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レイン  作者: 天神大河
#01 罪ある世界―Guilty my-world
7/15

2052年10月8日 火曜日

午前2時11分


新東京ベルトハイウェイ

湊インターチェンジ付近



――目標は現在、湊方面に向かって逃走中。

――ナンバー・12、13、14、湊ICより合流せよ。


 新東京ベルトハイウェイは、世界の主要な道路と比較しても大規模に開発されている。

 片側四車線にまで拡がる舗装(ほそう)されたアスファルトをはじめ、左右には高さ約七メートルに及ぶ人工特殊合金の塀が隙間なく続き、さらにLEDダイオードによって道路や標識がほのかに光を発していた。そのため、このハイウェイには街灯は一切存在しないものの、試験導入されたLEDは昼間と大差ない明るさを生み出し、たちまち人々の生活に深く浸透していった。また、SSLの施行によって、すべてのLEDに高エネルギー可視光線を防止する半導体が採用されている。

 そうして造られたこの環状線を、一台の黒い大型電動二輪車が法定速度を時速二十キロ以上もオーバーした状態で走行していた。電動二輪車を運転している小柄な人物は、黒いヘルメットに上下が黒色に染まった特殊繊維のスーツを身に纏い、男か女かの判別もつかなかった。

 さらに電動二輪車の後方四、五十メートル辺りには、十二台にも及ぶ新東京警備車が、電動二輪車とほとんど同じスピードで四車線の両脇を走っていた。黄色いその車体は小さな棘で頑丈に覆われており、まるで蟹の甲のようにも思える。

 その中でも、四車線の中央を二車線にまたがりながら進む特別警備車は、自動車というよりは戦車そのものと呼べる貫禄が漂っていた。特別警備車のバンパーには特殊消音銃が仕込まれており、そこから秒速およそ五百メートルで放たれる一二五口径の大きな弾丸は、脚一本を軽く消し飛ばす威力がある。厄介なものを連れて来やがった。ヘルメットの人物は、心の中で小さく毒づいた。

 最大時速百三十キロメートルまで出せる人工白金の戦車は、じわじわと電動二輪車との距離を縮めていく。ヘルメットの人物がちらと後ろに視線を流すと、特別警備車のバンパーから黒っぽい銃口のシルエットが現れるのが見えた。

 ちっ、こうなったら一か八か、やるしかない。

 ヘルメットの人物は、右手で電動二輪車の車体をどうにか保ちながら、左手で黒い筒状の物を懐から取り出した。筒の先に付いているセーフティロープをヘルメットの隙間から縫うようにして、口で取り外す。しかし、ヘルメットが邪魔で、思うように外せない。

 すると、電動二輪車のすぐ近くでアスファルトの弾け飛ぶ音がした。『戦車』が放った特殊消音銃によるものだ。地面から伝わる強い衝撃で、電動二輪車は一瞬バランスを崩しかけたが、ヘルメットの人物が筒を持ったまま咄嗟に両手でハンドルを固定したために、どうにか左手の甲に掠り傷がついた程度で済んだ。今がチャンスだ。

 特別警備車の特殊消音銃は、未だ試験段階の試作品であるがゆえに、一発撃つと次の弾を発射するまでに十二、三秒ほどのタイムラグが存在する。これだけあれば十分。ヘルメットの人物は、車体を右手で支えると、再びロープを強く噛んだ。すると、左手で持った筒から徐々にロープの全身が現れた。

 今度は上手くいった。

 ヘルメットの人物は沸き立つ安堵感を抑えつつ、二十センチメートル程度のロープを口から放すと、そのまま間髪入れずに筒を後方の特別警備車目がけて勢いよく放り投げた。

 特別警備車のバンパーに触れた瞬間、筒は橙赤色(とうせきしょく)の光を派手に輝かせ、一瞬で辺りを吹き飛ばした。警備車の眼前は爆発の衝撃で広がった一面の土埃と、特別警備車に搭載された赤外線センサーの機能を一時的に麻痺させる特殊物質の混じった粉塵(ふんじん)に覆われ、動きに統制の執れていた警備車は次々に進路を見失う。十秒ぐらいして、特別警備車は土煙から脱出したものの、標的の電動二輪車は既に視界から消えていた。

 湊インターチェンジから合流した三台の警備車も、電動二輪車の追跡に失敗したと、特別警備車の元に連絡が入ったのはそれから三分ほど経った後だった。


 それからおよそ三十分後。新東京ベルトハイウェイ上の湊インターチェンジ付近で待機していた警備車群のメンバーは、特別警備車を囲むように停められた十二台の新東京警備車の前方で、完璧な三日月型の隊列を形成していた。そこに、彼らの真上から全身を黒い塗装で覆われた最新式ヘリコプター『CH-47I』が、メインローターをほとんど音も立てずに動かしながら、着陸のための低空飛行を行い始める。

 電動二輪車の逃走を許した後、ドライバーたちは『ある男』から自ら状況見分を行うという連絡を受け、当事者として証言を行うためにそのまま待機するよう命令が下されていた。男は彼らにとっての上司にあたるので、職業柄機械的に隊列を作っていき、秋の寒空の中、男の到着を待っていた。

 そして、その男を乗せたヘリコプターが彼らの目の前で低く唸り声を上げながら着陸した。その際に一陣の風が吹き、ドライバーたちは思わず目を伏せる。やがてメインローターがぴたりと動かなくなり、同時に、ヘリコプターのドアが素早く、しかしほとんど音を立てずに開く。そこから、一人の男が現れた。

 男の背丈は百九十センチメートルくらいあり、モデルに選ばれてもおかしくない凛とした顔立ちをしている。彼が着ている暗い緑色のトレンチコートには、黒い鷹と白い蛇を模した模様が一面に張り巡らされ、二匹は互いに闘っているように見えた。男は、少し頭を低くしながらヘリコプターを降りると、きょろきょろと周りの警備車を一瞥(いちべつ)し、声を張り上げる。

「全警備車、及び担当の士官全員、揃っているな?」

 男の言葉に、ドライバーたちもまた声を張り上げて返す。

「イエス、オーバスト!」

 大佐(オーバスト)と呼ばれるその男は、さらに続ける。

「特別警備車D-004のドライバーは誰だ?」

 すると、大佐の右前方にいた大柄な中年ほどの男が、さっと右手を上に伸ばした。男が進言する。

「私でございます、大佐!」

 大佐は男をちらと見て、音も立てずに歩いて男性の眼前に移動する。そのまま彼を見下ろしながら、大佐は静かに語りかける。

「名前は?」

「はっ、石口(せきぐち)と申します!」

「階級は?」

「少尉でございます!」

「では、石口少尉、この度の作戦失敗はなぜ起こったと思う?」

「はっ、あの電動二輪車に乗った人物が特別警備車D-004の赤外線センサーを瞬時に狂わせる物質を含んだ爆弾を所持して……」

「言い訳するな!」

 大佐は石口の左目に右の拳を食らわせた。石口は一瞬低い呻き声を上げ、左目を押さえながらその場にしゃがみこんだ。そこに、大佐の右足が男の頭や胴体を目がけて矢継ぎ早に襲いかかる。

「本当は油断してたんだろう! 何度も言ったはずだ、現場ではいかなる時も気を抜くなと! お前の慢心が、今回の結果を招いた! 違うか、このデブ! どうなんだ、あぁ?」

 大佐は声を荒げ、左手で石口の髪を鷲掴みにする。

「大佐の、おっしゃる通りで、ございます……」

 そう弱々しく口にする石口の顔は、鼻と口から激しく出血し、最初に殴られた左目の周りにはうっすらと青痣(あおあざ)ができつつあった。大佐は、そんな彼を見て再度彼の左目に、自らの拳を食らわせる。すると、石口の頭はがくんと項垂(うなだ)れ、力無く開いた口から血の混じった(よだれ)が垂れた。

「ここまでされてもまだ生きてるのか、汚らわしい蛆虫(うじむし)が」

 大佐は石口の腹を蹴りながら吐き捨てるようにそう言うと、懐から小型のピストルを取り出した。ハイウェイの塀に背を(もた)れる石口の眼前で、大佐は黒く塗られた銃身をうっとりとした瞳で見つめながら、慣れた手つきで撃鉄を下ろす。ピストルを両手で握りしめ、銃口と照星(しょうせい)を石口の左目に定める。口元に薄ら笑いを浮かべながら、大佐は小さな声で呟いた。

「役に立たないクズには、相応の罰が必要だってことを、解らせてやる」

 大佐が引き金を引こうとしたその時、石口は突如こめかみから大量の血を噴き出し、そのままがくんと頭を前方に垂らしたまま動かなくなった。事情が呑み込めない大佐の身体のあちこちに、石口の血が疎らに飛び散る。さらに、血とは明らかに違う、微小の柔らかい異物の感覚が大佐の手の平に感じられた。どうやらわずかに脳の破片も混じっているようだ。そのことに気づいた大佐の顔色は瞬時に青くなり、両手の平を四、五回叩いて、付着していた石口の破片をある程度地面へと叩き落とした。

 その後、大佐は石口の元へ歩み寄り、彼の髪を掴み、既に事切れたその顔を覗き込む。石口の顔は、噴き出した血と肉片があちらこちらに散らばって、まるでホラー映画に見るゾンビのようなものとなっていた。強烈な吐き気に襲われた大佐は、反射的に右手を口元に寄せながら、自分の背後を振り返る。

「やはりお前か」

 大佐は、自身の後方数メートル先のハイウェイ上にいた相手を、鋭い目つきで睨みつける。そこには、一人の少女が立っていた。

 小柄で可愛らしい顔つきをした少女の両手は、華奢な彼女の体躯とは見るからにアンチシナジーな大型の最新式消音銃を抱えていた。少女は澄ました真顔で大佐を見つめる。視線の先にいる男の強い敵意にも怯む様子を見せず、少女は無表情を貫いていた。

「どういうつもりだ、貴様。ヘリコプターの中で待つように言っただろう。それに今も、一歩間違えば俺を撃っていた。悪ふざけも大概にしろよ、この雌豚が」

 大佐は少女の長い黒髪を鷲掴みにして、ハイウェイ上のLEDダイオードに彼女を荒々しく叩きつけた。しかし、それでも彼女の表情は一切変わることはない。再度大佐を見上げた少女は、口をぱくぱくと魚みたいに動かす。大佐は苛立ちを隠せないのか、眉間に(しわ)を寄せながら右の拳を強く握る。

「ハッ、まだ言葉が喋れないからって、調子に乗るなよ。次また俺の命令に逆らってみろ。その時は躊躇いなくお前を処分してやる」

 命拾いしたことに感謝しろ。大佐は心の中でそう毒づくと、少女から目を離し、彼女と同じように無表情のドライバーたちに強い語気を含んだ口調で命令した。

「この男を始末しろ。それからこのハイウェイに残っている一切の弾丸を始末し、我々の技術を駆使して元通りにしろ。夜明けまでにだ!」

「イエス、オーバスト!」

 ドライバーたちは、すぐさま大佐の命令通りに行動を開始した。彼らの手際は良く、夜明けを待たずとも元の状態に戻ることは簡単に予想できた。大佐は、少女の方を向き直り、相変わらず無表情の彼女の手を引っ張った。

「戻るぞ、来い」

 少女は大佐に引かれるまま歩き始めた。ヘリコプターへと戻る大佐の足取りは速く、少女は何度か足をもつれさせ、引きずられそうになる。大佐はそんな彼女を気にすることなく、ひたすら歩を進めた。すると、大佐の視界の端に何かが映った。

 大佐は少女の手を離し、すたすたとハイウェイの一角へと歩み寄る。そして、その姿を再度確認した。ロープだ。大佐は白いゴム手袋をはめ、あらためて二十センチメートル程度のロープを観察した。やがて、彼の目線はある一点に釘付けとなる。

「おい」

 大佐は手近にいた若いドライバーに声をかけた。若いドライバーはすぐさま大佐の元に駆け寄る。

「何でしょう、大佐」

「このロープについている『これ』は、何だか分かるか?」

 大佐はそう言って、ロープの片方の端を指さした。そこには、大小様々な形をした窪みが四つほど歪に並んでいた。分かりません、と若いドライバーが発言すると、大佐は口の端に笑みを浮かべ、声高々に告げる。

「歯形さ。おそらく、連中の一味のな。今すぐこのロープをDNA鑑定しろ。今度こそ、あいつの尻尾を掴んでやる」

 待ってろよ。大佐はぽつりと呟くと、くつくつと小さな笑いを洩らす。

 そこに冷たい小雨が降り始める。雨に濡れながらハイウェイ上で作業を続ける人間たちの身体を、足下の発光ダイオードは静かに照らし続けていた。



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