とあ中の日常
《けじめ》
歩夢side
今、ぼくは蜜柑ちゃんと一緒に彼女のお兄さんである辰也さんと、その彼女……じゃなくて友人の古村さんと向かい合っていた。
以前に会った時と同じように、蜜柑ちゃんと二人で下校している時に同じく下校中の辰也さん達に偶然遭遇したのだ。ただし、前回と違うのは……
「……すみませんでした。ぼくは……蜜柑ちゃんを泣かせてしまいました」
ぼくが二人に頭を下げている事だけだ
「あ、歩夢君……」
心配そうな顔をぼくに向ける蜜柑ちゃん。彼女は、前に辰也さんに生徒会長選挙の時に蜜柑ちゃんを悲しませたことを謝りたい、と言った時に“お兄ちゃんも私ももう気にしてませんから、大丈夫ですよ”と言っていた。
でも、それじゃあぼくの気が収まらない。だから、直接頭を下げる機会が訪れたら、すぐに心から謝るつもりだった。蜜柑ちゃんと、これからも仲良くしていくつもりだからこそ、けじめは必要だと思ったから。
と、ぼくはそんな重い決意でこうして頭を下げたのだが
「おいおい、頭上げろって。もう済んだ話じゃねえか」
「ああ、私達は過去の事をいつまでも責めるつもりはないよ」
二人は、ぼくにそう言ってきた
「でも……ぼくは蜜柑ちゃんを……」
「蜜柑の為にやったんだろ? 全部聞いてるぜ。悪意も無かったみたいだし、今回の事は水に流すよ。だから、これからも妹と仲良くしてやってくれ」
「次から気を付ければ良いさ。ただし、蜜柑は私にとっても妹みたいなものだ、あまり悲しませるような事はするんじゃないぞ?」
「辰也さん……古村さん……」
許してくれると言うのか、あんな事をしたぼくを……
「でもまぁ……妹泣かされて何も無しってのも兄貴としてどうかと思うからな、一つ俺の言うことを聞いてくれないか? 歩夢」
「は、はい! 何ですか?」
やっぱり、簡単に許してもらえるはずないよね。うん、そんなの当たり前だ……
「よし。じゃあ……今度の日曜日に蜜柑と二人でデートしてこい!」
「はい! ……はいぃ!?」
「お、お兄ちゃん! なに言ってるの!?」
まさかのデート!? これには今まで黙っていた蜜柑ちゃんも反応した
「ふむ、辰也にしては面白い提案をするじゃないか。どうだ二人とも? デートは嫌か?」
古村さんが楽しそうに笑いながら聞いてくる。で、デート……ぼくと蜜柑ちゃんが? ていうか恋人じゃないのにデートってどうなんだ……?
「ぼ、ぼくは嫌じゃありませんけど……蜜柑ちゃんは嫌なんじゃ……」
さっきも辰也さんの言葉にあんな反応をしてたし、蜜柑ちゃんがぼくなんかとデートなんて行ってくれるわけないよね。辰也さんには何か他にぼくへの罰を提案してもらって……
「い、嫌じゃありませんよっ! 良いですよ! デート行きましょう歩夢君!」
「え、ええ!?」
嘘ぉ!? まさかの賛成!?
「み、蜜柑ちゃん無理しなくても良いよ?」
「無理なんかしてません!」
「そ、そう」
ぼく達の会話を、辰也さんと古村さんはニヤニヤしながら見ていた
「よーし! 決まりだな! デートのプラン、考えておけよ?」
「ふふ、二人とも、楽しんでくるんだぞ」
ぼくの目の前には顔を真っ赤にした蜜柑ちゃんがいた。
一言言わせてほしい…………どうしてこうなったの!?
《生徒会長の密かな計画》
とあ中、放課後の生徒会室。そこに三人の生徒が集まっていた
「というわけで! 明日から私、仲野 桐花は本格的に生徒会長としての職務に復帰します!」
「おめでとう花ちゃん! いよいよね~」
「ま、あまり気負うなよ。また一人で背負い込む事とかないようにしろよな」
仲野 桐花の言葉に笑顔で答える暁 瑠美。そして、桐花に釘を差す原中 玉樹。生徒会室に集まったのはこの三人だった
「うん、同じ過ちは繰り返さないよ。心配しないで」
「ところで花ちゃん? 今日は何で私達を呼んだの?」
「生徒会の仕事の話じゃねえよな。だったらオレ達よりも森姫を呼ぶだろうし」
二人が聞くと、桐花は苦笑しながら口を開いた
「実は明日の朝礼で生徒会のメンバーの募集をする予定なんだ。前のメンバーはこの間のカツアゲ事件の後から顔を出さなくなっちゃったからね、新しくメンバーを募集しないといけなくなっちゃって」
「そうか……副会長の席とか空いたままだったよな」
「今残ってるメンバーって花ちゃんと姫だけだもんね。確かに、メンバーは増やした方が良いわね」
玉樹と瑠美も納得したように頷く。それを見てからまた桐花が言う
「そうなんだよね。それで、せっかくだから今残ってる生徒会メンバーの私と森姫ちゃんで募集しようと思ってるんだけど……」
「ふーん……って待て、確か森姫ってあがり症じゃなかったか?」
「ああー! そういえばそんな事言ってたわね! 花ちゃんの生徒会長選挙の時も、大勢の人の前で喋れないって支持者になるのを断ってたし……」
「そうなんだよねぇ……二人とも、どうにかして森姫ちゃんを舞台まで上がらせる良い方法ないかな?」
「それで呼んだのかよ……」
桐花に言われて、二人は考える。森姫を舞台に上げる方法と言われて、真っ先に思い付くのは……
「シュークリームで釣れば良いんじゃね?」
「シュークリームあげるって言えば何とかなるんじゃない?」
「二人とも……シュークリームさえあれば森姫ちゃんが何でもしてくれると思ってるね……」
桐花は二人の答えに引きつった笑みを浮かべた
「食べ物で釣るって言うのはあまりやりたくない方法なんだけどなぁ」
「んー……じゃあ花ちゃんが真剣に頼んでみたら? 二人とも仲良しなんだし、もしかしたら……」
「いや、生徒会長選挙の時に断ってたし、可能性は低いぜ」
「じゃあ……やっぱりシュークリーム?」
「それはやりたくないんだってば!」
続いて、玉樹が意見を出す
「舞台に立つだけで良いって言うのはどうだ? それならあがり症のあいつでも何とか……」
「それはちょっと厳しいんじゃない? メンバーの募集の為に今残ってる生徒会メンバーが舞台に上がるのに一言も喋らないって事はないでしょ」
「うん……最低でもよろしくお願いします、くらいは言ってもらわないと……」
「……じゃあやっぱりシュークリームだな」
「玉樹君までー!」
その後、しばらく意見を出しあったが最終的には
「もう……シュークリームで良いや……」
桐花が折れる事になり、森姫を舞台に上げる方法は『シュークリーム大作戦』に決定した。
……これなら初めから会議をする必要は無かったんじゃないか? と三人は思った
《独り身は恋の話がお好き?》
「へくちっ! ……風邪かな」
「あはは、誰か森姫ちゃんの噂してるのかもよ?」
下校中の少女――羽塚 森姫のくしゃみを聞き、一緒に下校していた西原 菜由華がそう言った。
その同時刻に、生徒会室で森姫の噂をしている三人がいることを二人は知らない
「ねぇ森姫ちゃん。最近蜜柑ちゃんと黒川君がまた仲良くなったと思わない?」
「……うん、一回喧嘩しちゃったけど……また仲良くなれて良かったよね」
「いや! 前よりも仲良くなってるよ絶対に! 私はあの生徒会長選挙の間に何かあったんだと睨んでるんだよね」
「……そうなのかな」
熱く語る菜由華とは反対に、森姫は無表情のままクールに返事を返す
「それだけじゃないよ。原中君と桐花ちゃんも何だか最近良い感じだよね! 恋仲に発展してもおかしくないんじゃないかな!?」
「……発展するの……かな?」
「後は瑠美ちゃんだよね~、いつになったら成河君とくっつくんだろう? 幼馴染みの恋愛って昔からの鉄板なのに!」
「瑠美ちゃん……幼馴染みがいるんだ」
「うん、まぁね。あの二人が恋仲になったら面白いんだけどなぁ」
心底楽しそうに喋る菜由華。そんな彼女に、森姫が一言
「……菜由華ちゃんの恋愛は?」
「…………………………………」
その瞬間、菜由華の表情が絶望に染まる
「……ないよ。私には未だに春が来ないよ」
「……頑張って」
「そんな励ましいらないよおおお!! 何で私の周りはリア充ばっかりなの~!?」
涙を流しながら叫ぶ菜由華を懸命に励ます森姫。
結局、数分かけて菜由華は落ち着いた
「はぁ……何か疲れちゃった。コンビニでお菓子でも買おうかな」
菜由華の提案により、二人は近くにあったコンビニに入った
「森姫ちゃんは何か買わないの?」
「……じゃあコーヒー買おう……かな」
そう言って、森姫は缶コーヒーを手に取る。しかし、菜由華はある違和感を抱いた
「あれ? シュークリームは買わないの?」
思えば、菜由華は今日、森姫がシュークリームを食べる姿を見ていない
菜由華が聞くと、森姫の口から信じられない言葉が飛び出した
「うん……もう3日くらいシュークリームは食べてない」
「えええぇ!? し、森姫ちゃんどうしちゃったの!? 森姫ちゃんのエネルギー源の半分以上はシュークリームの筈でしょ!?」
毎日欠かさず食べていた好物を突然断ったのは何故なのか? 菜由華が聞くと
「……あのね、明日学校の購買で……限定品のシュークリームが売られるの。……わたし、あのシュークリームは毎回買うんだけど……凄く美味しいんだよ」
「へぇ……全然知らなかったよ」
「……それでね、毎回そのシュークリームを買うまで……少しの間シュークリームを食べないようにするの。……その方が……もっと美味しく感じるから」
「なるほどね、じゃあシュークリームを嫌いになったとかそういう訳じゃないんだね?」
「……わたしがシュークリームを嫌いになる訳ないよ」
僅かに得意気な表情を見せる森姫。それを見て、菜由華は思った
(この娘のシュークリーム好きは本当に凄いよね……)
森姫と一緒にレジに向かいながら、菜由華は小さく苦笑した




