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愛することはないと言った女嫌いの旦那様に、淫紋を付けて破滅させる。

作者: トガタガト
掲載日:2026/05/10

「貴様を愛することはない。」


新婚初夜、寝室に響いたのは愛の誓いではなく、絶対的な拒絶の言葉だった。私、男爵令嬢だったミラベルは、若き伯爵イグニス・ハルトに嫁いだ。彼は、伯爵家の長男として、非の打ち所のない、そして整った顔をしてとても人気だった。しかし、極度の女嫌いとして社交界では有名だった。ミラベルはなぜ、自分のような男爵令嬢を選んだのか察していた。黙って従わせるのに、丁度良かったのだろう。


「はぁ。そうですか。……どなたか、心に決めた方でも?」


「いない。長男として娶っただけだ。馴れ合うつもりはない。」


「はぁ。でしたら貞操でも守っていますの?お世継ぎはどうするのですか?」


「初夜は行う。義務だ。」


「まぁ。」


ミラベルは、冷徹な瞳で自分を見下ろす夫を眺め、くすりと笑った。


「それでしたら。私、愛されない男に抱かれるなんて可哀想。ただの暴力ですわ。旦那様。」


「それくらい、貴族令嬢なら覚悟しておけ。」


冷たく言い放ち、一歩、イグニスが距離を詰める。強引に義務を遂行しようとする彼の傲慢さに、ミラベルの内で「何か」が弾けた。ミラベルは大人しく従うような普通の令嬢ではなかった。


「そうですか。では旦那様もお覚悟してくださいまし。」


「は……?」


ミラベルはイグニスに向かって指を指す。すると室内は眩い光に包まれた。イグニスの下腹部に、じわりと紋様が刻まれていく。


「貴様、何を……!」


「それは愛さないと、快楽に溺れ続ける淫紋ですわ。私、魔法は得意ですの。これから毎晩、私を抱かなければ正気を保っていられない身体にしてあげましたわ。」


ミラベルは魔法の天才だった。学園では王宮の魔術師からも噂されるほどの実力だった。


「消せ!今すぐにだ!」


「私を心から愛せば、勝手に解けますわ。」


「貴様なんか愛するか!絶対に!」


「でしたら、他の女性を愛せば宜しくてよ。あぁ男性に愛してもらうのもありですわね。」


「ふざけるな!」


「旦那様って男性にも、とっても人気でしょう?優しく抱いてもらえば、淫紋もきえるかもしれませんわよ。」


「……貴様っ!」


「嫌でしたら、私を愛してくださいませ。」


「断る!出ていけ!」


イグニスは屈辱に震え、吐き捨てるように言った。イグニスの日常は、地獄のような甘い拷問が始まった。翌日、執務室で書類を捲る手が止まる。不意に、脳裏をミラベルの姿がよぎる。思い返せば、白く柔らかなはだ、豊満な曲線、艷やかな唇、芳香な女の香。一度考えると止まらなく、下腹部に刻まれた、紋様がどくりと脈打ち、ドロリとした熱が全身を駆け巡る。


「……っ、この、私が……っ!」


ペンを握りしめるが、震えが止まらない。執事が「どうかされましたか?」と心配そうに覗き込んでくる。ミラベルの「男性に愛してもらうのもあり。」という声が脳内で響く。


「……うるさい!出ていけっ!」


苛立ちをそのままに怒鳴ってしまう。執事は怪訝な顔をしていたが、言う通り出ていき。執務室は独りとなる。「くそっ」と吐いて、ガタガタと貧乏揺すりが止まらなかった。その日の執務はままならなかった。また、視察先でも、部下の報告が全く頭に入らず、無意識に「ミラベル」と、その名を呟く失態まで演じた。イグニスは自力でこの呪いを解こうと試みた。古今東西の魔導書を読み、鏡の前で自身の下腹部に刻まれた術式を解析する。しかし、そこにあるのは見たこともないものだった。天才的な彼女の術式は、解析すら叶わない。ついに限界を迎えたイグニスは、矜持も誇りもかなぐり捨て、這うような足取りでミラベルの寝室を訪れた。


「ミラベル……っ、この、汚らわしい術を解け……。」


荒い呼吸と、熱に浮かされた瞳。ミラベルはソファに優雅に腰掛け、読みかけの本から視線を上げた。その瞳は、新しい玩具を与えられた子供のような純粋で残酷なものだったかもしれない。


「あら、ご機嫌よう旦那様。私を愛する気になりましたの?」


「……愛することはないっ!しかしっ、貴様を抱く…っ。義務だ……。」


「そうですか、では跪きなさい、私の足元に。」


冷たく、けれど蕩けるように甘い声が、今のイグニスには何よりの毒だった。


「旦那様が、頭を下げ、お願いが出来たら、愛させてあげますわ。」


イグニスは屈辱に顔を歪めながらも、抗いがたい欲求に突き動かされ、彼女の足元へと跪いた。


「よくできましたわ。……さあ、ご褒美を差し上げますわね。」


ミラベルの手が彼の頬に触れた瞬間、イグニスの理性が音を立てて崩壊した。冷めきった義務ではない、ただ一人の女を求め、貪る。「初夜」が始まった。ミラベルは本当は愛されなくても、全く構わなかった。しかし自分を見下し、傲慢な態度を取る男のふざけた行動は許すほどの広い心は持っていなかった。舐められたまま大人しく言う事を聞くほど、ミラベルは淑やかではない。冷徹を気取っていた男の、無様で滑稽な姿を見ることに満足感に浸っていた。それからというもの、ハルト伯爵邸の主従関係は完全に逆転した。イグニスは「魔法の暴走を抑えるため」という大義名分を掲げ、公務以外の時間は常にミラベルの傍を離れなくなった。彼女が歩けばその数歩後ろを付き従う。その瞳は、狂おしいほどの依存に染まっていた。


「ミラベル、ミラベル、私に触れてくれ。」


「まぁ、待ての出来ない犬以下ですこと。先程もご褒美を上げたでしょう?我慢なさい。」


「そんな……っ。ミラベル、宝石でもドレスでも何でも用意しよう。新しい噂のスイーツも取り寄せよう。」


「媚を売らずとも、愛せさえすれば宜しいのですよ?」


「くそっ、私がこれほどまでしているのだぞ……っ!」


苛立ちと懇願の混じったイグニスの顔を眺め、ミラベルは紅茶を飲む。


「頑張ってくださいまし。旦那様。」


くすくすとミラベルは笑う。傲慢だった男が自分に縋り、無様に跪く。その滑稽な姿こそが、何よりの愉悦だった。結婚してから初めての夜会。イグニスはミラベルから一歩も離れなかった。周囲は女嫌いの伯爵が、周囲はあの女嫌いの伯爵がと驚き、熱愛と盛り上がる。


「……ミラベル、離れるな。もっと近くに。」


ミラベルに囁く、イグニスの姿に令嬢たちは悲鳴に近い声をきゃぁきゃぁと上げる。


「あの伯爵様が、あんな女に……?」

「運命の出会いかだったのかもっ!」


盛り上がる周囲を余所に、イグニスは地獄だった。いつもならば、屈辱的な、しかし甘美なご褒美がもらえる時間。気を抜けば跪いて、腰が振れる。早く帰ってただただ欲に溺れたかった。そんな、寄り添い合う二人の元へ、伯爵令嬢ピラリス・リリーフロストが割って入ってきた。以前から、イグニスを執拗に追いかけ回していた令嬢だった。


「……信じられませんわ。イグニス様!貴方様が、わたくし以外と……どこぞの馬の骨とも知れぬ、ただの男爵令嬢と結婚されるなんて!」


ピラリスは血走った瞳でミラベルを射抜いた。


「ミラベル様と言ったかしら?貴女、何か卑しい術でもお使いになったの?イグニス様が、そんな安っぽい色香に惑わされるなんて……まるで、出来の悪い娼婦に毒を盛られたようではありませんか!」


まさに核心を突く指摘に、イグニスの背中に冷や汗が流れる。この忌々しい紋様が下腹部に刻まれているとバレたら、自分は一生の恥を晒すことになる。ミラベルはゆったりと首を傾けた。


「あら。卑しい術……ですか。例えばどのような?詳しくお話になって?」


卑しい術についてさらに詳しく聞き出すような、ミラベルにイグニスは焦燥に駆られる。


「貴女……っ!イグニス様!今すぐこんな女、どこかの塔にでも放り込むべきですわ!さぁ、イグニス様から離れなさい!」


ピラリスの手が、ミラベルを引き剥がそうと伸びる。その瞬間。


「黙れ!!」


会場が震えるほどの絶叫が響いた。「イグニス様……?」と困惑するピラリスの手首を、力強く掴み上げ、額には青筋が浮かんでいる。


「ミラベルを私から離すなどと……っ!それに卑しい術など使われてはいない!」


「い、痛っ……!離してくださいませ!」


「二度と、私とミラベルの前に現れるな!消えろ!」


「ひっ……!」


イグニスが、放り出すように手を離すと、ピラリスは慌てて逃げ去る。周囲は「なんて深い愛だ。」「妻を侮辱されて我を忘れるとは」と、さらに勘違いが激しさを増す。当のイグニスは限界だった。激情により、紋様の熱が身体を這う。周囲を無視し、ミラベルを強く抱擁する。


「……ミラベルっ、ミラベルっ。触れてくれ、今すぐに、頼む。」


「あらピラリス様に欲情されました?それとも、皆が見ているこの状況に興奮していますの?」


イグニスの無様な姿に、くすくすとミラベルは笑みが止まらず、イグニスの耳元へ一つの提案をする。


「いっそ、ここで果てても宜しくてよ?」


「……っ!」


イグニスの顔が真っ赤に染まり、そして絶望する。


「ふふ、さすがに冗談ですわ。ほら、ご褒美を上げますから、二人きりになりましょう?」


ミラベルがそっと彼の頬に触れると、イグニスは安堵のあまり、皆に見られる中で情けなく吐息を漏らす。そうして、別室に消える。残された会場では、「あんなにお熱いなんて」「女嫌いの伯爵を変えた真実の愛」と盛り上がらせた。その話はまたたく間に国中に広まっていった。


「愛せば解けるなら、行動すれば……。」


愛すれば呪いが解けるという条件に、行動を示せば、解呪されるのではと考えたイグニスは、必死にで愛してるフリを始めた。かつては怒りと侮辱を込めて見下していた瞳で見ていたミラベルに、大輪の薔薇を贈り、耳元では甘い愛の言葉を囁く。そして跪きミラベルの手に熱烈な口づけを落とした。


「ミラベル、愛している。……あぁ、この溢れる想いをどう伝えればいいか分からないほどだ。」


鏡の前で練習した通りの完璧の微笑み。しかし、それを受けるミラベルはひどく退屈そうに、深く、溜息を吐いた。


「がっかりですわ。旦那様。」


「え……?」


「その演技、あまりに単調で退屈です。私に抗っている時の方が楽しめましたわ。」


イグニスは、必死の愛の告白を切り捨てられ、静かに苛立つ。彼はそれを押し殺し、ミラベルの耳元に甘く囁く。


「そんなことを言わないでくれ。人を愛することは初めてなんだ。本当に……本当に愛しているんだ。ミラベル。」


「そうですか。本来なら、貴女が私を愛せば、紋様は勝手に消えるはずですが。……よろしいわ。消して差し上げます。」


ミラベルはイグニスの下腹部に触れた。彼女の手が眩い光に包まれると、忌々しい紋様はすっと消えていった。


「な……消えたのか?」


イグニスは呆気ない終わりに呆然と立ち尽くした。全身を支配していた強烈な渇き、ミラベルを求めなければ狂ってしまうという、どろりとした焦燥が、一瞬で消え去った。自由だ。これで、あの屈辱に満ちた日々から解放された。


「ははは……っ!消えた!自由だ!これで貴様のような女とは……っ!」


ミラベルの瞳と視線がぶつかった瞬間、イグニスの胸を襲ったのは、歓喜ではなかった。冷え冷えとした虚無感。まるで魂の一部を引き剥がしたような、耐えがたいほどの、喪失感が襲う。


「魔法は消しました。これで、私に縋り付く必要はございませんわ。ご迷惑をおかけしましたわね。」


ミラベルは淡々とクローゼットを開け、荷物を取り出し鞄に詰め始めた。


「子供も授かりそうにありませんし、元より不本意な結婚だったのでしょう?離婚か、別居でもお好きなように。私はもう貴女の前に、姿を見せないように致しますわ。」


「待て……。何を、言っている。」


イグニスの声が、自分でも驚くほど震えた。


「何を、ではありませんわ。これほど伯爵様へご迷惑をおかけしたのですもの。如何様にも処分してくださいな。」


ミラベルが鞄を手に取り、扉へと手をかける。出ていこうとした瞬間、イグニスの理性が音を立てて崩壊した。


「行くなっ!!」


イグニスはなりふり構わず駆け寄り、床に膝をついて彼女の足にしがみついた。


「行かないでくれ……!あの熱が、あれがない世界なんて耐えられない!ミラベル、もう一度、あの紋様を刻んでくれ……っ!」


「まぁ……。あんなに嫌がってたではありませんか。」


ミラベルは足にしがみつくイグニスを見下ろす。


「解いてほしかったのでしょう?さぁ、離してくださいませ。伯爵様。」


「嫌だ!頼む!ミラベル……っ!私を……!私をまた淫らな紋様で縛ってくれ!」


誇りも、男としての尊厳も何もかも全て捨て、ミラベルにしがみついた。今のイグニスにとっては、ミラベルに繋がれていない、恐怖に比べれば何もかもどうでも良かった。


「……ふふ。魔法もなしに、自ら首輪を欲しがるなんて、本当に、本当に可愛らしい方。」


ミラベルは、泣き叫ぶイグニスの顎を愛おしげに持ち上げた。その瞳には今までになかった熱が灯っている。


「宜しくてよ。またもう一度、いえ、今度はもっと強い魔法を刻み込んであげますわ。」


「あぁ……!ミラベル……!ミラベル!!」


狂ったようにミラベルの手へと顔を擦り付け喜ぶイグニス。その姿を見下ろしながら、ミラベルは悦びに震えていた。


(ふふ。この魔法は後遺症が強く出てしまうようですのね。あぁ、こんなにも可愛いと思う感情は初めて。……これからも、もっともっと淫らな魔法を、旦那様へと実験して差し上げますわ。私、いつの間にか旦那様を愛してしまっていたのですね。もっと、もっと愛して差し上げますわ。私の旦那様♡)


以前よりも強力な、そして様々な趣向の魔法を身体に刻まれたイグニス。社交界では、愛妻家として、子供にも恵まれ、幸せな夫婦として有名になる。イグニスは快楽と支配にまみれた日々を、最高の悦びとして永遠に彼女の手のひらで踊り続けた。

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