身分証
クロノ町は大きく三つの地区に分かれている。上層、中間層、そして貧民層。私は今まで、その中間層と貧民層の境目に住んでいたらしい。
その日、私は運び屋の仕事を受けていた。荷物は木箱が六つ。中身は保存食らしい。荷車を押している男が振り返りもせずに言う。
「落とすなよ。割れ物じゃねえが、怒られる」
「分かりました」
私は箱を一つ抱え直しながら答えた。クロノ町の道は、中心に向かうほど少しずつ高くなっている。つまり――上に行くほど金持ちが住んでいるということだ。
坂を登りながら、私は聞いた。
「この荷物、どこまで運ぶんですか」
男は短く答える。
「中間層の倉庫だ」
私は少し驚いた。
「中間層って、門の向こうですか?」
男は首を振る。
「いや」
そう言って前を指した。
「ほら、見えるだろ」
私は目を細めて前方を見た。そこには大きな建物が見えてきていた。石造りの倉庫で、三階建てほどの高さがある。その周囲には鉄柵が張られており、門の前には二人の警備が立っていた。
下の地区ではあまり見ない装備だ。革鎧を着込み、腰には剣、背中には銃まで背負っている。
私は思わず言った。
「……結構、厳重ですね」
男は鼻で笑った。
「中間層の入口みたいなもんだからな」
私たちは門の前に荷車を止めた。警備の男がこちらを見て声をかける。
「配送か」
運び屋が答えた。
「ああ」
男は木箱をちらっと見て言う。
「倉庫か」
「三番倉庫へ運びにきた。」
警備は頷き、鉄柵の門を開いた。
「入れ」
ギィ、と重い音を立てて門が開く。私は箱を抱えたまま中へ入った。
倉庫の中はかなり広かった。天井が高く、木箱が山のように積まれている。中では何人もの人が忙しそうに働いていた。荷物を運ぶ者、帳簿を書いている者、箱を検品している者。倉庫全体に木と埃の匂いが漂っている。
そして――奥のカウンターの向こうに、一人の女性がいた。
黒い髪を後ろでまとめており、年は二十代前半くらいだろうか。きちんとした制服を着て、書類を整理している。
私は思わずその姿を見てしまった。
「おい」
運び屋の男が声をかける。
「ぼーっとすんな。荷物置くぞ」
「あ、はい」
私は慌てて指定された場所に箱を置いた。六つの箱を運び終えると、男は大きく伸びをした。
「ふう」
それから私を見て言う。
「初めてか?」
「え?」
「中間層は」
私は頷いた。
「ええ」
男は顎で奥を指した。
「ついでに行っとけ」
「何をですか?」
「あそこ」
私は奥を見た。女性が座っているカウンターの上に、小さな看板が置かれている。
そこにはこう書かれていた。
【クロノ町 管理局 出張窓口】
私は思わず聞いた。
「管理局?」
男が答える。
「この町の役所みたいなもんだ。住民証とか作るとこ」
私は驚いた。
「ここで作れるんですか?」
「仮のやつならな」
男は肩をすくめる。
「転移者どもはだいたい世話になる」
私は少し考えたが、やがて言った。
「……行ってみます」
男は笑った。
「行っとけ。ないと色々めんどくせえ」
私はカウンターへ歩いていった。女性が顔を上げる。目が合った。少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに仕事用の笑顔に戻る。
「いらっしゃいませ。管理局の臨時窓口です。ご用件は?」
私は少し迷ってから言った。
「住民証を作りたいんですが」
女性は頷いた。
「仮の住民証ですね」
「はい」
女性は机の引き出しから紙を取り出し、こちらを見る。
「中間層は初めてですか?」
私は苦笑した。
「分かります?」
女性は小さく笑った。
「なんとなく」
それからペンを持つ。
「お名前を教えてください」
「ユウです」
女性は紙にさらさらと書き込んでいく。慣れた手つきだった。
「年齢は?」
「二十です」
「分かりました」
書き終えると、小さな金属板を取り出し、それを横にある装置に入れた。
カチッ。
小さな音がした。
女性はそれを取り出して、私に差し出す。
「こちら」
私は受け取った。手のひらサイズの金属板で、表面には小さく刻まれている。
クロノ町 仮住民証
私は少し驚いた。
「もういいんですか?」
女性は頷いた。
「はい。仮のものですが、身分証として使えます」
「ただし」
少しだけ真面目な顔になる。
「上層地区には入れません」
それから続けた。
「期限は三十日です」
私は顔を上げた。
「三十日?」
「はい。仮住民証は三十日ごとに更新が必要です」
「更新?」
「黒石6つ、もしくは銀貨二枚。それを管理局に納めていただきます」
私は少し驚いた。
「税みたいなものですか?」
女性は小さく笑った。
「ええ。町の維持費ですね」
そして静かに続けた。
「支払えない場合――住民証は失効します」
私は思わず聞いた。
「どうなるんですか?」
女性は淡々と答えた。
「中間層への立ち入りができなくなります」
私は手の中の金属板を見つめた。
三十日。
それは、この町で生き残れるかどうかの――期限だった。
ヒロインって存在するのか?




