別の世界で
充電完了まで、残り5分。指輪の表示をぼんやり見つめながら、私はバッグの中身をもう一度確認した。向こうの世界で何が待っているかわからない――だからこそ、手元の荷物は絶対に抜かりなく整えておきたい。
バッグの中身は、高級そうなハンカチ、懐中電灯、細いナイフ2本、鉄の棒、ハンマー、水筒、黒石、調味料、予備の眼鏡、非常食……など。手に取ってはポケットやバッグに入れ直し、重さや位置を確認する。
気づくと、指輪から光がわずかに漏れ、柔らかな音が響いた。
[充電完了]
[第175世界へ転送します]
眩い光が指先を包み込み、次の瞬間――足元の感覚を失った。空間がねじれるような感覚に包まれ、視界が歪む。気づけば、別の場所に立っていた。
周囲を見渡す。頭上は低い岩の天井、壁には湿った苔が張り付き、足元の土は滑りやすい。ひんやりした空気と湿った匂いが漂っていた。
「ここは……どこだ?」
思わず口に出す。見覚えのある景色は一切ない。洞窟の奥へ続く暗闇が、静かに広がっている。
バッグの重みを感じながら、ナイフやハンマーの位置を確認し、少し気持ちを落ち着かせた。
そのとき、暗闇の奥で何かが動いた。
「……っ?」
暗闇から現れたのは、緑色の肌をした小さな人型の生き物。背は低く、細い手足に粗末な武器を握っている。
「な、なんだ……あれ……?」
人間ではない。だが獣とも違う。みにくく歪んだ顔と小さな目が、ぎらりとこちらを睨む。背筋に冷たい汗が流れた。
(まさか……モンスター……?)
頭の中にあの声が響く。
『第175世界 適応開始』
『生存率 44%』
数字を聞き、体の奥に冷たいものが走る。44%――決して高くない。
「くそ……!」
私は鉄棒を握り、ハンマーを構えた。手が少し震える。だが逃げ場はない。
ゴブリンの一匹が、甲高い声をあげて走り出す。
「う、うわっ……来た!」
反射的に鉄棒を振る。金属がぶつかる音が洞窟に響き、ゴブリンの体勢が崩れる。
「くそっ、来るな!」
距離を取った瞬間、もう一匹が跳ねるように突っ込んでくる。
「っ……このっ!」
とっさに鉄棒で弾き、体を横にずらして避ける。心臓がドクドクと音を立てる。
「くそっ……! しね!!」
思い切りハンマーを振り下ろす。
ゴンッ――鈍い音が響き、ゴブリンの頭に直撃。小さな体が床に崩れ落ちた。
「はぁ……はぁ……」
息を荒げる間もなく、もう一匹が飛びかかってくる。
「まだ来るのかよ!!」
鉄棒で押し返し、ナイフを抜く。
「しつこいんだよ!!」
勢いのままハンマーを振り下ろす。ドスッ。ゴブリンの体がぐらりと揺れ、そのまま倒れ込んだ。
静寂が戻る。
「はぁ……はぁ……終わったのか……?」
しばらくその場に立ったまま、荒い呼吸を整える。
すると、倒れた二匹のゴブリンのそばから、紫色の小さな石が二つ転がり出た。
「……なんだ、これ……?」
恐る恐る手に取ると、微かに光を放つ石。その存在感は、洞窟の静けさの中でひときわ異彩を放っていた。
「……ドロップか?……」
指輪が光った直後に転送され、未知のモンスターと戦う――その現実感に、私はようやく肩の力を抜いた。




