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森での戦闘

ギルドを出てから、私は町の東門へ向かって歩いた。クロノ町は高い石壁に囲まれており、外へ出るには必ず門を通ることになる。昼過ぎの時間帯ということもあって、門の周囲には商人やハンターの姿がちらほら見えた。荷車を引く商人、装備を整えるハンター、門番と雑談している者――それぞれが当たり前のように町の外へ出ていく。


門番は私の顔を一度だけ確認すると、特に何も言わず通してくれた。新人ハンターが森へ向かうこと自体は、この町では珍しいことではないらしい。


門を抜けると、町の喧騒はすぐに遠ざかった。空気の匂いも変わる。土と草、それに湿った木の匂いが混ざった、森特有の空気だった。クロノ町の周囲には広い森が広がっており、ハンターたちの多くはこの辺りで依頼をこなしていると聞いている。


依頼書に書かれていたのは「森外縁」。町からそれほど離れない場所だ。奥へ入りすぎなければ危険は比較的少ない――エリナはそう言っていた。


私は道を歩きながら周囲に目を配った。森の中には細い道が一本続いており、ところどころ踏み固められている。多くのハンターが行き来しているのだろう。完全な獣道というわけではないが、油断できるほど整備されているわけでもない。


ポケットの中に手を入れると、硬い感触が指先に触れた。


黒石。


昨日手に入れた、あの黒い石だ。拳ほどの大きさがあり、見た目以上にずっしりと重い。これがこの世界では貴重な資源らしいが、私にとってはそれ以上に意味がある。


あと三日。


私は小さく息を吐き、歩き続けた。森の奥に入るつもりはない。エリナにも止められているし、そもそも見習いがそんな真似をしても死ぬだけだ。森の入り口付近で黒石が見つかればそれでいい。


そんなことを考えながら歩いていると、前方の茂みがかすかに揺れた。私は反射的に足を止める。動物か、それとも――。


しばらく様子を見ていると、やがて森の奥から、ふらつくような足取りで一人の男が姿を現した。服はあちこち破れており、枝に引っかけたのか布が裂けて垂れ下がっている。顔色は不自然なほど青白く、息も荒い。どう見てもまともな状態ではなかった。


私はその場に立ったまま、男の様子を注意深く観察した。町の住人のようにも見えるが、クロノ町の外れにあるこの森の中に、そんな格好で一人でいる理由が思いつかない。


――私と同じ転移者か?


この世界では珍しい話ではない。突然どこからともなく現れる「転移者」は時々いる。そして運が悪いと、町の中ではなく、こういう森の奥や荒野に放り出されることもあると聞いていた。もしそうだとすれば、目の前の男の様子にも説明がつく。


私は少し警戒しながら声をかけた。


「……大丈夫ですか?」


その瞬間だった。


左手の指輪が、わずかに締まった。ほんの少しだが、確かに指に圧力がかかる。まるで見えない糸で引き絞られたような感覚だった。


男はゆっくりと顔を上げる。目が合った瞬間、胸の奥に嫌な感覚が走った。視線の焦点が合っていない。目の色も普通ではなかった。濁った黒色で、まるで奥に光がない。


男の口がわずかに動く。


「……くろ……」


かすれた声だった。喉が潰れたような、まともに言葉を出せていない声。


「くろ……いし……」


その言葉を聞いた瞬間、指輪がさらに強く締まった。今度ははっきり分かる。皮膚に食い込むほどではないが、明らかに力が強くなっている。


私は反射的に一歩下がった。


そして次の瞬間、その予感は現実になった。


男の体が痙攣するように震え、ミシッと嫌な音が響いた。骨が無理やりねじ曲げられるような音だ。腕の関節が不自然な方向に曲がり、指がぎしぎしと音を立てながら伸びていく。皮膚が裂け、下から黒ずんだ肉がのぞいた。


男は喉の奥から絞り出すような声で叫んだ。


「ぐあああああああ!」


背中の骨が膨れ上がり、体格そのものが変わっていく。腕は人間の長さを超えて異様に伸び、口は耳の近くまで裂け、鋭い牙が並んだ。皮膚の色も次第に黒ずみ、人間の面影はほとんど消えていく。


数秒後、そこに立っていたのはもう人間ではなかった。


私は小さく息を吐いた。


「……やっぱりか」


初めて見る光景ではない。クロノ町に来た初日、私はすでに一度この変異を目撃しているし、運悪く戦う羽目にもなっている。完全に動けなくなるほどの恐怖はないが、それでも目の前で人間が崩れていく光景には慣れない嫌な感覚が残る。


化け物は首をゆっくり傾けた。裂けた口の奥で舌が動き、濁った目がこちらを見つめる。その視線が私に定まった瞬間、嫌な直感が背筋を走った。


来る。


化け物は地面を蹴った。人間の体ではあり得ない速度で距離を詰めてくる。私はとっさに体を横へ投げ出すようにして転がった。次の瞬間、さっきまで立っていた場所の地面が爪で深くえぐられ、土が大きく跳ね上がる。


立ち上がりながら私はナイフを握り直した。刃の冷たい感触が掌に伝わる。恐怖がないわけではないが、足がすくむほどではない。すでに一度経験している戦いだ。


それでも、相手が人だったものだと分かっているだけに、胸の奥に重たい感覚が残る。


化け物はゆっくり体を回してこちらを向き直った。裂けた口が歪み、まるで笑っているようにも見える。再び跳びかかろうと腕の筋肉が盛り上がった。


そのときだった。


パンッ!!


乾いた銃声が森に響いた。化け物の頭が横に弾かれ、黒い血が霧のように飛び散る。私は反射的に音のした方へ振り向いた。


道の向こうに三つの人影が立っている。先頭にいたのは赤い短髪の男だった。肩に銃を担いだままこちらを見て、にやりと笑っている。


ロイドだ。


ロイドは銃口から立ち上る煙を軽く払うようにしながら言った。


「新人、森に入ったばかりでそれに当たるとはな。運がいいのか悪いのか分からねえな」


化け物はまだ倒れていない。頭を撃たれても、ぐらりと揺れながら立ち上がろうとしている。


ロイドは小さく舌打ちをした。


「カイル」


後ろにいた男がすぐに剣を抜いた。背の高い男で、無駄のない動きで前に出る。


「分かってる」


カイルは一気に距離を詰めた。化け物が腕を振り上げるが、その動きを読むように低く潜り込み、次の瞬間、剣が鋭く走る。


鈍い衝撃音とともに刃が首に食い込んだ。半ばまで裂けた首から黒い血が噴き出し、化け物の体が大きく揺れる。数歩ふらついたあと、ついに力を失ったように前のめりに崩れ落ちた。


地面に倒れた体は、すぐに異様な変化を起こした。皮膚が灰のように崩れ、骨が粉になり、風に流されるようにして消えていく。ほんの数秒で、人の形をしていたものは跡形もなく消え失せた。


そしてその場所には、拳ほどの大きさの黒い石が一つだけ残っていた。


ロイドがそれを拾い上げ、指先で軽く重さを確かめるように転がす。


「ほら、新人。これが黒石だ」


そう言って石をこちらに放る。私は慌てて両手で受け止めた。見た目はただの黒い石だが、掌にずしりとした重みが残る。


ロイドは肩をすくめながら言った。


「森に来る連中の半分は、これを拾いに来てる。なにしろ黒石は変異治療薬の材料だ。あれを定期的に飲んでりゃ、少なくとも簡単には化け物にならずに済む」


少しだけ視線を遠くに向け、それから苦笑する。


「もっとも、その薬は中間層より上の連中しかまともに手に入らねえ。だから下の連中は、こうして自分で黒石を拾いに来るわけだ」


そして私の手の中の石を見て、ロイドは言った。


「ま、理由は簡単だ。誰だって――化け物にはなりたくねえからな」

キャッ、イケメン//

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