嘘吐き 後編
ぼくと蜜柑ちゃんしかいない教室。いつも通りに話そうとするぼくに、蜜柑ちゃんは真剣な表情で言ってきた
「どうして倉田君の味方をしてるんですか?」
予想通りだ。蜜柑ちゃんはぼくが倉田君の支持者になったことを知ったんだ。計画通りに進んでいる事が分かったぼくは、口元が自然に緩んだ
「ああ、知ったんだね。ぼくが彼の支持者だって事を」
「ええ、それで何か理由でもあるんじゃないかと思って……」
「理由? 別にそんなのないよ」
「え?」
呆けた顔をする蜜柑ちゃん。ぼくに対して間違ったイメージを抱いてしまっている彼女は、ぼくが優しい人間だと信じ込んでいるのだろう。まずは、そのイメージを破壊しなくてはいけない。
ぼくは、自分でも腹が立つ程、嫌な奴を演じた
「倉田君は生徒会長になったら何でも出来るって言ってたよ。気に入らない生徒を消したり、バレずにカツアゲをしたり……とかね」
「なっ!?」
蜜柑ちゃんは、驚きながらも懸命に反論する
「それじゃあこの間のカツアゲ事件と同じじゃないですか! また皆が傷つく事になるんですよ!」
「そうだね。それで?」
「え……?」
蜜柑ちゃんは信じられない物を見たかのような表情になった。
そうだよ、これがぼくの本性なんだ
「別にぼくには関係ないよ。自分が一番大事に決まってるだろ? 普通に考えてさ」
「っ!! 歩夢君はそんな人じゃないでしょっ!?」
蜜柑ちゃんは、ぼくに対して初めて声を荒げた
「貴方はもっと優しい人だったじゃないですか!!」
「っ……優しい? ぼくが?」
まだ……まだぼくが優しいって……そんな馬鹿みたいな事を言うのか、この娘は。
そんなぼくの本心とは裏腹に、ぼくは相手を挑発するような笑みをいつの間にか浮かべていた
「まだ出会って一週間の他人をよくそこまで高評価出来るね。まだお互いにほとんど何も知らないのにさ」
「貴方が本心をほとんど言わないのは知ってます。ですから今のも……」
「本心じゃない……って? 都合の良い解釈だね。ぼくが本心を言わないとしたらさ……今まで君に優しくしてたのも本心じゃないかもしれないだろ?」
「……え……」
蜜柑ちゃんの表情が、絶望に染まっていく。
――やめろ、もう良いだろ
「ぼくが初めからこういう人間だったとしたら?」
「嘘……ですよね?」
――やめろ……それ以上言う必要はないはずだ。もう十分彼女にはぼくが最低な男だって伝えられたはずだ
「今更嘘を言う理由がどこにあるのさ」
「だって……だって歩夢君は……」
止まらない。ぼくの口は、もう言うことを聞いてくれなかった。止めようと思っても勝手に嫌味ったらしい、ヘドが出るような言葉が出てくる
「あのさ、蜜柑ちゃん。君が何も知らないだけなんだよ。ぼくはもともとこういう人間なんだよ」
「そんなの嘘だよ!!」
「嘘じゃないって。これが本当のぼくだよ」
――そうだ、蜜柑ちゃんはもう本当のぼくを知ったんだ。だからもうこれ以上は……
「私達は友達でしょ! 嘘はもう止めてよ! 本音をぶつけ 合える友達になりたいって、前にも言ったじゃない!」
「そうだね、友達だね。一週間の付き合いの友達……というか知り合いって言った方が正しいかな」
ぼくの言葉を聞く度、彼女は悲しい顔になっていく。
――やめろ……やめてくれ……!
「そんな知り合いにも本音を見せてあげたでしょ? ぼくは初めから自分が良ければそれで良い、そういう人間だってさ。分かった? ぼくの知り合いさん?」
――やめろおおおおおおおおおおおおおお!!
ぼくは口を閉ざした。蜜柑ちゃんは俯いてしまって、表情は見えなかった
「……なんて……」
彼女の口から、ポツリと言葉が漏れた
「ん? よく聞こえないんだけど?」
――嫌だ、聞きたくない……!!
「歩夢君なんて!! 歩夢君なんて大嫌いっ!!」
蜜柑ちゃんは……泣きながら教室を飛び出して行った。
そんな彼女を……ぼくは嫌味な笑みを必死で作りながら見送った。
その後、教室に入ってきた倉田君と何か話をした……はずだけど、どんな話をしたかは全く覚えていない。
その時のぼくの頭には、最後に見た蜜柑ちゃんの泣き顔が浮かんだまま、離れなかったから
倉田君と別れ、家に帰って自分の部屋に入った瞬間、ぼくの作り笑いの仮面は壊れた
「……ぼくは……最低だな……」
一瞬本気で自分の顔をぶん殴ってやろうかと考えたが、それで跡でも残ったら面倒な事になる、と思い止めた。
そして、蜜柑ちゃんにあんな事をしておいて冷静に物事を考えられる自分を心の底から軽蔑した。
そして、夜に倉田君から電話がかかってきた。
仲野会長側も何か作戦を考えてるらしく、ぼくに相談してきたのだ。だからぼくは大丈夫だと伝えておいた。ぼくの計画通りに進めば大丈夫だ……とね。
今日も倉田君は扱いやすいなぁ、と思っていると彼はこんな事を言ってきた
『後、どうでも言いかもしれねえが、市川さんが復活したみたいだぜ? 生徒会長達と一緒に何かやってるみたいだ』
(そっか……蜜柑ちゃん、立ち直ったんだね。良かった)
内心でホッとしながらも、ぼくは興味のないように言った
「へぇ、意外と早い復活だね。もっと完全に心を壊してお けば良かったかな?」
『はははっ、ひでえやつだなお前は』
本当、酷い奴だよぼくは
「倉田君だって結構酷いやつだよね。今日は何人の女の子 とデートしたのさ」
『今日は六人だな。ちょっと時間をずらして上手くやればこれくらい簡単だぜ。女ってチョロいよなぁ~』
「倉田君はモテるからね、羨ましいよ全く」
だからこそ、ぼくの計画も順調に進んでるんだけどね
『そうだな。選挙当日の作戦も完璧だしな』
「はは、選挙が楽しみだね」
本当に楽しみだ。倉田君は一体どんな醜態を晒すことになるのかな?
倉田君が作戦通りに四人の女の子とデートをする事以外は何事も起こらずに日曜日は過ぎ去った。
そして、月曜日。選挙当日の朝。ぼくは目を覚ますとゆっくりと起き上がった
「……行くか」
ぼくは、学校に一人で向かった。
自分の教室に入り、自分の席に着く。そして、しばらくすると隣の席に……彼女が座ってきた。ぼくに目をくれる事もなく、彼女も席に着いた
「……………」
「……………」
沈黙した。お互いに何も話さないから当然だけど
(空気……重いなぁ)
でも今は我慢するしかない。その内、彼女がぼくに対して何とも思わなくなれば空気が重くなることも無くなるだろう。
この時のぼくは、蜜柑ちゃんとの縁は既に切れていると、ぼくは一人になったと、そう思っていた。
放課後、選挙はもう少しで始まる。
ぼくは倉田君に二人で最後の話し合いをする、と言って空き教室に彼を呼び出した
「倉田君、彼女には作戦を伝えた?」
「ああ、ちゃんと仲野 桐花のアピールを妨害するように伝えたぜ」
ぼくの教えた通り、倉田君は昨日デートした女の子の一人に仲野会長のアピールを妨害してほしいと伝えたようだ。
うん、それで良い
「その娘が昨日のデートを一番楽しんでくれたんだよね?」
「おう、ゲームセンターに行った時とか大変だったぜ。クレーンゲームやらプリクラやら色んなのやらされてよぉ、こっちは一日で四人と同じ場所回ったから疲れちまったよ 」
「あはは、モテる男は大変だね」
その話、昨日も聞いたんだけど。モテない男が聞いたら間違いなくキレると思うよ
「本当だぜ。ったくよ……ま、今回の選挙で生徒会長になっちまえば好き勝手出来るからな。楽しみだぜ」
「そうだね。作戦は完璧だもんね」
君が負ける作戦だけどね
「くくっ、本当楽しみだ。こんな選挙さっさと終わらせて俺が会長になってやるぜ」
ぼくはそんな彼に向けて笑顔を向ける。本当、おめでたい頭を持ってる人だ
「あ、そうだ倉田君。昨日の約束は覚えてる?」
「ああ、覚えてるぜ。ほれ、これだよ」
倉田君はそう言うと、ぼくにある物を見せてきた。
それは……
「へぇ、これが昨日デートした四人の女の子かぁ! 皆可愛いね!」
「まぁな。同学年でもレベル高い女をデートに誘えって言われたからよ」
そのある物……昨日のデートで撮った四枚の別々の女の子と撮ったプリクラの写真を、倉田君はぼくに見せた
「ありがとう、倉田君。どうしても君がデートしたっていう四人の可愛い女の子の顔を一度見てみたくてね」
「ははっ、お前も可愛い娘に興味あるんだな」
「そりゃ、ぼくだって男だからね。可愛い女の子って言われたら一目見てみたいよ」
「そうかよ。さて、じゃあそろそろ体育館に行くか」
「うん、そうだね」
ぼくは、プリクラの写真を倉田君が自分の鞄に仕舞うのを確認した後、倉田君と一緒に体育館に向かう
「う、ごめん倉田君。先に行ってて。緊張でお腹痛くなってきちゃったからトイレに行ってくるよ……」
「おいおい大丈夫かよ? もう少しで選挙始まるんだから急げよ」
「うん、ごめんね」
倉田君はそう言うと、一人で歩いていった
「……さてと」
勿論さっきのは嘘だ。ぼくは別にトイレに行きたい訳じゃない
ぼくはさっきの教室に戻ると、倉田君の鞄からさっきの四枚の写真を手に入れた
「これで、舞台は整ったね」
ぼくは一人で笑うと、体育館に向かって足を進めた
その後は知っての通りだ。生徒の皆にプリクラの写真を見せつけて、彼の本性を教えてあげたんだ。まぁその結果、倉田君に思いっきりぶん殴られたけどね。
その後、玉樹が倉田君を足止めしてくれてる間に、ぼくは体育館を抜け出した。
……っていうか玉樹のやつ、この間の放課後の蜜柑ちゃんとぼくが話している時にも扉の前で隠れてたよな。あいつ、結構勘が鋭いからぼくの計画に薄々気づいてたのかもしれないな……。
とにかく、全ては計画通りだったんだ。……あの後、蜜柑ちゃんがぼくを追いかけてくるまでは、ね
そして、今。ぼくは蜜柑ちゃんと一緒に仲野会長の演説を聞き終わった。
体育館全体から響き渡る拍手の音。勿論、ぼくと蜜柑ちゃんも惜しみない拍手を彼女の為に送った
「……凄いね。仲野会長」
「ええ、本当に凄いです」
涙を流しながら喜ぶ仲野会長。はは、感動のあまり、隣にいた玉樹に抱きついて大騒ぎになってるよ
「さぁ、歩夢君。皆の所に行きましょう」
「……本当に良いの? ぼくを一緒に連れてって……」
「もう、大丈夫ですよ歩夢君」
何度も言ってくれたその言葉をまた言うと、彼女はぼくを引っ張っていく。
そして、向かった先には暁さん、西原さん、羽塚さんの姿があった
「蜜柑ちゃん! 急に走っていなくなるから心配したよ!」
「ごめんなさい。慌ててたもので……」
「……会長の演説は聞けた?」
「はい! ちゃんと全部聞きましたよ!」
「そうね、あれは聞き逃したら損よね!」
女子四人が話しているのを見守っていると、四人の視線がこっちに向いた。いつの間にか会話も止まっている
「ほら、歩夢君。言わなきゃいけない事があるんじゃないですか?」
蜜柑ちゃんがそう言った。
……言わなきゃいけない事、か。今更、何を言っても遅いと思う。だけど……言わなきゃね
「……ごめん。勝手に一人で自分の作戦を進めて……皆を裏切って、悲しませて……ごめん」
ぼくはそう言って、頭を下げた
「……クロ」
しばらくして、暁さんの声が聞こえた
「頭を上げなさい、クロ」
「暁さん……」
ぼくは頭を上げた。するとそこには……腕をポキポキと鳴らす暁さんの姿があった
「頭を上げて……歯ァ食い縛りなさいっ!!」
「えっ……ってうごおおっ!?」
瞬間、ぼくの頭に暁さんの拳骨が叩き落とされた!
痛い! 物凄く痛い!
「クロ、今回の事はあんたなりに私達の事を思ってやってくれたんでしょ? 確かに私達に何の相談も無しに敵対する振りをしたり、色々やってくれたけど……私達の為だったんでしょ?」
「それは……でも、ぼくは自分勝手に君達を裏切って……」
「細かい事は言いっこなしよ。あんたの悪かった点は私達に相談しなかった事だけよ。だから、今の一発でチャラにしてあげる!」
「え……あれだけで良いって言うの?」
「拳骨は重~い罰なのよ! なゆとオレンジはよく知ってるでしょ?」
暁さんが言うと、二人は苦笑する
「そ、そうですね……瑠美ちゃんの拳骨程恐ろしい罰はありませんよ」
「うん……黒川君、凄く痛そうにしてたしね。本当に恐ろしい罰だよ」
「……喰らった事のないわたしでも……恐ろしいって事は分かった」
「ちょっとちょっと! 皆して恐ろしいって言い過ぎよ! 私は魔王か何かなの!?」
「いや、魔王より恐ろしいよ、暁さん」
「クロ~! もう一発叩き込んであげようか!?」
暁さんが怒りながら言うと、皆が笑いだした。気づいたら、ぼくも笑っていた。
……自然に笑うのって、何だか久し振りだ。最近は作り笑いばっかりだったから
「ね? 大丈夫だったでしょ? 歩夢君」
そんなぼくに、蜜柑ちゃんが笑顔で言ってきた
「ぼくは……嘘吐きだよ」
「ええ、知ってますよ」
「そんなぼくが君達と一緒にいても……良いの? ぼくみたいな最低な人間が……」
「歩夢君は最低な人間なんかじゃありませんよ。私達の大切な友達です」
「黒川君、私達は君と一緒にいるのを嫌がったりしないよ」
「……貴方も一人で抱え込む癖があるね。一人は……駄目、わたし達にも……抱え込ませて」
「クロ。作戦立てるのも良いけど、立てたら私達も協力させてよ。一人で何もかもやろうなんて思っちゃ駄目だからね」
――ぼくは、君達と一緒にいても良いのか?
「そういうこった歩夢! 一人でウダウダしてんじゃねえよ!」
「! 玉樹……」
振り向くと、いつの間にか舞台から降りてきていた玉樹と仲野会長の姿があった
「てめえを一人になんてさせねえぜ? オレ達がいる限りはな」
「黒川君、私も君のお友達にいれてくれるかな? 私も、君の力になってあげたいんだ」
――……ぼくは一人じゃ……ない?
「歩夢君、さっきも言いましたけど、もう一度言わせてください。……貴方が誰とも関わらないようにしても、私は……私達は絶対に貴方と一緒にいますからね!」
「……蜜柑ちゃん」
君達は……本当に……
「はは……本当にお人好しだね、君達は。こんな嘘吐きと……一緒にいるなんてさ」
「ふふ、知ってますか歩夢君。お人好しって感染するんですよ? 私も、ある人と出会ってからお人好しのレベルがどんどん上がっていきましたからね」
「それは凄いね。じゃあぼくもその内感染しちゃうかもね」
「もう感染してますよ、歩夢君も。歩夢君、貴方は最低な人なんかじゃない……優しい人ですよ」
――優しい、か。
ぼくは、お人好しな彼女達に本心のまま、この言葉を言うことにした
「ありがとう……皆。ぼくと一緒にいてくれて」
嘘吐きなぼくに……初めて本当の居場所が出来た。
そして――ぼくは気づいたんだ。
ぼくにとって彼女は……市川 蜜柑はとても特別な存在だということに




