸命に口をつぐみ続けるわたしのことはさて置いて。

 王様のやんわりとした声には、迷いも戸惑いも見受けられない。これにはランスロットさんも言っても無駄だと思ったらしい。


「……じゃあ、言葉通りに受け取らせてもらってもいいんですね?」

「ああ、構わない。気づかい無用だ」


 あっさりうなずいた王様に、ランスロットさんはもう腹を決めたのだろう。わかりましたと答えると、傍観に徹していたわたしに片眉を上げる。


「だそうだぜ、リン。そこにいるのは俺の客のひとりで、身分もなにも気にしなくていい。仕事に戻れ」

「はい」


 桶を抱え直して表に出たわたしの背中で、ひとまずそこに座ったら、なんて椅子を勧めているやる気のない声がした。面倒なことになったと思っているだろう師匠には悪いが、一般人を装った王様が作業場にたたずむちぐはぐさは非常におもしろいものがある。


 カンカンカンと響く鋼の音色に、じゅっと熱が水を蒸発させる音が加わる。ランスさんは昨日受けた依頼をこなしているところだ。

 新しい水にかえた桶をその横へ置くと、わたしも隅にすえられている作業台に戻る。午前中はよっぽどのことがない限り、包丁を砥ぐことだけをやっている。最近はようやく加減が手についてきたところだ。


 水にひたした荒あら砥、中なか砥、仕上げ砥のみっつの砥石と、濡らしたタオル。

 包丁には表と裏があって、ランスさん曰く砥ぐ割合は表八割裏二割なのだそうだ。ちなみに、右利きなら右手で包丁を持って、刃を前に向けたときに見えている面が表。もちろんわたしは包丁を砥いだことがなかったので、まずはそういうことから事細かに教わることになった。

 刃を大きく四分割して刃元から順に砥いでいく。水で濡らしながら進めると、だんだん黒っぽい水が出てきて、それが砥げている証拠なんだとか。

 しばらくすると表の刃の先端が裏側に返ってくる。指の腹をあてると引っかかる感じだ。返りが出てくるまで全体を砥いで、今度は裏側に持ち替え、その返りを取るように砥いでいく。裏は軽めでよい。

 裏を砥ぐことで返りが表に出てくるが、それがほんの少し出るくらいまでやれば概ね砥ぎは終了。仕上げ砥でなでて返りを取ったところで、ようやくほっと肩の力が抜けた。水で洗って指で刃をなでる。水気を拭き取ったあとでランスロットさんに検査してもらうのが常だ。


「ランスロットさん、お願いします」


 冒険者の剣の手入れを終えた師匠は、刃こぼれの修繕に抜かりはないか射抜くように刀身をじっと見つめた。ふっと息を吐いて鞘に納めたのを確認すると、わたしはその背中に声をかける。


「いいぞ、持ってこい。ちったあマシになってきたんだろうなあ」


 振り返ったランスロットさんに、わたしは口の端をあげた。


「師匠の教え方によるんじゃないですかねー」

「おい、俺は親切に教えてんだろーが。これでもかってくらい丁寧に、手取り足取り」

「……どさくさに紛れて腰触ろうとするのやめろ」


 あわよくば、そのまま下にずれて尻も触ろうと思っている魂胆はお見通しである。この人、王様がオフだからって本当にいつもどおりにするつもりだ。惜しみなく舌打ちをして、伸びてきた手をぺしりと叩き落とす。

 ひでえ女だなあ、なんて言いながらわたしの包丁に目を走らせるランスロットさんと、講評を待つわたしとをしげしげと眺め、王様はおもむろに口を開いた。


「先日来たときには、ようやくランスロットも身を固めたのかと思ったが、そういうわけではないのか」

「陛下――」

「ルーヴェンスだ」


 振り返ったランスロットさんに、サボタージュ中の王様は首を振る。


「言っただろう、今の私はただのルーヴェンスだと。今日はお前たちと交流を深めようと思って来ただけなのだから、次にそう呼ばなかったら返事をしないぞ」


 ぷい、と顔をそらしてきっぱり言うルーヴェンス様に、思わずわたしは笑ってしまった。意外とかわいいことを言う。元旦那様だったけれど、まったく知らない人と言ってもよい相手だ。こんな一面を持っているだなんて、ずいぶんとまあお茶目な王様である。これにはランスロットさんも諦めの笑みを浮かべた。


「本当、意外と頑固ですよねー。まあいいや。本人がそう言ってんだから気にすることねーか」

「お前はそうやって軽口を叩いている方が生き生きとするな」

「あいにく、堅苦しいのは嫌いなんでね。――そっちは俺の弟子でリンっつーんで」


 思い切り開き直ったランスロットさんは、すっかりいつもの口調で砕けまくっている。ルーヴェンス様も咎めの色なんていっさいなく、逆ににこにことしているから、もう多くは言うまい。今日も平和ってことで。

 どっと脱力したわたしであるが、刃先の砥ぎがあまいと評されている間にルーヴェンス様は視線をこちらに戻した。


「リンというのか。女の身で鍛冶師とは、苦労する道だな」


 素直に感心した様子に、わたしはランスロットさんをちらりと見てから肩をすくめる。


「力仕事はたしかに男の人の方が向いてますけど。熱いのも汚れるのも男女関係ないんじゃないかと。結局は自分がやるかやらないか、できるかできないかってだけで」


 ここだけの話を含むなら、セクハラは女じゃないと受けないとは思うけど。あえて師匠の評判を落とすことはしない。わたしはできた弟子である。


「よい弟子を持ったな、ランスロット」


 瞳を細めたルーヴェンス様に、ランスさんはぽりぽりと頭を掻いて視線をそらした。


「志だけは一丁前なやつでね。こいつの取柄なんて、それとあと胸の色っぺえほくろくらいしかねーし」

「おいいい! セクハラだろエロ親父!」

「お前こそ師匠に向かっていい度胸じゃねーかクソ弟子」


 人がせっかく師匠を立てようとしていたのに! 自らぶち壊すとかマジで空気読めよ!


「ほくろ……」

「ほらっ! ルーヴェンス様にまで胸を見られる羽目になったじゃん!」


 思わず、といったふうに王様が視線を胸に向ける。すかさず訴えるも、セクハラ親父はよかったなとか生返事してわたしの砥いだ包丁をひっくり返している。このマイペースがっ。


「ルーヴェンス様も、美人なご側室がいらっしゃるんだからわたしなんて見なくていいんです」


 ランスロットさんの言葉で視線が動いただけだろうけど。眉を寄せると、ルーヴェンス様は苦笑を浮かべた。


「すまない、ついな」

「ご側室と比べられちゃ、リンも立つ瀬がないなー。うらやましいもんな、あんな美人に囲まれるの」

「……ランスロットさんは黙っててください」


 にやにやとしているのがものすごく癇である。余計なこと言うなよおっさん。そういう意味を含めて睨んだけれど、憎らしいことに知らん顔だ。


「ふむ、まあ、そうは言っても側室ひとりの暮らしも支えてやれぬような甲斐性なしだからな。女とは、えてして難しい」


 困ったように笑んだルーヴェンス様に、内心でどきりとしてしまう。それは、わたしのことを言っていますね? 話し合いもせずに逃げ出した、カーミャリーコのことですね?

 ランスロットさんが重々しくうなずく。わたしの存在は無視して、わかるわかるとため息をついた。


「一筋縄じゃいかねーことばっかりだからな。女だって男の繊細な心はわかんねーくせに、知ったかぶった顔しやがって。……ルーヴェンス様も離縁されたばかりだと、思うことがあるわけね」


 おっさん、できたら話の方向転換とかしてほしいんですけど。話を聞いているふりして苦虫を噛み潰すわたしをよそに、男ふたりは妙に打ち解け始めている。


「手を伸ばす前に、指の間からすり抜けてしまったようなものだったからな」

「どんな方だったんです、ロッチェの女神は」


 椅子に腰掛けたルーヴェンス様は、ぐるりと店を見渡す。わたしにも視線を向けてから窓の外にそれを落ち着けると、ふっと口元をほころばせた。


「……そうだな、率直で不思議な娘だった」


 意外な言葉にまたたいてしまう。花祭りの式典、結婚式、初夜。この三回しか会った覚えのない相手に、こう評されるほどのなにかがあっただろうか。


「初夜のときに、側室が四人もいてどうするのだと言われた。さっさと誰かを正室に迎えて子供を産んでもらう方が、どれだけ国民のためかと諭されるのは大臣たちからもよく言われていたが、まさか迎えた側室にまで言われるとは思わなかったな」

「へえ」

「かと言って、自分が正室になりたいというふうでもなかった。ためらいのある女を腕に抱くのは趣味ではないが、あの娘ならば後悔はないと思ったし、後悔もさせぬとも思ったのだが」


 慣れれば強張りも抜けてよい声で啼いたぞ。へえーそりゃあいい。

 淡々と語り合うふたりに頭が痛くなった。……すみません、ここに女性がいるんですけど。それなのに白昼堂々下ネタですか。そしてそれが自分のことだけにいたたまれないっつーの! 本人いるのに初夜のこととか真剣に話すなんていじめじゃないだろうか。神妙な顔して話している王様も、真面目を装っている鍛冶師も始末が悪すぎる。


「ふーん、渡りは頻繁ではなかったのか」

「カーミャリーコが相手となると、周りがうるさくてな。実際、素性のわからぬ娘であったから、重臣も貴族もいろんな意味で注目していた。本人は居心地悪そうにしながらも、真面目にこの国の作法を学んでいるようだったが。何度か廊下で話したときは、紅茶の淹れ方よりも国民の生活を知る方が建設的だと唇をとがらせていた」

「そりゃ、ずいぶんしっかりした女神様だな」


 ……廊下で会ったっけ? 覚えがない。たまに物好きな貴族が話しかけてくるってことはあった――あれ、もしかしてこの人だった? わたしが気づいてないだけで、意外と王様と接触してたってこと?

 真顔で固まるわたしをよそに、他の側室の具合がどうとかまで話が及んできていい加減にしろ! と口を開きかけたわたしだったが、ランスロットさん俺の剣っ! と冒険者が飛び込んできたので、そのまま話が打ち切られ、わたしは砥石の手入れに舞い戻ることにした。

 セクハラ親父め……あとで覚えてろよ。

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