行商人のはなし
翌朝、私は宿の小さな窓から柔らかな光を浴びながら目を覚ました。
窓の外には、村の屋根と遠くに広がる草原が見える。
静かな朝の空気が、昨日までの森での緊張を少しずつ解きほぐしてくれる。
軽く身支度を整え、朝食のために食堂へ向かうと、リナがすでにスープとパンを並べていた。
「おはよう、ユウさん。ゆっくり休めたかしら?」
「ええ、ありがとうございます。部屋も快適でした」
リナはにっこりと笑う。
「それならよかった。この村は静かだから、休むにはちょうどいいのよ」
「そうですね……落ち着きます」
少し間を置いて、リナが続ける。
「ただ、あんまり遠くには行かない方がいいわよ」
「え?」
「森とか、山の方とかね。たまに危ないこともあるから」
軽い調子だったが、その言葉には少しだけ現実の重みがあった。
「……そうなんですね」
「まあ、普通にしてれば大丈夫よ」
リナはすぐに笑顔に戻る。
「でもね、森の中にはちょっと珍しいものもあるの」
「珍しいもの?」
「小さな鉱石とか、薬草とか。運が良ければ見つかるわ」
私は少し考えた。
――昨日の結晶。
あれも、もしかすると同じ類かもしれない。
「……売れたりしますか?」
「ええ、行商人が来ればね」
リナは思い出したように言う。
「ちょうど明日、大きな街から来るのよ」
「行商人ですか」
「ええ。いろんなものを持ってくるし、買い取ってもくれるわ」
私は頷き、リュックに視線を落とした。
「それなら、試してみるのもいいかもしれませんね」
「何か持ってるの?」
私はリュックから、ハンカチと小瓶――そして胡椒を取り出す。
リナの目が少しだけ見開かれた。
「それ……」
「胡椒です」
「こんなところじゃ、まず見ないわよ」
リナはくすっと笑う。
「うまくいけば、いい値がつくかもね」
「そうですか」
「最初に値段を聞くのを忘れないこと。それから交渉ね」
「分かりました」
私はうなずき、頭の中で段取りを整理する。
明日。
売れるものを持って、行商人のところへ行く。
窓の外には、穏やかな朝の光。
静かな村の空気の中で、私は小さく息を吐いた。
「……まずは準備だな」




