第21話「3X」
今日の会議で、3Xの科学的データーが次々と明らかになっていった。
しかしこれはほんの一部であって、まだ開発実験を繰り返す必要があることは、そこにいた誰もが解っていることだった。しかし現実的には3Xエネルギーを利用して開発の道を歩むには、フォイオン一国の力だけは無理なことである。信頼の置ける工業国の技術支援を受けることも視野に入れなければならなかった。
ここで、防衛大臣が発言をした。
「平和的利用を考えるといいこと尽くめですが、これを軍事目的として利用されるとなるとちょっと厄介です。石油は死活的な戦略資源であった以上、戦争を始めるのにまずネックとなる、経済的理由によって踏みとどまることもありました。しかし3Xにはそれがない・・そういうタガが外れます。また一国のみが軍事利用を開始したとしたら、その国は恐ろしい悪魔と化すこともあるでしょう。そんな悪魔の力を得たとたん、人間はおろかにもなります・・。」
「うぬ・・・経済企画庁から言わせてもらえば、この3Xエネルギーとして運用が開始されれば、軍事だけではなく市場経済にも大きく影響するのは必須。この3Xをエネルギーとして動く車やコンピューターなどの開発は当然、3Xを持つ国のみが開発商品化することになる。これはいわば・・世界市場競争率を持たなくなるということでもあり、地球規模での一国独裁政治が横臥することと同じです。」
「経済的にも混乱が起きるわけですね。」アンドレはそこに口を挟んだ。彼が一番気にしていた部分だ。しかし、ここから人間の醜いエゴが見え出した。3Xの運用は国家の利権として利用するべきかどうか・・・・。
「フォイオンの国益を考えると、これはわが国のみで運用するべきでは・・・」
「それでは、さっき言っていた一国のみの独裁を、わが国が率先してすることになってしまう」
「わが国の鉱石ですぞ。当然ではありませんか?」
「そうなったとき・・・この小さな島国に世界中のテロリストやスパイが入り込み、犯罪が多発することになる。平和に暮らしている国民を危険にさらすことになるのでは?」
「最新鋭の兵器を開発すればいい!!国の防衛にもっと国費を投入し、テロリストの侵入を防げばいい!」
急に会議は白熱しだした。アンドレとベンは黙ってその会話を聞いていたが、議論はどんどんとエスカレートする一方だった。
「みなさん・・どうかお静かに・・・。」ようやく議長である首相がそれを落ち着かせると、アンドレは席からすっくと立って見せた。長身の彼が立ち上がると、そこにいた面々はまるで借りてきた猫のように、静かになった。
「みなさん・・私はこの3Xを平和的に利用してほしいと思っています。地球温暖化が進んでいるこの時代・・・まさにこのクリーンエネルギーが発見されたことは、地球にとって誠に喜ばしいことです。しかし、私利私欲に囚われフォイオンの国益のみを追求するのはいかがでしょうか?ましてやこの専守防衛という平和理念を持ったこの国が、他国を侵略するような武器の開発には反対です。」
彼の言葉にそこにいた何人かの者がうなずいた。
「もうすでに、このフォイオンには数多くの危険人物が入国しています。私を人質にとり無理やりそれを強奪しようとするテロリストもいます。もし、我々がこの鉱石を自国の繁栄のみに使ったとしたら、これからのフォイオン国民はそんな危機に怯えながら過ごしていかなくいてはいけません。」
「今度襲われるのは、私ではなくあなたかもしれない・・・・・・」科学技術大臣のビルが、傷を負った腕をわざと見せ付けながら言葉を挟んだ。
「最初に、本当に平和目的のために3Xの利用を考えてくれる国と技術共同開発を実施し、このエネルギー技術を確立させることが大事です。次に、その高い技術を外交カードとして各国との交渉をするべきです。」アンドレがそう言うと、皆考え込んでしまった。
「技術共同開発の前に、まずは安全対策が重要でしょう。テロリストにとって取引に有効であり、一番に狙われやすいのは何と言っても国王、あなたです。あなた様は最後の、フォイオン国スタインベック王家の末裔・・・万が一アンドレ国王に何かあっては、この王室の未来が閉ざされてしまいます。なんにしても防御システムの構築が最優先ですな。」
「しかし・・・イギリス国の元妃のように事故を装い、殺すことも・・・。お忘れではないかと思いますが、あなた様の兄上も・・・・」
クライブは話を全部聞くことができなかった。ヘッドセットを床に落としたまま頭を押さえ、額からは流れるように汗が伝い落ちた。
「頭が割れるように痛い…」
彼は机の引き出しを開けると、そこから正方形の形をした薬を取り出した。震える手でそれを破くと、そばにあったグラスに水を注ぎ、その中に袋の中身をほおりこんだ。たちまちあぶくが出て、炭酸ジュースのような薬を、一気にがぶ飲みした。
彼はふらふらしながら立ち上がり、汗をかいたワイシャツを荒々しく脱ぎ捨て、それをソファに投げ捨てた。隣に続くベッドルームへと向かい、倒れこむようにベッドに飛び込むと、真正面の鏡に映し出された自分の姿を見つた。
「まだ完全に治っていないのか・・・・・。」 彼は自分の体に付いた、無数の痛々しい傷跡を、右手指先でなぞってみた・・・・。
クライブは過去の記憶が途切れている男だ。国籍はアメリカ人で過去も現在も、合衆国エージェントといわれたが、事故後の彼はそれさえも記憶になかった。
ただ、時折夢の中に現れるなんともおそろしい強迫観念だけが、彼を突き動かしている・・・そういっても過言ではないだろう。
この任務をやり遂げなければ、もっと恐ろしい何かが待っている・・・、漠然とした恐怖が彼の中に確かに存在した。同じくエージェントである同僚のハンスいわく、それが事故以前から、自分がエージェントであった何よりの証拠だと話してくれた。そして、ずっと世話になっている医者、マーガレット・コルトレン博士は、その現象をこう呼んで説明してくれた。
『フラッシュバック』
あまりに衝撃的な出来事を体験した人間は、事後同じ状況になったり、思い出したりした瞬間、何ものにも耐え難い精神的苦痛が襲うのだと・・・。
彼クライブは過去に、アメリカに侵入した国際テログループを追いつめた瞬間、全身に散弾銃を浴びたのだという。
不意にドアチャイムが鳴った。彼は何もしないでベッドに横になっていると、遠慮もなくドアがガチャっと開いた。
そこから顔を出したのは、やたらと細身で、ひげを生やしたヒスパニック系のハンスだった。彼は机の上においてあったグラスを見つけると、そのままベッドルームへ向かった。
「大丈夫か?クライブ・・」彼の少々野太い声は、このベッドの周りではあんまり聞きたくない声だ。
「悪い・・。また頭痛がしてしまった・・。」
「気にするな。病み上がりなんだ、仕方ないさ。盗聴はしっかり録音できているから問題はない。で、例の作戦準備は上々だ。奴らにも作戦内容は伝えてある。」
クライブは上半身を少しだけ起こすと、そこにいたひげ男の顔をじっと見た。
「奴らとは、マシューとジョルジュのことか。あいつらは、国王の新しいボディガードらと知り合いのようだ。」
「だから、好都合なのさ。いざとなったら、内輪げんかで済ませることができる。」
ハンスのその言葉にクライブは黙ってうなずいた。
「来週の月曜日、決行だ。それまでゆっくりしておけ・・・。マーガレット博士が心配している。ときどきは電話でもしてやれよ。」彼はそれだけ言うと、黙って部屋から出て行った。
「マージ…」マーガレットのことを彼はそう呼んだ。記憶にはないが、彼の妻であったらしい。エジプト出身の世界的に有名な医学博士だ。彼女がいなかったら自分は散弾銃で撃たれて、そのまま死んでいただろう。
「いや待てよ・・・・俺は・・・」クライブの記憶の中にあるのは、車を運転していた自分に突如ぶつかってきた大型トラックの影。それとともに黒褐色の肌を持つ女性の泣き声、その女性が耳元でささやいた。
「クライブ、お願いだから…、私を思い出して…」記憶がはっきりしないクライブは、また頭痛に襲われ頭を押さえた。