第5話 「助けてリスナー☆酒場でバックストーリーを作る女」
青年は身を乗り出し、サナのTシャツの袖あたりをじっと見つめている。
琥珀色の瞳の奥で、好奇と一つまみの警戒が揺れていた。
サナは一瞬だけ目に見えないカメラ方面へ視線を振る。
『来たぞイベント!』
『詰んだwwwどう答えるのw』
『サナのアドリブ力が試される!』
(無理無理無理!国名なんて知らないし!地名覚えてないし!適当言ったらバレる!)
脳が高速回転した末――
サナは、口から出まかせを放った。
「あ、あの……わ、私は……遥か、東の……えっと……
すごく遠いところから……人攫いに、攫われて……ここに……捨てられたんです……!」
店内の空気が、一瞬だけ固まった。
旅人の青年、女性冒険者、髭の大男。
みんなの視線が「かわいそうな子を見る目」になりかけたその時――
配信コメントが爆発した。
『ちょwww雑すぎる設定www』
『“遥か東”ってどこだよwww』
『急にかわいそうな境遇ぶっこむなwww腹痛い』
『全員信じてて草』
『この世界のNPCちょろいwww』
サナは内心で頭を抱えながら、必死に“悲劇の少女”スマイルを作る。
すると、青年が眉を寄せ、真剣な声で言った。
「……そんなことが……。大変だったな。ここまで無事だったのは、運が強かったんだろう」
女性冒険者まで椅子から降りてきて、サナの肩にそっと手を置いた。
「人攫い……まだそこいらをうろついてるのかしら。
安心して。ここは安全な街よ。誰もあなたを傷つけないわ」
サナの心は叫ぶ。
(やば……めっちゃ信じてる!?みんな優しい……でも困る……!)
視聴者数:1003→1049→1122
コメントの流れはさらに加速する。
『嘘が世界を動かしてて草』
『“人攫いに捨てられた設定”でバズるVTuber』
『NPCみんな人が良すぎるwww』
『でもサナちょっと可哀想に見えてしまった俺は負け?』
と、その時。
カウンターの店主が、湯気を立てるシチューを置きながら、ぽつりと呟いた。
「辛い目に遭ったのは気の毒だが……ここでなら、もう怖がらなくていい。食え。まずは体力だ」
その声が妙に優しくて――
サナの胸に、不意に熱がこみ上げる。
(あ、これ……泣きそう……)
だが泣いたらダメだ。キャラ的にそれは違う。
サナはぎゅっと笑顔を固め、スプーンを握った。
「……ありがとう、ございますっ……!」
視聴者欄が揺れる。
『泣くなサナ!こっちが泣く!』
『おじさん良キャラ確定』
『これは仲間より先に常連フラグ立つわ』
――しかし、サナの安堵も束の間。
隣の青年が、真剣な眼差しのまま続けた。
「俺はリグ。……人攫いの話、もっと詳しく聞かせてもらえないか?放ってはおけない」
サナは固まった。
(やばい!!設定深掘りされた!!どうしよう!!)
視聴者欄はさらに盛り上がる。
『はい詰んだwwww』
『設定のアラ掘られるぞwww』
『逃げろサナ!ww』
『第5話で修羅場くる?』
サナは震えるスプーンを握りしめた。
――次回、サナ最大の即興芝居が幕を開ける。




