第42話「逃亡戦」
「このあたりを捜索しろ!」
男たちは背後から迫る警察車両を気にしながら、サラを追いかけた。もちろんのことそれがサラだとは誰も思っていなかった。彼らのミッションはあくまでもアンドレの拉致だ。
夜の12時を過ぎた飲み屋街にいる人々は、いつにもまして警察が多い今夜に、常連客はただならぬ雰囲気を感じていた。
もちろんのこと、港ではヘリが墜落したと大騒ぎで、遠くに聞こえる緊急車両のサイレン音が、まるでハリウッド映画さながらに臨場感をかきたてていた。まさか、その当事者がメイド服姿でそこにいようとは思ってもいなかっただろう・・・。
サラはひたすら走り海岸を目指していた。そんな彼女に、時折酔っ払った男たちがチラチラと視線を送っていることなど、全く気づかないでいた。
ヘリが墜落した海に、海軍の救助艇が浮かんでいるのが見える。サーチライトに照らされて、ようやく甲板に引き上げられたアンドレとレミーは、すぐさま駆けつけた医者が彼らを取り巻いた。そこへヘッドフォンセットを取り付けたベンが、タオルを持って歩いてきた。
「大丈夫ですか?」
「すごい経験をさせていただきました。まさか、海の上を走るハイウェイからダイビングするなんて、こんな展開予想していませんでした。」
「怪我もなく本当によかった・・・」
「サラは・・・大丈夫ですか?私の時計をはめたまま、またどこかへ・・・」
ベンはその話を聞いて納得した表情を見せた。
「時計を・・なるほど。オスカー!聞こえるか?」船の上からオスカーを呼び出すベンだった。
「感度良好」
「サラは王の時計をはめて、敵を引き付けてくれている。場所を確認してくれ!」
「了解」ICCトラックはその体のでかさから、崩れたゲートを通ることができないため、オスカーは仕方なく宮殿内に位置するトラック内で待機していた。2台目か3台目かのコンピューターを起動させ、アンドレの時計から発する電波を検索している様子だった。
それは陸軍ではよくとられる作戦だった。居場所を確認できる電波源を取り付けられ追跡を受けていたら、それをもって別場所に移動すれば、敵はそちらを追い自分たちには向かってこない。
甲板に座っているアンドレは、またもや戦場を渡り歩いてきた彼女たちのスキルに感服すると同時に、自分のふがいなさにうつむいてしまった・・・。
「国王、我々のスキルは短期間で習得できるものではありません。命を懸けて習得した実戦の賜物です。残念ながら、この世界だけはいくらあなた様でも、一筋縄ではいけませんよ。」
ベンは笑ってそういった。
「見透かされちゃいましたね・・。でも、私は少しでもサラのことを知りたいんです。」
アンドレとベンは互いに顔を見て笑いあった。オスカーから無線が入ってきた。
「ICCトラックは当分、ここを出られそうにありません。この場を部下に任せて、パブロとともにジープでダウンタウンに向かいます。」
「わかった。こっちもすぐ到着する。・・・ふん・・でかい囮にまんまと引っかかったのは、俺たちだったとはな。下水道を通じて宮殿の中まで侵入する作戦は、あらかじめ俺たちが事前に侵入を察知することを見抜いていたに違いない。メインストーリーはこっちのカーチェイスで、脱出を試みた王の無力な車を襲い、拉致することだった。」
陸に向かう救助艇が大きく揺れ、波止場の防波堤が近づいてきた。
「・・・・間違いない。」アンドレの意味深な台詞に、ベンが顔を覗きこんだ。
「何がです?」
「・・・太古の地下排水溝を使って宮殿を襲った歴史書は、たった一冊しかないんです。しかも、私たち王族しか見ることが許されない、宮殿図書館にしか・・・・。今回は特別にみんなには見せましたが・・・。」
「・・・・・その話は後にしましょう。今はサラの救出を最優先に・・・」
その頃バーが立ち並ぶ通りを、急ぎ足で歩いていくサラの前方には、無線機をつけた男たちが、周りの様子を伺っているのが見えた。海岸に行って時計を捨てるつもりでいたが、どうやらそれは不可能のようだ。路地を右に曲がるサラだったが、そこにも怪しげな男たちが無線機を耳に挟んで、誰かを探している様子がみえた。
「いったいどこに行っちまったんだ?」
「わからん・・。とにかくやつはブロンドヘアで身長185センチだと聞いている。」
そんな会話を小耳に挟みながら、そ知らぬ顔をしてその横を通り過ぎていくサラだった。 ポケットの中には手榴弾と催涙弾が一個ずつはいっていた。
「・・・・あそこがいい。」
ドアが開いたままの使われていないバーを見つけた。彼女はそのドアから中に入ると、その奥にはまたドアノブがついた入り口が見えた。裏の駐車場にあった汚い自動車のバッテリーを拾い上げ、壊れたオーディオ装置からスピーカーに配線されているラインを取りだした。
「生きていてくれ・・・」そう願いながらバッテリーに、ワイヤーを近づけると、火花が飛ぶのが確認できた。
「Good!」ナイフでワイヤーを2つに分断し、バッテリーの両極にそれぞれ一個ずつ取り付けると、ひとつの端はドアノブに取り付け、もうひとつはドアの下にたらした・・・。
キッチンからバケツに汲んできた水を、ドアの真下に水を撒くとその水にバッテリーからたらされたワイヤーが接触した。
サラは持っていた手榴弾をドアに仕掛け、ドアが開くとピンが外れるように細工して取り付けた。
「これでよし・・・・あとは」
時計をはずすと床に捨て、そのまま窓から出て行った。