《500文字小説》雪舞い
除夜の鐘が鳴った。今年も帰って来なかった、と彼女は嘆息を漏らす。
高校の時、いつも一緒にいた彼は、東京の大学へ行ったきり全く帰省しなくなった。メールや電話では「今年は帰る」と、いつも返してきたが。やがて彼女も帰省を訊ねなくなっていた。がっかりするとわかっていたから。
そのくせ祇園祭では毎年、保昌山の絵馬に「帰って来はりますように」と願をかけていた。けれど、今年からは止めよう、と誓った。
「亜紀、塚本はん来はったで」
階下から母の、そう呼ぶ声がした。彼女は和装コートを手にした。
「すごい人やろうけど、八坂さんまで歩いて行かへん?こんな時は歩いた方が早いやろうし」
彼女は頷いて、一緒に家を出た。暗い夜空からは白い雪が静かに降り始めていた。
「あ……携帯忘れてもうた。すぐ取ってきます」
充電したまま、忘れてしまっていた。彼女は塚本を残して、慌てて自宅へと戻った。家の前に来た時、中から
「そうですか。夜分にお邪魔しました」
聞き覚えのある声。思わず、その場に立ち尽くす。家から現れた懐かしい顔を見た時、彼女は何を言って、どんな顔をすれば良いのか、わからなかった。
雪は静かに降り続けた。賑やかな街の音を包み込みながら。