fire 7
お世辞にも美味しいとは言えない簡素な朝食を食べた後、俺は昨日見た死体についてヒューズに尋ねていた。
「それはイルヴァールがやったことだと思うよ。この第72廃棄特区を管轄しているのは彼らの旅団だからね。たぶんだけど、それを知らずに外から入ってきてしまったんだろうねぇ。殺されて、見せしめとしてあそこに飾られているんだろう。」
「じゃぁ、そんなに厳重に守られているということは、廃棄特区って地域は相当重要だということなのか?見てみる限り、廃墟ばかりで人間が住めるような場所じゃないと思うのだけど。あと、イルヴァールってのは何?人の名前か何かか?」
ヒューズはこちらをチラリと見た後に、顎をわずかに振り部屋から出ると廃ビルの階段を上っていく。
階段の果てにあったものは扉。その扉を開けるとそこは屋上だった。
時間的にはまだ昼ごろだろう。
しかし、開け放たれた屋上から見える空は灰色の雲が厚く覆い、今でも雨が降り出しそうなものだった。
ヒューズは胸のポケットから紙巻タバコを取出し口にくわえると、こちらにもそれを差し出してくる。
「いや、タバコは吸わないんだ。健康に悪いからな。」
「健康か。まったくおかしな奴だね。君は。」
軽く笑うと、オイルライターでタバコに火をつける。
鼻を突くアンモニアの匂いと煙が俺のほうに流れてきて少し噎せたが、生ぬるい風がその紫煙を曇天の空に運んで行った。
「さて。何から話そうかな。」
白スーツの男はタバコを咥えたまま、こちらをまったく見ることもなく話し始める。
「廃棄特区には何もない。家も、畑も、家畜も、工場も、何もない。名前の通り捨てられた街さ。ここにあるのは死と瓦礫だけ。守る物も無いし、守る価値も無いんだよ。」
「じゃぁ、なんで管轄するものがいるんだ?なんで侵入者が殺される?」
「ここを出ると死ぬからだよ。」
いや、と言葉を変える。
「ここでも、死ぬことには変わりはないね。侵入しても殺される、侵入しなくても殺される。結局結果は同じだよ。」
まぁ、見ればわかるさ
そう言って、ヒューズは俺をビルの一番端まで誘う。
そこから見えた光景は―。
息をするのも忘れてしまう。
いや、正しく表現すると、口から入った酸素が体に取り込まれず、また口から出て行ってしまっている。
体が震え、グラリと揺れる。
「おっと。危ないなぁ。」
ヒューズに腕を掴まれ引き戻された。
「これは…一体どうなっているんだ…!?」
無残に打ち壊されたビル。
止まったまま動かない時計台。
瓦礫がつもり、ひび割れ、元の仕様をまったく成さなくなってしまった道路。
そんな廃墟の先には壁があった。
廃墟と化した街を10mほどの高さの壁が、まるで万里の長城のようにうねりながら地平線まで続いている。
そしてその壁の向こう側には―――何もなかった。
褐色色の荒野が延々と広がっているだけで、人工物らしきものや緑の自然は何もない。
「何も無い…。」
掠れた声で呟く。
「だから言ったでしょ。何もないって。ここから出たら死ぬって。」
ぴん、と咥えていたタバコを指で弾き、ビルから投げ捨てながらヒューズは続ける。
「何も無いんだよ。ここには。あるのは絶望と銃声と死だけさ。」
まるで英国紳士のように優雅に腰を折る。
―ようこそ。
――ようこそ、僕たちの世界へ。タカオ君。