時と場合による
また1ヶ月も空いてしまいました……申し訳ないです
歩夢side
「歩夢君っ! あそこのお店に逃げましょう! あそこなら多分大丈夫です!」
先程遭遇した不良二人組から逃げるためにデパートの中を走り続けるぼくと蜜柑ちゃん。階段を駆け降りた辺りで蜜柑ちゃんがぼくにそう言ってきた
「大丈夫なお店ってどんな所……」
『待ちやがれごらぁ!! 逃がさねえぞ!』
「くそっ、聞いてる暇はないか!」
さっきの連中の声が聞こえ、ぼくは急いで蜜柑ちゃんの言う店に隠れる事にした。
急いで店に入る。その時
「ふーん、こういう服もたまには良いかも……きゃっ!?」
「あっ、すみません!」
買い物中の女の子にぶつかりそうになってしまった。ぼくが謝ると、その人は厳しい視線を返してきた
「お店の中を走るのは感心しませんね。人にぶつかったら危ないですわよ?」
少女が説教を始める。よく見たらとても綺麗な人だけど……今のぼくにとっては邪魔者でしかない!
「本当にすみませんでした!」
「ちょっと? まだ話は……」
これ以上時間を取られる前に、ぼくは蜜柑ちゃんと一緒に店の奥に入っていくことにした
「……ところで蜜柑ちゃん? このお店ってもしかして……」
「女性服の専門店です。ここなら男の人が入ってくることはないと思います」
「あはは……そっか。なら安心だね」
その代わりぼくは凄く居心地悪いけどね! 店の中には男の人が一人もいないし! 蜜柑ちゃんが一緒じゃなかったらもっと目立っていたんだろうなぁ……。
でも背に腹は変えられない。ぼく達はさっきの連中がいなくなるまで隠れる事にした。
歩夢と蜜柑が店の奥に入っていく。その姿を先程歩夢がぶつかりそうになった『彼女』は首を傾げながら見ていた
「何だったのかしらあの子達。あんなに慌てて……何かあったのでしょうか?」
「お嬢様。一人で行動されては困ります。今回は私がボディーガードとして側にいるのですから」
「あら理桜。丁度いい所に来ましたわね」
いつもと変わらない強気な笑みを浮かべる少女。しかし、その笑みはいつもよりも楽しそうだった。それを見て、理桜は深いため息を吐いた
「はぁ……何か厄介事を見つけたんですね」
「あら、厄介事なんかじゃないわ。困っている人を見つけただけよ」
「それが厄介事って言うんですよ。全く……紅真様に絶対に危険な事はしないと約束したんじゃないんですか?」
「危険な事かどうかはまだ分かりませんわ。それに、私は『時と場合による』と言ったはずよ。絶対とは言っていないわ」
「またそんな屁理屈を……」
理桜はそう言いながらも思っていた。これは絶対に厄介事に巻き込まれるなぁー、と
「理桜、これは運命ですわ。今日優里ちゃんの家に行く途中で偶然このデパートを見て回りたくなった。そして、そこで偶然助けを求める二人に出会った……ふふっ、なかなか面白い運命じゃない?」
「別にお嬢様に助けを求めてはいないでしょうに……はぁ、分かりました。もう止めませんよ」
ため息を吐きながら、理桜は覚悟を決めた。もう厄介事を避ける事は不可能なのである
「ええ、ではあの二人を追いましょうか、理桜」
「仰せのままに。燐佳様」
そして、理桜と彼女ーー栗水 燐佳は蜜柑と歩夢を捜しに店の奥に入っていった。
蜜柑ちゃんとぼくが店に入ってから数分が経った。店の周辺には未だにさっきの二人組がうろついている。間違いなくぼく達を捜しているのだろう
『くそっ! どこに逃げやがった!?』
『もうこの辺で捜してないのはこの店だけだぜ』
『ちっ、ここにいやがるのか?』
『……ここは入りたくねえなぁ。お前捜してこいよ』
『ざけんな! 俺だって女だらけの店になんか入りたくねえよ!』
不味いな。あいつら、ぼく達の居場所に気づいたみたいだ。今は言い争いをしてるけど、片方が入るにしろ、二人一緒に入るにしろ、あいつらがこの店に入ってくるのは時間の問題だろう
「歩夢君……どうしましょう?」
「隙を突いて外に逃げるしかないね……」
といっても、この店の入り口は一つしかない。そして、あの二人組はその入り口の前に立っている。奴らが店に入ってきた瞬間に外に飛び出すか……? 駄目だ、絶対に見つかる
「むぅ、困りましたね。あの二人組をどうにかして入り口から離さないと……」
「なるほどね、貴方達が慌てて店に入ってきた理由は入り口にいるあの二人ですか」
「そうなんですよね……って誰ですか!?」
突然話しかけられたので横を見ると、そこにはさっきぶつかりかけた少女が立っていた。その隣には一緒にスーツ姿の女性の姿もあった
「困っているみたいですわね。力を貸して差し上げましょうか?」
そう言ってどや顔を浮かべる少女。見ず知らずのぼく達に力を貸すだって? 何だか怪しいな
「……何故そんなことをしてくれるんです? それで貴女に何かメリットがあるんですか?」
「あ、歩夢君! 失礼ですよ!」
蜜柑ちゃんはそう言うが、彼女は純粋だから疑うことを知らないんだ。もしかしたら、この人達があの二人組の仲間だっていう可能性もある
「勿論、貴方達を助ければ私にもメリットはありますわ」
「どんなメリットですか?」
「決まっていますわ。とても刺激的な経験が出来る事よ!」
「……はい?」
思わず呆けた声が出てしまった。いや、マジで何言ってるのこの人?
「私は別に貴方達の為に動くわけじゃないの。ただ、退屈な日常に刺激がほしいだけですわ」
「は、はぁ……」
話をしながら彼女の表情や仕草を観察してみたけど……本気だこの人。本当にぼく達への好奇心だけで動いてるみたいだ。一緒にいる女性も何だか深いため息を吐いてるし……おそらく嘘は言ってないんだろう
「納得していただけたかしら? なら、早くこのお店から脱出しないといけませんね」
「で、でもどうやって?」
蜜柑ちゃんが聞くと、少女は少し考える仕草を見せてからすぐに答えを出した
「理桜、あの二人組に話しかけてきて頂戴。その間に私達は脱出しますわ」
「待ってくださいお嬢様。私が何の為に貴女と一緒にいると思っているのですか? ボディーガードが主から離れては意味がなくなります」
理桜と呼ばれた女性は少女にそう反論した。お嬢様か……あの人、もしかして結構なお金持ちなのかな? なるほど、つまりこれは上流階級の世界に飽きたお嬢様の暇潰しってことか、ボディーガードも大変だなぁ……
「では私が話しかけてきましょうか? その方が危険な事だと思うけど?」
「それは……しかし、お嬢様を一人にする訳にも……」
「大丈夫よ。少しあの二人の気を引くだけで良いんだから。貴女が私の傍を離れるのはほんの数分ですわ、すぐに合流出来ますわよ」
「その自信は一体どこから来るんですか……」
「あら、そんなの理桜を信頼してるからに決まってるじゃない」
「……………はぁ」
お嬢様の言葉に理桜さんは再び深いため息を吐いた。そして、こう言った
「分かりました。分かりましたよ。その代わり絶対に無事でいてくださいよ。貴女の身に何かあったら私の首が飛びますから」
「ええ、約束しますわ。絶対に無事に貴女の下に戻ります」
「……絶対、ですからね。では失礼します」
お嬢様に念を押してから、理桜さんはぼく達に頭を下げてからあの二人組の所に歩いていった
「さて、後は理桜があの二人の気を逸らした時に店を出れば良いだけですわね」
「……上手く行きますかね?」
知らない間に作戦が立てられて実行してるけど……上手く行かなかったら間違いなく見つかってしまう。
しかし、不安を覚えるぼくにお嬢様は自信満々な表情で答えた
「あら、上手く行かない筈がないわ。理桜が失敗するなんてありえませんもの。まぁ見ていなさい」
……仕方ないな。とりあえず今は理桜さんを信じるしかない
『ねぇそこの君達? ちょっと良いかな?』
理桜さんが二人組に声をかけた。ぼく達は三人の会話を聞いて機会を窺う
『あ? 何だあんた? 俺達に用でも……あるん、ですか?』
『おお……めっちゃ美人だ……』
『あはは、ありがと』
うわ、理桜さんの姿を見た瞬間態度が変わったよあの二人。確かに理桜さんの容姿は凄く良いけどね。あんな綺麗な女性に笑顔で声をかけられたら男なら誰でも喜ぶだろうし
「……歩夢君? 変な事考えてませんよね?」
「変な事って?」
「いえ……何もないなら良いですけど」
ヤバい、もしかして顔に出てたかな? 近くに魅力的な女の子がいるのに他の女性に目移りするなんて男として最低だ。気を付けないと
『それでさ、ちょっと聞きたいんだけど。このデパートってフードコートとか無いかな? 良ければ教えてほしいんだけど』
『ふ、フードコートっすか!? それなら屋上にありますよ! 何なら俺が案内しますよ!』
なるほど、屋上まであいつらを連れていってくれればその間にぼく達はこの店、更にはデパートからも出ていける。理桜さんは本当はフードコートがどこにあるか知ってたんだろうなぁ
『おいてめぇ! 何一人で案内しようとしてやがる! 俺が案内するんだよ!』
『んだと!? 俺が案内するっつってんだろーが!』
『あはは、喧嘩しないの。私は二人で仲良く案内してくれると嬉しいな』
『『う、うっす!!』』
醜い争いをしていた二人は理桜さんの言葉に大きく頷いた。そして、三人はエレベーターの方に歩いていった
「今のうちね。行きますわよ二人とも」
「な、何だかあっさりと脱出出来ましたね」
「でも、助かったね。二人には感謝しないと」
「あら、感謝なんて必要ないわよ。全ては私の退屈しのぎですもの」
目の前のお嬢様は勝ち気な笑みを浮かべる。本当に彼女の退屈しのぎだったとしても、そのお陰でぼく達は助かった。だから、やっぱり感謝は必要だと思う
「ふふふ……楽しいですわ。やっぱり日常には刺激が必要よね。前にあの娘と一緒にこっそり庶民の行くようなお店とかに行っていたあのスリルと同じ感覚をまた味わえるなんて……!」
お嬢様は本当に楽しそうに笑っていた。ぼく達からしたら楽しめる状況ではないんだけど……まぁ良いか、彼女達のお陰で、こうして無事に脱出出来た訳だしね。
デパートを出たぼく達は、お嬢様に言われるがままに黒い車の前まで歩いていった。
その車の前には初老の男性が立っていた。その人はお嬢様の姿を見ると彼女に頭を下げてから言った
「お帰りなさいませ、お嬢様。その方達は?」
「デパートで拾った庶民よ。ちょっと匿ってあげて頂戴」
お嬢様は当たり前のように言った。……って! 匿うって何の話!?
「あ、あの。助けてくれてありがとうございました。ぼく達はもう大丈夫ですから、わざわざ匿ってもらわなくても……」
「駄目よ。あの二人組の仲間が近くにいる可能性もありますし、理桜が戻ってくるまでは車の中で待っていなさい」
うっ、確かにあの連中の仲間がいる可能性は否定できないけど……これ以上甘えるのは図々しい気が……
「私達を匿ってくれるのは嬉しいですけど……迷惑じゃないですか?」
蜜柑ちゃんも同じ事を思ったのか不安そうに聞いた。しかし、お嬢様はそんな不安を吹き飛ばすように自信満々に答えた
「迷惑? ふんっ、私はそんなに器の小さい人間じゃありませんわ。貴方もそうよね? 運転手さん?」
「はは、まぁお嬢様のワガママは今に始まったことではありませんしね。私は構いませんよ」
お嬢様と運転手の男性はそう言ってくれた。それを聞いた蜜柑ちゃんは少し考えて
「……分かりました。ではお言葉に甘えさせてもらいますね」
「ふふっ、決まりね。じゃあ二人とも、車に乗り込んで頂戴」
「よろしくお願いします」
蜜柑ちゃんの決めた事に異論はない。このお嬢様と今から急に敵対する事になるとは考えにくいしね
「では、どうぞこちらへ」
ぼく達は運転手さんに勧められて車に乗り込む。まず、蜜柑ちゃんが後ろのシートの一番奥に座る。その後にぼくとお嬢様が続いた。助手席は理桜さんが座るのかな?
ぼく達が車に乗り込んで座った時、何やら華やかな音楽がなった
「あら、ごめんなさい。私の携帯ね」
どうやらお嬢様の携帯に電話がかかってきたようだ。ぼくは彼女のすぐ隣に座っている為、電話の相手の声も聞こえてきた
「もしもし? 優里ちゃん?」
『燐佳ちゃん? 着くのが遅いから心配したんだけど、今どこにいるのよ?』
「優里ちゃん……?」
お嬢様が口に出した名前に蜜柑ちゃんが何故か反応している。聞いたことがある名前なのだろうか?
「ごめんなさい、今デパートの前にいるんだけど、ちょっと庶民を二人連れているのよ」
『え? 何よそれ、どんな状況なのよ?』
「実はね……」
お嬢様は電話の相手にぼく達と出会ってから今に至るまでの話を始めた。どうでもいいけど庶民二人って言い方はどうなんだろう……って、そういえばぼく達、まだ自己紹介もしてないんだ。お嬢様の名前もまだ分からない。後でちゃんと名乗った方が良いか。
しばらくして、お嬢様の話が終わった。しかし電話の相手は途中から黙ったままになってしまった
「……と、まぁこんな感じてすわ」
『………』
「ちょっと優里ちゃん? 聞いてますの?」
その瞬間、車内に物凄く大きな声が響いた
『何やってるのよ貴女はぁぁぁぁぁーっ!! 思いっきり危険な事してるじゃないっ!!』
「……~っ! うるさいですわよ優里ちゃん! 耳がおかしくなったらどうするの!?」
『おかしいのは貴女の頭よ! 危険な事は絶対にするなって言っておいたでしょうが! 何変な事に自分から巻き込まれに行ってるのよ!』
「絶対なんて言ってませんわ! 時と場合によるって言ったでしょう! 今回私が巻き込まれたのは運命なのよ!」
『何が運命よ! 中二病みたいな事言ってるんじゃないわよ!』
「ちゅうにびょう? 意味は分からないけど馬鹿にされた気がしますわ!」
『だから! 馬鹿なのよ貴女はっ!!』
「何ですってぇ!?」
何か口喧嘩が始まったんですけど。というかすぐ隣で大声出すのやめてくれないかな。耳が痛くなってきたんだけど
『はぁ……もう。とにかく、一緒にいる二人のどちらかと話をさせてくれないかしら? 貴女が大丈夫だと思ってるなら悪い人達じゃないんでしょ?』
「良いですわよ、じゃあ……」
やがて口論が終わると、携帯をほくと蜜柑ちゃんのどちらかに渡そうとするお嬢様。どうやら、電話の相手が話をしたいようだ
「蜜柑ちゃん、出てくれるかな? 女の子同士の方が話しやすいでしょ?」
「あ、はい。分かりました」
蜜柑ちゃんが頷くと、お嬢様が蜜柑ちゃんに電話を渡す
「えっと……もしもし?」
『……? 何だか聞き覚えのある声ね。貴女がそこのお馬鹿な親友が助けたって言う二人のうちの一人かしら?』
「はい、そうですけど……あの。もしかして……紅真 優里さんですか?」
『へっ? そ、そうだけど……』
「私ですよ優里さん。市川 蜜柑です」
『市川 蜜柑って……えっ? ええっ!? み、蜜柑ちゃん!? 蜜柑ちゃんなの!?』
電話の相手――優里さんって言ったかな? 彼女だけでなく、お嬢様も驚いていた
「えっ!? ゆ、優里ちゃんの知り合いだったの!?」
というかぼくも驚いている。何でお嬢様の親友と知り合いなんだこの娘は?
『二人組の不良に狙われてたのって貴女だったの!? 大丈夫!? 怪我とかしてない!?』
「はい。優里さんのお友達が助けてくれました」
『良かった……。でも、その辺りにまだその二人組がいるんでしょ?』
「ええ、とりあえず今は匿ってもらっているんですけど……」
『なら、そのまま私の家まで来たら良いわよ。そこから離れられるし、どうせそこのお馬鹿な親友も私の家に来る予定だったから丁度良いわ』
「そうですね……歩夢君はそれで良いですか?」
蜜柑ちゃんが聞いてきた。まぁ、どうやら電話の相手は本当に蜜柑ちゃんの知り合いみたいだし、その人の家なら安全だろう
「うん、ぼくもそれで良いよ」
ぼくが答えると、蜜柑ちゃんは頷いてから電話の相手との会話に戻る
「じゃあすみません。優里さんのお家に行っても良いですか?」
『ええ、勿論よ。それにしても蜜柑ちゃん、一緒にいるのってもしかして男の子? デートとかしてたのかしら? 貴女も恋愛中なのねぇ』
「ちっ、違いますよ! そんなんじゃありません!」
『ふふ、そう。じゃあ待ってるわね』
そこまで話して、電話は切れたようだ。蜜柑ちゃんは少し顔を赤くしながら携帯をお嬢様に返した。最後の会話で思い出したけど、ぼく達のデートって結局ほとんどデートにならなかったね、途中で邪魔が入っちゃったせいで
「それにしても驚きましたわ。まさか貴女が優里ちゃんの知り合いだったなんてね」
「私も驚きましたよ。優里さんのお友達だったなんて……えっと」
「ん? ああ、そういえば名乗っていませんでしたね。まぁ本当は気軽に名乗ってはいけないんだけど……優里ちゃんの知り合いなら大丈夫よね」
ようやくお嬢様の名前が分かるみたいだ。さて、一体どこのお嬢様なんだこの人は?
「では改めて。私、栗水企業の社長令嬢で、栗水 燐佳と申しますわ。よろしくお願いしますね」
栗水企業か~、なるほど、あの超大企業の令嬢だったのか。そりゃお嬢様って呼ばれるだけの事はある……
「「く、栗水企業の社長令嬢っ!?」」
ーーどうやら、ぼく達が知り合ったのはとんでもないお方だったようだ




