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占い師、迷い人を予言

 翌朝目が覚め時計を見ると、早朝の四時だった。起きるにはまだ早すぎる時間に目が覚めてしまった七海に気だるさが全身を襲う。乙葉が甲斐甲斐しく身綺麗にしてくれたので不快感はないが、やはり身体には感じたことのない痛みが伴う。

 昨日のことを思い出すだけで全身が熱くなる。身も心も結ばれたことで、七海はひどく満たされた気持ちでいっぱいだった。


「七海、どうかしたの?」


 布団の中でもぞもぞと動いたせいで、乙葉を起こしてしまったようだ。


「ごめん、起こしちゃったね」

「いいや、気にしていないから平気だよ。それより、身体は痛むかい? 大丈夫?」

「……ちょっと痛いかも」

「ごめんね、無理をさせてしまったようだ」

「ううん。私、本当に嬉しかったら、そんな風に言わないで」

「七海……。分かったよ、でも、妻を労わることくらいはさせてね」

「ありがとう」

「さあ、起きるにはまだ早い時間だ、眠ろう」


 乙葉の腕の中は温かくて優しい気持ちになる。こんなに大事にされて幸せだなあと七海は思いながら眠りに就いた。



 そして、朝。いつもなら七時に起こしにくる小梅達がやってこないせいで、ふたりは一時間寝坊してしまった。

 小梅はいつもと同じように七海に接するが、昨日の『乙葉様がずっと待ち望んでいた花嫁様』の件があってから、ふたりが進展すると踏んだ小梅の計らいによって、主夫妻の起床を一時間送らせたことを七海だけが知らなかった。

 寝室に立ち込める微かなにおいと布団のシーツから昨晩何をしていたのか理解したらしく、そこには何も触れずに七海の支度をした。

 身体に散る赤い花を見ても何も言わない小梅はできた女官だなと、しみじみ思う七海であった。


「七海様、お身体お辛くはありませんか?」


 ただそれだけ言ってきたので、七海は「身体はだるいけれど、問題ないよ」と言うと、小梅は「差し出がましい真似をして申し訳ございませんでした」と頭を下げた。


「そんな、気にしなくていいから! 私のこと気遣ってくれてるんだって分かっているから大丈夫だよ」

「こちらこそお気遣いいただき感謝申し上げます」


 朝食はなんと赤飯が出てきたので、七海は赤面しながら箸を進めた。

 乙葉は涼しい顔でいつものように優雅に食事をしているのが何だか憎たらしくなってきたが、耳が赤くなっていることを七海は見逃さなかった。それで追及するのはやめたのである。



 休憩という名の女子会では昨日のことを当然聞かれ、七海は戸惑う。

 今まで友達が全くいなかったわけではないが、こういう恋バナやオトナの話をする機会がなかったので、口下手ながらも素敵な時間を過ごしたことを伝えた。

 長年仕えてきた主が予言の通り結婚できてよかったと夢子は泣いた。小梅もつられたのか、目元に涙が浮かんでいた。

 ふたりの反応を見て、七海は本当に『乙葉様がずっと待ち望んでいた花嫁様』なのだと実感し恥ずかしく思うが、やはり彼に恋する気持ちの方が大きかったので、七海は小梅と夢子に「ありがとう」とこぼした。



 七海と乙葉が身も心も結ばれてから一週間後、七十年ぶりにとある男が竜宮城に来訪した。

 件の占い師こと高虎である。

 それを見つけた衛兵達は、すぐに高虎を歓迎した。

 客人の間へと高虎を通し、竜宮城の主である乙葉への謁見が行われた。


「久しぶりだなあ、乙葉殿」

「ええ、七十年ぶりですね」


 まずはとりとめのない挨拶から始まる。


「それで? 陸から嫁御が来たんだろう? 俺の占いが当たったのが分かったからここまで来たんだ、会わせてくれないのかい?」

「おや、そこまでご存じだったとは……。七海をこちらへ」


 そこで小梅やほかの女官達にめかしこまれた七海は、急いで客間へと駆け付けた。


「はじめまして、七海と申します」

「おお、こりゃ別嬪さんじゃないか」

「私の妻は容姿が美しいだけではなく、心根も美しいのですよ」


 美しいと言われるのはどうにも慣れない。七海は手持無沙汰で指を触ることしかできない。


「ほう、乙葉殿は嫁御に骨抜きになっているわけかい?」

「ええ、それはもう」

「七海殿、乙葉殿はそれはもうあなたという存在を待ち望んでいたんだ、多少のオイタは許してやってくんな」

「私も夫を愛しているので問題ないです」


 胸を張って愛していると言えば乙葉は嬉しそうに微笑み、腰を抱き寄せられた。

 仲睦まじい七海と乙葉の様子を見て、高虎は「これはこれは、新婚夫婦に充てられちまった」と苦笑した。


「高虎さん、今回はどのくらいゆっくりされるのですか?」

「いんや、俺はおふたりに忠告があってここにやってきたのさ」


 忠告という不安を煽るような言い方をされて、七海と乙葉は顔を見合わせる。百発百中の占い師からの忠告とはいったいなんなのだろうか。


「忠告とは何でしょう」

「間もなく嵐がやってくる。ひとによって嵐の定義は違うだろうが、この竜宮には必ず嵐がやってくる。用心するに超したことはない、気をつけておくこったな」

「それはいつやってくるのですか?」

「一か月以内だ」


 乙葉の両親を死に追いやった海が、再び荒れ狂う時が来るのだそうだ。高虎は死人が出るとは言っていなかったので、そこまで甚大な被害は出ないだろう。

 それでも、この竜宮城が荒れることを心配してわざわざ足を運んでくれたのだ。主夫妻は高虎に礼を述べた。


「……ありがとうございます。此度はご足労いただき感謝申し上げます」

「いや、礼はいい。今回は少しばかりゆっくりさせてくれないかい? ここにくるまでに体力を使っちまったから疲れてるんだ」

「ええ、もちろんですとも。高虎さんが心ゆくまで我々はおもてなしいたします」

「そうかい、悪いね」

「いいえ、お気になさらず」


 高虎は七海に視線を向け「七海殿」と真剣な眼差しを向けた。何を言われるのかと戦々恐々する。


「陸と海じゃ色々と違うだろうが、あなたが頑張っていることはみんなが知っている。何より乙葉殿があなたを愛している。それを忘れちゃいけないよ」


 失礼なことを考えていたと七海は己を恥じた。彼は、乙葉に七海がやってくることを予言したひとなのだ。何を恐れる必要があったのか。


「……はい、分かりました」


 七海が神妙に頷くと、高虎は人好きのする笑顔を見せた。


「では、私は仕事がありますのでここで失礼します。何かあれば城の者にお申し付けください」

「旦那、ありがとうな」

「こちらこそありがとうございます。さて、七海、行こうか」

「あ、はい」


 客間から出て、ふうと一息ついた七海は緊張していたのだと再確認した。


「あのひとが乙葉に予言をした高虎さんってひとなんだね」

「そうだよ。彼は世界中の海を旅しているんだ。物知りで話すと楽しいよ」

「乙葉が言うのなら間違いないね」


 七海がにっこりと乙葉に笑いかけると、乙葉は「高虎さんとふたりきりになるのは禁止だからね」と言いつけた。乙葉は基本的に七海のやりたいことをやらせてくれるのだが、こうして言いつけをされるのは初めてな気がする。


「なんで?」

「見知った者とはいえ、妻と男がふたりきりになるのは誰だって嫌だろう?」


 その言葉を聞いて、七海は乙葉が嫉妬しているのだと分かり、なんだか面映ゆくてくすぐったい。こんなに綺麗な男のひとでも嫉妬するんだと思ってしまう。


「……乙葉でも嫉妬とかするんだね」

「嫉妬しない男がいるとでも?」

「ううん、妻冥利に尽きます」

「よろしい」


 乙葉は七海が妻としての自覚を持つことに対してとても嬉しそうにするものだから、七海もこうして淑やかな妻を演じるのも悪くないなと思う。


「じゃあ、小梅と一緒ならいい?」

「それなら構わないよ」

「ありがとう!」

「私の妻はどんな話をするのかな?」

「それは秘密」


 人差し指で「しー」と唇に当てれば「おや、これは手厳しい」と楽しそうにくすくす笑う。七海のことは何でもお見通しなのか、乙葉はそれ以上追及することはなかった。



 一日の勉強を終えた七海は、小梅を伴って客間へと移動した。


「高虎殿、七海様がお話をされたいとのことです、ただいまよろしいですか?」

「ああ、大丈夫だよ」

「それでは失礼します」


 襖を静かに開ける小梅の後に続き、七海は客間に入る。


「こんばんは、高虎さん」

「こんばんは。七海殿がいらっしゃることは分かっていたんでね、待っていたよ」


 高虎は朗らかに笑うと外見のとっつきにくさが軽減する。やはりひとは笑っている方がいいのだ。


「それも占いですか?」

「いいや、これは勘だね」

「それは素晴らしい勘の持ち主でいらっしゃいますね」


 小梅に座布団を用意された七海はしゃなりと腰を下ろした。


「それで? 七海殿は俺に何の用だい?」

「七十年前にされたという予言について詳しく知りたいのです」

「当事者だもんなあ、そりゃあ気になるってもんか。もちろん聞かせて差し上げましょう」



 ──七十年より数年前、高虎は海の世界の中で最も美しいとされる竜宮城に興味があった。別段美しいものに興味はない高虎だが、噂に聞く竜宮城なるものを拝んでみたいと思うようになる。

 何年もかけてようやくたどり着いた竜宮城はそれはそれは美しく、美しいものに興味がない高虎ですら目を奪われたのだ。

 ふらっと訪れた高虎を気のいい竜宮の者達は歓迎し、一泊させてくれたお礼にまだ年若い竜宮の主の伴侶がいつ現れるのか占ったのが全ての始まりである。

 高虎は最初、自分の占いが初めて外れたと思った。

 それは、乙葉の相手が海人ではなく陸の人間と出たからだった。

 しかし、何度占っても結果は同じ。

 その結果を乙葉に伝えると、彼は自分の妻となる女性が陸からきた人間だと知ると、異なる世界からやってくる自分の妻に想いを馳せ、海を見上げながら「楽しみだ、陸の姫」と言ったのだそうだ──。



「あれはもう恋する男の目だったねえ。乙葉殿は俺の予言を信じて七海殿を待っていたんだ。顔も名前も知らない、住む世界ですら違う女性──七海殿、彼はあなたにずっと恋をしていたんだ。健気でいじらしい男だと思わないかい?」

「当時の夫の様子を知りたくて高虎さんに話を聞こうと思ったのですが、想像していたよりよいものを知ってしまい感動しています」


 乙葉は七十年も七海のことをずっと海の底で待っていたのだ。

 それは、果てしなく長い孤独の時間だったことだろう。


「俺ら海人は数が少ない。そして、異性に会える確率はもっと少ない。ただの海人ではなくて陸よりきた七海殿は、それらしい言葉でいうと『運命』なんだと俺は思うよ」


 高虎はしみじみとした雰囲気で何度も頷いた。


「これから嵐がやってくるが、俺は正直嫌な予感しかしていない。その嵐はただの嵐じゃない、迷い人を連れてくると出てるんだ。おそらく女の海人だろう、だから嵐の相が出た。気をつけるんだぞ、七海殿。海の生き物の執着心を舐めたらだめだ」


 高虎の占いは必ず当たる。ということは、この竜宮城に嵐と女の海人がやってくるということだ。高虎が言うには、海の生き物は長生きする分執着心が強いのだそうだ。


「……分かりました、肝に銘じます」

「高虎殿、このことは乙葉様は……?」

「もちろん言ったさ。乙葉殿は、さすが七海殿のことをひたすら待っていただけのことはある。彼は『七海以外要らない』と言っていたよ。七海殿、末永くお幸せにね」



 夜、七海は乙葉を待ちながら布団でごろごろしていた。早く乙葉に会いたい──。

 そう思っていると、廊下から歩く音が聞こえ襖が開かれた。


「お待たせ、七海」


 七海は布団でだらりと寝ころびながら、隣にくるよう布団をぱしぱし叩いた。

 乙葉は苦笑して七海の隣に寝ころんだ。


「どうしたんだい、今日はやけに熱烈だね」

「高虎さんから七十年前のこと聞いたの。乙葉、その時から私のことを待っていてくれたんだと思うとすごく嬉しくて。だから、今日ずっと乙葉と一緒にいたいなーって思ってたんだよ」

「ふふ、やっぱり高虎さんに聞いたんだね?」


 乙葉は七海を抱き寄せて額に口づけをする。


「ごめんね、嫌だった?」

「いいや、私のことを少しでも知ろうとする七海が愛らしいと思っただけだよ。高虎さんの言う通りだ。前にも言ったけれど、私は見知らぬ陸の姫にずっと恋をしていたんだ。それが七海だよ。こう見えても七十年超しの片思いが実って浮かれているんだ」


 そんな素振りを全く見せない乙葉に七海は「うそ、そんな風には見えなかったよ?」と思ったことをそのまま口にしてしまう。


「私はこれでも城主だからね、気をつけているんだよ」

「……だったら、私にだけは遠慮しなくてもいいのに」

「そう、妻のおねだりには応えないといけないね」


 乙葉は七海を腕の中に収まっている七海の耳に口づけを落とした。そこからまぶた、頬、唇へと下りてくる。唇に触れる弾力のある感触が、たまらなく愛おしい。

 もっとと七海がねだると乙葉の舌が七海の口内に侵入してきた。舌同士が擦れてくすぐったくも気持ちいい。お互いの唾液で口元が濡れるが、それすら厭わない。

 するりと長襦袢を脱がされ、今夜も乙葉に愛されることを期待しながら七海は乙葉を受け入れた。



 高虎は一週間ほど滞在し、海の中へと消えて行った。七海と乙葉は高虎を見送ってから城の中へと戻る。


「高虎さん、あんまり長居しなかったね」

「嵐が近づいているからだね。海は本当に危険だから、用心しておくことに超したことはないよ」

「……そうだね」


 乙葉の両親は海の災害で亡くなったのだ。彼は誰よりも海の恐ろしさを知っているからこそ、言葉に重みがあった。


「さあ、冷えるから中に入ろう」



 そして、高虎が予言した通り、海の中で嵐が発生した。城はどこも閉鎖され、誰も流されないように城ごと封鎖した。

 しかし、ここで予期せぬ来訪者が現れた。

 千代と名乗る女性の海人が嵐とともにやってきたのだ──。

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