初めての依頼
受付嬢やさしい、、ヒロインなるか?
エリナは机の上に広げた書類にいくつか書き込みながら、落ち着いた声で言った。
「登録はこれで完了です」
そう言ってペンを置き、顔を上げると、改めてこちらを確認するように目を細めた。
「ユウさん、ですね」
私は軽く頷いた。
「はい」
エリナは机の引き出しを開け、その中から小さな金属板を一枚取り出した。先ほど見せた住民証とは少し形が違い、厚みもあり、角の部分には細かな装飾が刻まれている。中央にははっきりとした文字で「クロノ町 ハンターギルド」と刻印されており、その下にはさらに小さく、しかししっかりとした刻みでランクが記されていた。
Rank:見習い
「これがギルド証です。ハンターとして登録された証になります」
そう言って差し出された金属板を受け取ると、ひんやりとした冷たい感触が掌に伝わってきた。見た目は小さいが、意外と重みがある。単なる札ではなく、何かしらの意味を持つ物であることが、触れただけで分かる気がした。
エリナは私がそれを眺めている間に説明を続けた。
「ユウさんは登録したばかりですので、ランクは見習いからのスタートになります。最初のうちは危険度の低い依頼しか受けることはできませんが、依頼をこなして実績を積めば、ランクは順番に上がっていきます」
私はギルドの奥にある掲示板へ視線を向けた。壁一面に依頼書がびっしり貼られており、近くで見なくても種類の多さが分かる。狼討伐、商隊護衛、廃墟探索など、ぱっと見ただけでも危険そうな内容が並んでいた。
その様子を見ていたエリナは、少し苦笑した。
「皆さん、最初は同じ顔をされます。どれも大変そうに見えますよね」
私は掲示板を見ながら正直に言った。
「……一番簡単な依頼はどれですか」
エリナは掲示板を見上げ、少し考えるように視線を動かしたあと、端の方に貼られていた紙を一枚静かにはがした。
「見習いの方なら、これが一番現実的だと思います」
そう言って差し出された紙には、短くこう書かれていた。
森外縁 黒石回収
エリナは紙を指で軽く押さえながら説明を続けた。
「町の外にある森の入り口付近で、黒石を回収する依頼です。森の外縁なので深く入り込む必要はありませんし、魔物の出現も比較的少ない場所です。ただし……」
そこで少しだけ言葉を選び、私の顔を見た。
「絶対に出ないとは言えません」
私は依頼書に書かれている報酬欄を見た。
回収した黒石をギルドが買い取り、硬貨で支払う。
私は顔を上げた。
「黒石って……見つけた分だけ換金できるんですか?」
エリナは頷いた。
「はい。黒石はこの町では貴重な資源ですから。ギルドがまとめて買い取って、加工や研究に回します」
「なので依頼自体に固定報酬はありません。見つけた分だけ、そのまま収入になります」
私はポケットの中の石を思い出した。
拳ほどの大きさの、あの黒い石。
あれ一つでも、結構な価値があるのかもしれない。
「ただし」
エリナは少し真面目な顔になった。
「黒石は大抵、魔物や……化け物が倒れた場所の近くに残ります」
「つまり、見つけようと思えば――」
「危ない場所に近づくことになります」
私は静かに頷いた。
エリナは依頼書に印を押した。
カン、と小さな音がカウンターに響く。
「それでも、森の外縁なら比較的安全な方ですから」
「見習いの方が最初に受ける依頼としては、一番多いですね」
私は顔を上げて聞いた。
「今からでも行けますか」
エリナは窓の外へ視線を向けた。午後の光が差し込んでおり、太陽はまだ高い位置にある。
「ええ、今の時間なら問題ありません。日が落ちる前に戻れる範囲であれば、外縁の探索くらいは大丈夫だと思います」
しかしすぐに表情を少し引き締めた。
「ただし、森の奥には絶対に入らないでください。見習いの方が亡くなるときは、ほとんどがそれが原因です。最初のうちは、欲を出さずに戻る判断も大事ですよ」
私はその言葉に頷いた。
「分かりました」
エリナは依頼書の下に印を押した。カン、と小さな金属音が机の上に響く。
「では、この依頼は受理されました。日没までに戻ってきてください」
依頼書を受け取り、確認していると、そのとき背後から軽い声が聞こえた。
「おいおい」
振り向くと、三人組のハンターがこちらを見ていた。そのうちの一人、背の高い赤髪の男がにやりと笑いながら近づいてくる。肩には銃を担いでおり、いかにも場慣れした雰囲気だった。
「新人が森に行くのか?」
私は少し警戒しながら答えた。
「……そうです」
男は興味深そうにこちらを見て、気軽な調子で聞いた。
「名前は?」
「ユウです」
男は笑い、親指で自分を指した。
「俺はロイドだ」
続いて後ろに立っていた二人を顎で示す。
「こっちはカイル、そっちはベン。まあ、俺らも森に行くところだ」
三人とも武装しており、見るからに経験豊富そうだった。ロイドは私の持っている依頼書をちらっと見て、口元を歪める。
「黒石回収か。まあ、運がよけりゃいくつか拾える」
そこでわざと間を空け、指で首を切る仕草をした。
「運が悪けりゃ――あっさり死ぬけどな」
私は何も言わず黙っていたが、ロイドはそれを見て笑った。
「そんな怖い顔するなよ。森はあっちだ」
そう言ってギルドの外を指差す。
「道は一本しかねえから迷うことはない。まあ、死ぬなよ新人」
三人はそのまま笑いながらギルドを出ていった。私はしばらくその背中を見送っていたが、後ろからエリナが小さく声をかけてきた。
「気にしないでください」
振り向くと、エリナは苦笑していた。
「ロイドたちはああいう人たちなんです。口は悪いですが……腕は確かですよ」
私はもう一度依頼書に目を落とした。
森外縁 黒石回収
それだけの簡単な文字が、妙に重く感じられる。
エリナは静かに言った。
「ユウさん」
「はい」
「無理だと思ったら、すぐ戻ってください。最初の依頼は……成功することより、生きて帰ることの方が大事ですから」
私は頷いた。
「分かりました」
ギルドの扉を押して外に出ると、昼の光が目に入る。太陽の位置からすると、だいたい十五時くらいだろう。森は町の外、歩いて二十分ほどの距離にある。
私は歩きながらポケットに手を入れた。指先に触れるのは黒石の冷たい感触と、もう一つ、指にはめられた指輪だった。指輪は今のところ静かなままで、あの嫌な締め付ける感覚もない。
私は小さく呟く。
「……残り三日か」
クロノ町の外門の向こうには、黒い森の影が広がっていた。風に揺れる木々の音を聞きながら、私はゆっくりとその方向へ歩き出した。




