黒い宝石
「逃げろ!!」
ホームレスの男が叫んだ瞬間、私は反射的に走り出した。
だが、二歩ほど進んだところで足が止まった。
路地の奥から、化け物が走ってきた。
腕が異様に長く、地面に触れそうなくらい垂れ下がっている。
背中は大きく曲がり、足取りも不自然だ。
そして顔。
口が耳の近くまで裂け、歯がむき出しになっていた。
「……なんだ、あれ」
私は慌てて壁の影に身を隠す。
ホームレスの男は、もうどこかへ消えていた。
化け物は路地の真ん中で立ち止まり、鼻をひくひくさせている。
獲物を探しているかのようだ。
そのとき、通りの向こうから声が聞こえた。
「お、いたぞ」
さっき絡まれた、ガラの悪い三人組だった。
「今日は運がいいな」
「黒石が手に入るぞ」
黒石?
意味が分からない。
男たちは全く恐れていない。
一人は腰から長いナイフ、もう一人は鉄パイプを持つ。
化け物が気づいた。
ギャアァァ――!!
耳障りな叫び声を上げ、男たちに飛びかかる。
「来たぞ!」
ナイフの男が背後に回り、首元に刃を突き立てる。
鈍い音とともに化け物が暴れる。
鉄パイプで頭を殴られ、ぐらつく。
最後にナイフが深く刺さると……
化け物の体が、徐々に崩れ始めた。
風に吹かれた砂のように、ボロボロと崩れていく。
数秒後、そこには死体すら残っていなかった。
ただ、地面に小さな黒い宝石が落ちている。
男の一人がそれを拾い上げ、太陽の光を受けて鈍く黒く光った。
「小粒だけど、まあまあだな」
「酒代くらいにはなるか」
男たちは笑いながら、黒石を持ち去った。
私は息を呑んだ。
化け物が倒されると、こうして黒石になるのか。
理解が追いつかない。
そのとき、後ろから声がした。
「初めて見たか」
振り向くと、ホームレスの男が立っていた。
いつの間に戻ってきたのか。
「……あれ、何なんですか」
男はため息をつく。
「化け物だよ」
「いや、それは分かりますけど」
男は壁に寄りかかり、落ち着いて話し始めた。
「化け物になるのは、ほとんどがよそから来た奴らだ」
「……え?」
「兄ちゃんみたいにな」
私は言葉を失う。
「そいつらは、普通に生きてても、ある日突然――ああなる」
背筋が凍った。
「原因は誰も知らねぇ」
そして地面を指さす。
「倒すと、こうして黒い石が残る」
私はポケットの指輪を握りしめ、街の奥を見た。
化け物を狩る――ハンターという仕事が、この世界にはあるらしい。
やっと少しだけ、この世界がどれだけ危険なのか理解し始めていた。




