第3話 「笑顔のサナと、震えるサナエ☆」
サナはぎゅっと唇を噛んだあと、いつもの配信スマイルを作った。
軽く手を振り、視聴者に向けて明るく声を上げる。
「じゃあみんな、初ダンジョン……じゃなくて初街に行ってみよっか!せっかく異世界っぽいし、食べ歩きとかしたい〜!」
声は弾んでいた。
けれど、内側のサナエは別人のように固まっている。
(行くしかない。止まったら、また魔物が来るかもしれない。でも……私、帰れないって……本当に?)
不安を押し殺し、草を踏む音と、コメント欄の文字の流れだけを頼りに前へ進む。
配信カメラの視界は、まるで自分の瞳が二つあるように自然に追従した。
視聴者:498→532→601
じわじわと数が増えるたびに、胸の奥がまた熱を帯びる。
魔力がぶくぶくと湧き上がる心地よさと、置いていかれそうな怖さとが同居していた。
『街探索楽しみ!』
『サナってメンタルつよw』
『現地の人に話しかけて欲しい!』
「へへ、みんな頼もしいじゃん。うん、私だって……大丈夫。大丈夫だから」
声では笑う。
心の声――サナエは震えている。
(大丈夫って言わなきゃ。言わないと、私まで壊れちゃう)
そこそこの距離を歩き、丘を越えると、日がすっかり暮れていた。石畳の道と木造の商人宿、明かりの灯る窓。遠くから馬車の軋む音まで聞こえる。
本物の異世界の街
息を飲むほど綺麗で、同時に現実離れしていた。
門の側には、背の高い衛兵が立っていた。
槍の穂先が星明かりを反射する。サナが近付くと、衛兵が眉を顰めた。
「見ぬ顔だな。旅人か?」
コメントが一斉に走る。
『NPC来た!』
『会話イベントきた!?』
『翻訳入ってるのすげぇ』
サナは一拍置き、口角を上げた。
「え、えっと……はい!旅の配信者ですっ!
この街に……入ってもいいですか?」
配信者。言ってしまった。
衛兵は一瞬だけ首を傾げ、そして笑った。
「配信……とはなんだ? まあいい。危険でなければ通れ」
あっさり通された。
(よかった、よかった……話通じた……!
言葉が理解できるのも、スキルのせい?)
張り詰めていた肩の力が少しだけ抜ける。
同時にコメント欄が祝福の嵐になった。
『街INおめーー!!』
『思ってたより優しかったw』
『飯!飯見たい!』
『サナがんばったぞ!』
視聴者:734
胸の奥がまたじわっと温かくなる。
(みんなが見てくれるなら、私……進める)
それは救いでもあり、呪いでもあった。
賑やかな大通りを歩く。
屋台ではスパイスの香り、高い声で客引きする商人、楽器の音。煌めく異世界の夜は、どこか優しく残酷だった。
視界の端に、酒場の看板が見える。
ランタンの灯りが赤くゆらめく。
(……行く?でも、もし危険だったら)
一瞬、足が止まる。
でも、コメント欄は待っていない。
『酒場で情報集めよう!』
『仲間とか出てきそう』
『次の戦闘あるかもな』
『サナならいける!』
応援の言葉が、背を押す力になる。
震えは、完全には止まらない。
けれど――サナは笑って扉に手をかけた。
「行くよ。だって配信は止められないから。
みんな、見ててね?」
扉が軋む。
橙色の光と、ざわりとした視線の集中。
視聴者数は瞬時に 800 を超えた。
心が跳ねる。
期待と怖さが渦を巻き、サナエの息が浅くなる。
その感情ごと、サナは笑顔で飲み込んだ。




