実家に帰らせていただきます
翌朝、
東門の前には、すでにセラが立っていた。壁にもたれ、腕を組んでいる。冷たい朝の風に髪が揺れる。
「遅い」
「まだ約束の時間前です」
「細かいわね」
セラは笑った。ちょっと意地悪そうな、でも優しい笑みだった。
「行くわよ」
私たちは町を出た。森の外縁を抜け、昨日より奥へ進む。木々は次第に密になり、光は枝葉に遮られ、足元には薄暗い影が落ちる。鳥の声も遠くで途切れ、風が枝を揺らす音だけが聞こえる。
「もう少し行くと、遺跡があるの」
「遺跡?」
「旧イェイル都市よ」
「都市?」
「昔ここにあった町。今はほとんど崩れてるけどね」
歩きながら、私はふと思い切って訊いた。
「……セラさんは何でハンターになったの?」
セラは少し驚いた顔をしたあと、視線を森の奥に向けた。
「……そうね、私の場合は、家族のためかな」
小さく息を吐き、話し始める。
「街で小さな鍛冶屋をしていたんだけど、ある日、化け物が家の周りに出て……父も兄も巻き込まれて。私は間一髪で逃げたけど、それで決めたの。自分が強くならないと、誰も守れないって」
私は黙って頷いた。言葉は出なかった。ただ、背中にぞくりと緊張が走る。
「ユウは?」
「僕は……元々は普通の会社員で……でも、気づいたらここにいて」
私は指輪を握りしめ、黒石のことを思い出す。あの石がなければ、今もただ迷っていたかもしれない。
「……僕は、生き残るために、できることをやるしかなかった」
セラは微かに笑い、剣の鞘を叩く。
「わかった。お互い、理由は違うけど、目的は同じね。生き延びること」
森の奥へ進むほど、木々は密になり、暗く、湿った空気が肌にまとわりつく。呼吸を整え、足音を小さくして進む。
「……待ってください」
左手の指輪がわずかに締まる。ほんの少しだが、確かに圧力が指にかかる。危険の予感。
「どうしたの?」
セラが振り向く。
「……あの建物、奥の方から……なんかいる気がする」
セラは剣に手をかけ、私の肩を軽く叩いた。
「わかった、気をつけて」
私たちは慎重に進む。建物が近づくたび、指輪の締めつけが微かに強くなる。瓦礫に足を取られないよう、呼吸を整え、影に注意しながら歩く。
廃墟群の一角に差し掛かる。崩れた壁、割れた窓、錆びた鉄骨。静寂の中で不気味に立ち並ぶ建物。
「ここ……ですね」
「ええ。でも油断しないで」
心臓の奥で微かに緊張が高まる。足元の瓦礫を踏みしめ、息を整える。
――そのときだった。
建物の奥から、低く、うなるような声が聞こえる。
「……っ」
セラが剣を握り、構える。
「準備して」
私は頷き、指輪をぎゅっと握りしめた。空気が一瞬、重く止まった。
建物の影から、黒く歪んだ巨大な影がゆっくりと現れる。腕は人間の三倍以上、口は裂けて牙が並ぶ。
「化け物!」
セラが叫びながら前に出る。剣が光を受けて閃く。
怪物が地面を蹴り、距離を詰める。
「セラさん!」
「後ろに下がって!」
怪物の腕が柱を叩きつけ、天井が軋む。瓦礫が崩れ落ちる。逃げ場はない。
「セラさん、外へ!」
私は全力で彼女の肩を掴み、建物の外へ押す。その瞬間、天井が大きく崩れ、轟音と砂煙が立ち上がった。
指輪が強く光り、視界の端に文字が浮かぶ。
【帰還機能】
充電完了
帰還可能
「帰してくれ……!」
喉が裂けるほど声を出す。
「元の世界に帰してくれえええ!」
光に包まれ、体が浮き、音が消え、意識が途切れる――
次の瞬間、私は目を開けた。
古い木の梁、埃、家具。見覚えのある匂い。
私はその上に寝転んでいた。
ここは――
祖父の家。
私はしばらく天井を見つめた。
そして小さく呟く。
「……帰ってきた」
左手を見る。指輪は静かに光っていた。
そもそも戦闘能力ないのになんでついていくことになったんだっけ?




