ギルド
作業が終わると、運び屋の男は腰を軽く叩きながら大きく息を吐いた。
「ふう……」
それから私の方を見る。
「住民証、作ったんだな」
私はポケットに入れたばかりの金属板に軽く触れながら頷いた。
「はい。仮の住民証ですが」
男は小さく笑った。
「十分だ。仮でもないよりはずっといい」
そう言いながら荷車の取っ手に手を置く。
「それがあるだけで、この町での扱いはだいぶ変わるからな」
私は少し首を傾げた。
「そんなに必要なんですか?」
男は肩をすくめる。
「必要っていうか、ないと色々と面倒なんだよ。宿を借りるときもそうだし、まともな仕事はだいたい身分証を確認される。身元不明の奴に金を払うやつなんて、そうそういないからな」
それから、少しだけ真面目な顔になった。
「それと――三十日だろ?」
私は頷く。
男は私のポケットを軽く指差した。
「更新しないと剥奪される。更新料を払えなきゃ、その仮住民証は無効だ。そうなると中間層の施設も使えなくなるし、仕事も回ってこなくなる」
私はポケットの中の住民証を少し強く握った。女性が言っていた言葉を思い出す。
期限は三十日。
つまり――三十日以内に、金を稼がなければならない。
私は少し考えてから聞いた。
「この町で……金を稼ぐには、どうすればいいんですか」
男は顎に手を当てて少し考えたあと、町の中心の方を指差した。
「金が欲しいなら、ギルドに行ってみろ」
「ギルド?」
「ああ。ハンターギルドだ」
私は少し首をかしげた。
「ハンターって……」
男は笑った。
「森で魔物と化け物を狩る連中だよ。見たことあるだろ、銃とか剣とか背負って歩いてる連中」
私は黙った。魔物。この世界に来てから、まだ一度も見ていない。
男は続けた。
「仕事は色々ある。魔物の討伐、商人の護衛、素材の回収、黒石回収……危ない仕事ばっかりだが、その分、金は早い」
それから少し笑う。
「まあ腕がありゃ食っていける。なきゃ死ぬだけだがな」
私は苦笑した。
「……簡単じゃないですね」
「当たり前だ」
男は荷車を押しながら言った。
「だが、この町で一番早く金になる仕事でもある」
私は少し考えた。ポケットの中には黒石が一つ。そして住民証。三十日。
私は言った。
「そのギルド……どこにあるんですか」
男は坂の上を指差した。
「この道をまっすぐ行け。でかい建物がある。すぐ分かる。うるさいからな」
「うるさい?」
男は笑った。
「酒と喧嘩と笑い声。あとは銃声。まあ、行けばわかる」
そう言うと荷車を押して歩き出す。
「じゃあな、新人」
少し振り返って言った。
「俺はダグだ。運び屋のダグ。まあ、またどこかで会うだろ」
私は軽く頭を下げた。
「ユウです。ありがとうございました」
ダグは手をひらひら振りながら去っていった。
倉庫の外に出ると、空は相変わらず灰色だった。私はゆっくり歩き出す。クロノ町の石畳の道には人の流れがあり、荷車を引く者、声を張り上げる商人、行き交う住民たちが絶えず動いている。その中には、明らかに普通の人とは違う雰囲気の男たちも混ざっていた。
背中に銃。腰に剣。革鎧。
ハンターだ。
町の中心に近づくほど、人は増えていった。やがて騒がしい声が聞こえてくる。笑い声、怒鳴り声、グラスのぶつかる音。私は足を止めた。
目の前に、大きな建物があった。
三階建ての石造り。入口の上には鉄の看板が掲げられている。
ハンターギルド
扉は半分開いていた。中から怒鳴り声が聞こえる。
「だから言っただろ、正面から突っ込むなって!」
「うるせえ、あの状況で逃げられるか!」
「お前が遅いから怪我したんだろ!」
ドン、とテーブルを叩く音。誰かの笑い声。酒の匂い。鉄の匂い。そして、ほんの少し血の匂い。
私は小さく息を吐いた。
「……ここか」
扉を押す。
ギィ……
中に入ると、一瞬だけ視線が集まった。十数人のハンターたち。鎧、銃、剣。その中の一人が仲間に言った。
「おい見ろよ、また新人だ」
「今週三人目だな」
「どうせ三日もたねえよ」
誰かが笑う。だがすぐに興味を失ったように、また酒に戻った。
私は奥を見る。そこにカウンターがあった。後ろには大きな掲示板があり、依頼書がびっしり貼られている。
「森の狼討伐」
「荷馬車護衛」
「旧都市探索」
そんな紙の中に、名前がいくつも書かれていた。
パーティ:グレイウルフ(リーダー:カイル)
討伐班:ロイド班
そのカウンターの向こうに、一人の女性が立っていた。金色の髪。落ち着いた雰囲気。彼女は私を見ると、小さく微笑んだ。
「いらっしゃいませ。クロノ町ハンターギルド受付、エリナです」
柔らかい声だった。
私はカウンターの前に立った。
「登録したいんですが」
エリナは少しだけ眉を上げた。
「ハンター登録ですね?」
「はい」
彼女は紙を取り出す。
「新規登録の場合、まず住民証を確認します」
私はポケットから金属板を取り出して置いた。エリナはそれを確認して頷く。
「仮住民証ですね。問題ありません」
それから少し優しく笑った。
「初めてですよね?」
私は頷いた。
「はい」
エリナはペンを持つ。
「大丈夫ですよ。最初は皆そうですから」
そして少しだけ声を落として言った。
「この町で生きるなら――ハンターの仕事は、避けて通れないことが多いですから」
私は黙って頷いた。




