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一緒にいたい

 沢山の生徒が見守る中、生徒会長を目指す選挙の候補者と、その支持者が体育館の舞台に上がった


「えー、では今から生徒会長選挙を始めます。生徒の皆は公平な判断をして、投票するように心掛けてください」


 選挙の司会者である男の教師が生徒に向かって言う


「ではこれより、候補者二人のアピール、そして支持者による候補者のアピールの時間となります。では先に、倉田 真君と、黒川 歩夢君。お願いします」


 教師がそう言うと、桐花と玉樹は後ろに用意された椅子に座り、先行である倉田と歩夢が前に出た


(じゃあ倉田君、作戦通りにいくよ)


(ああ、分かってる)


 二人は小声で話し合うと、倉田から先に演説を始めた


「どうも皆さん。立候補者の倉田 真です。よろしくお願いします」


 何人もの女子を落としてきた笑顔で倉田は話を始める


「どうして今回、僕が立候補したのか。それはこの学校をもっと良くしていきたいからです!」


 その言葉から始まった倉田の演説は、その後も続いた

 それはありきたりな演説だったが、容姿が良い倉田が懸命な演説をする姿を見てその場にいたほとんどの女子生徒が彼に心惹かれていた


「……だから、僕は生徒会長になろうと決めたんです。どうか、応援してください」


 最後に笑顔を決めながらそう締め括ると、あちこちから黄色い声が上がった


(こんなもんで良いか? 黒川)


(うん、バッチリだよ。これで倉田君のカッコいい容姿を完璧に活かせたと思うよ)


 二人の思惑通り、倉田の容姿に惹かれた女子達はこのまま行けば間違いなく倉田に投票するだろう


(んじゃ後は黒川のアピールだけだな)


(任せてよ。君が最高にカッコいいって事を皆にアピールしてくるからさ)


 歩夢は倉田に笑いかけると、生徒達に向き直った


「どうも、倉田君の支持者の黒川 歩夢です。よろしくお願いします」


 歩夢はそう言うと、生徒達に一礼する


「さて、今度はぼくが倉田君のアピールをしたいと思うのですが……正直さっきの彼の演説だけでも彼が素晴らしい人だということは分かってもらえたと思いますよ」


 歩夢は倉田を手で示しながら続ける


「こんなに素晴らしい人が他にいるでしょうか! 生徒会長になった後の事もしっかりと考えて、更に容姿も良い! まさに完璧じゃないですか!? 皆さんもそう思うでしょ?」


 歩夢が言うと再び女子達の黄色い声が上がり、倉田はそれに軽く手を振って答える


「いやぁ、彼って本当にカッコいい人なんですよ! ぼくなんかとは大違いですよ! 彼こそ生徒会長に相応しい男です!」


 歩夢の力強い言葉に女子達が頷いた


「しかも! ぼくは彼の更にカッコいい所を知ってるんですよ! 凄いでしょ? これ以上彼の評価が上がるんですから」


 そう言うと、歩夢は制服のポケットを漁る


「良いですか皆さん! 何度も言いますが彼は本当にカッコいいんです! どれくらいカッコいいかと言うとですね」


 そして、歩夢は『それ』を取り出した


「ほら! 見てくださいよ!」


 『それ』を生徒達に見せながら……彼は言った






「この4つのプリクラの写真、昨日一日だけで撮ったんですよ! つまり一日で四人の女の子とデートしたんです! ね? カッコいいでしょ?」





 『4つの別々の女の子と一緒に撮ったプリクラの写真』を見せながら言った瞬間――体育館の空気が凍った


「……あれ? どうしたんですか皆さん?」


 そんな空気を壊したのも、空気を作り出した原因である歩夢だった


「カッコよくないですか? 一日で四人の女の子とデートですよ? カッコいいじゃないですか!」


「は……ははは。黒川君、何言ってるんだよ?」


 話を続けようとする歩夢に、倉田が何とか笑顔を作りながら話しかける


「四人の女の子とデートって……そんな訳が……」


「倉田君!!」


 倉田が弁解しようとした時、舞台の近くまで近づいてきた女子生徒が彼を問い詰めてきた


「どういう事!? 四人とデートって何!? 私だけを愛してくれてるんじゃなかったの!?」


 その女子生徒は、桐花のアピールを妨害するように言われていた昨日デートした女の子の一人だった


「ま、待ってくれ、違うんだよ。僕は本当に君だけを……」


 女子生徒へ言おうとした時、さらに倉田に詰め寄る人物達が現れた


「倉田君! 私以外とデートしたって何なのよ!?」


「あたし、真の事信じてたのに! 遊びだったの!?」


「私にも言ったよね! 私だけを愛してるって! あれは嘘だったの!? 答えてよ!」


 そう言ってきたのは昨日倉田がデートしていた残りの女の子三人だった


「ち、違う……違うんだってば……」


 さっきまでの余裕は消え去り、倉田の顔色がどんどん悪くなっていく


「ね? ぼくの言った通りでしょ? 倉田君は一日で四人とデートしたんですよ! 凄いですよね!」


 再び生徒達に演説を始める歩夢。そんな彼の肩を倉田が掴んだ


「ごめん黒川君。ちょっと黙っててくれないか?」


「どうしたのさ倉田君? もっと君のカッコよさをアピールしないといけないのに」


「黒川君……」


「あ、でもその娘達に色々と説明しないといけないのか。本当、モテる男は大変だね? 倉田君?」


「黒川ァ!!」


 本性を現した倉田が歩夢の胸ぐらを掴む


「てめぇ、どういうつもりだ! 最初から俺を裏切るつもりだったのか!」


「裏切るって? ぼくは君が素晴らしい人間であることを皆に教えてあげようと……」


「ざけんなてめえっ!!」


 バキッ! という音とともに歩夢が殴り飛ばされた。

 倒れこんだ歩夢に、倉田が近づく


「てめえぶっ殺してやる!」


 さらに殴りつけようとする倉田の前に、椅子に座っていた玉樹が飛び出してきた


「おいおい、そこまでにしとけよ。皆見てるんだぜ?」


「るせえ! 関係あるか!」


「ったく……先生! こいつを止めるの手伝ってくれよ!」


 玉樹に言われて、固まっていた教師達が倉田を止めに入った。


 そして、暴れる倉田が連れていかれるのを、同じく舞台の上にいた桐花は呆然と見送った


「オレ達のアピールタイムは少し待ってくれってよ。倉田の始末をつけないといけないからな」


「た、玉樹君?」


 玉樹に話しかけられて、桐花が我に帰る。

 そして、ある事に気づいた


「あれ……? 黒川君はどこに行ったの?」


 さっきまで倒れていた歩夢が、いつの間にか姿を消していた。

 桐花に聞かれて、玉樹はニヤリと笑った


「ま、あいつの事は気にすんな。今はオレ達のアピールタイムまでゆっくりしてようぜ」


「う、うん……」


 少し気になると思いながらも、桐花は選挙に意識を集中する事にした















 放課後の廊下、普段から人があまり通らない上に、今は体育館で行われている選挙に生徒達が集まっている為、人通りはゼロに等しかった。


 そんな廊下を、彼は歩いていた


「いたた……どんだけ強く殴ったんだよ倉田君」


 彼――黒川 歩夢は殴られた右頬を押さえながら廊下を歩いていた


「……ま、良いや。これでぼくの出番は終わりだね」


 彼が何を考え、行動したのか。倉田を裏切った目的は何だったのか。それは彼にしか分からない


「さて、じゃあ帰ろうかな」


 しかし、彼が自分から目的を語る事はなかった。

 何故なら彼はそのまま、一人静かに選挙の舞台から姿を消すのだから。


 そう、一人で姿を――










「歩夢君!」








 ――消すはずだった。彼女の声が聞こえなければ


「……え?」


 歩夢はその声に驚き、振り返った。

 そこには


「蜜柑……ちゃん?」


「はぁ……はぁ……」


 全力で歩夢を追いかけて来たのであろう、息切れをしている蜜柑の姿があった


「どうしたの? ぼくに何か用かな?」


 歩夢はいつもの作り笑いを浮かべながら蜜柑に聞いた。

 しかし、蜜柑はそれに答えず逆に歩夢に聞いてきた


「初めからこうするつもりだったんですか?」


「こうするつもりって?」


「倉田君の味方をする振りをして……最後には裏切るつもりだったんですか?」


 蜜柑の問いかけに、歩夢は馬鹿にしたように笑いながら言った


「何言ってるのさ。ぼくは倉田君を裏切ったつもりはないよ。本当に四人の女の子とデートしてる彼がカッコいいと思って……」


「歩夢君っ!!」


 歩夢の言葉は最後まで続かなかった。涙を浮かべた蜜柑の姿が、目の前にあったから


「お願いだから……本当の事を言って……もう嘘はやめて……」


「っ……だからこれが本当の……」


「お願いだよ……歩夢君……!」


「………」


 蜜柑の潤んだ瞳を直視できず、歩夢は顔を逸らした。


 沈黙の後……再び歩夢は口を開いた


「……初めからこうするつもりだった。確実に仲野会長を勝たせる為には、倉田君が使う作戦を完璧に潰さないといけないから」


 ついに、歩夢は自分の本当の作戦を蜜柑に話した


「作戦は成功したよ。あそこまでやれば、倉田君はもう終わりだ」


「どうして言ってくれなかったんですか? 倉田君の支持者になったのは作戦だって」


 蜜柑に聞かれ、少し黙ってから歩夢は言った


「……君に嫌われようと思ったからだよ」


「え……?」


 困惑する蜜柑に、歩夢は自嘲気味に笑う


「今回の件で分かったでしょ。ぼくは優しい人間なんかじゃない。自分の作戦の為に平気で人を裏切るような人間なんだ。そんなぼくと関わってたら蜜柑ちゃんにも悪影響が出るよ」


「………」


 これが歩夢の本音だった。これ以上、嘘吐きな自分と、真っ直ぐ正直に生きている蜜柑が一緒にいたら、いずれ蜜柑も曲がった生き方をするようになってしまうかもしれない。だから、自分は彼女と関わるべきではない。そう思ったのだ


「だからさ……もうぼくは君達に近づかないよ。それが一番良いと思……」


「馬鹿っ!!」


 ――しかし、蜜柑はそう思わなかった


「何でそんなに卑屈な考え方をするの!? 歩夢君は優しいよ! 今回だって、桐花ちゃんの為に頑張ってくれたんでしょ!?」


「……君はぼくの事を過大評価し過ぎだよ。ぼくはそんなに良い人間じゃない」


「そんなことない! 私に関わらないようにしようと思ったのも、私の心配をして考えてくれたんでしょ! 歩夢君は凄く優しい男の子だよ!」


「………」


 顔を逸らしたまま黙ってしまった歩夢に、蜜柑が近づく


「ねぇ、歩夢君……一つだけ教えてくれませんか?」


「……何?」


「この前言いましたよね。私は友達じゃなくてただの知り合いだって。あれは……本心ですか? 私と友達になるのは嫌ですか?」


「それは……」


「お願いします、答えてください」


 蜜柑が真っ直ぐに歩夢を見つめる。そして、再び沈黙が訪れる。


 その沈黙は……顔を逸らしていた歩夢が蜜柑の方を向いた時に破られた


「……嫌じゃ、ないよ」


「っ……!」


 それを聞いた瞬間、蜜柑の涙腺が崩壊した。

 そのまま、蜜柑は歩夢に抱きついた


「っ!? 蜜柑ちゃん?」


「良かった……」


 そう言うと、蜜柑は歩夢の胸に顔を押し付ける


「私……歩夢、君に……ぐすっ、嫌われたんじゃなかったんだ……ううっ……うううぅ……」


「……ごめん」


「歩夢君の……馬鹿……! 馬鹿ぁ……!!」


 




 しばらくして、蜜柑がそっと歩夢から離れた


「あの、ごめんなさい。私、つい……」


「いや、大丈夫だよ」


 お互いに顔を赤くしながらそう言う


「……よし! じゃあ体育館に戻りましょうか!」


「えっ? ぼくも戻るの?」


「当たり前ですよ!」


「……ぼくは君達と敵対してたんだよ? おまけに倉田君も裏切った。そんなぼくが戻っても君達に迷惑じゃ……」


 俯きながら言う歩夢の手を蜜柑が掴んだ


「迷惑なんて思う人が私達の中にいると思いますか?」


「でも……」


「もう! 大丈夫ですよ! 私も一緒にいますから!」


 蜜柑が歩夢を引っ張りながら体育館に歩いていく。初めは抵抗していた歩夢も、諦めて一緒について行くことにした


「歩夢君、貴方が私に関わらないようにしても、私は絶対に貴方と一緒にいますからね」


「蜜柑ちゃん……」


 どうして蜜柑はまだ出会って間もない歩夢の為にここまで尽くすのか。


 その答えは――まだ蜜柑にもはっきりとは分かっていなかった

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