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作者: 元須 木蓮

埃っぽい土地だ

緑など無く見渡す限りは砂漠で

途方もなく広いその真中に舗装されていないか細い道が通っている


錆びた大きなトラックが激しく往来し

僅かな水に集う鳥達がその度慌ただしく散る

私は一人

まるで義務であるかのようにただ歩く

いやこれは義務なのだ

激しい喉の渇きは最早快感に変わろうとしている


「おい」

廃墟と化したかのように見えた

沿道のガソリンスタンドから

片足を引き摺った老婆が私に声をかける

この土地と同様渇いた老婆だ

「酷い顔色だ これを飲んだ方がいい

 あんた どこから来たんだ」

罅の入った不透明なグラスに濁った水が入っている

焼け付いた喉が寄越せと悲鳴を上げたが

私は片手を上げ要らないと告げる

老婆は感情のない目のまま私を見つめる

「それは何かの楽器か」

傍らを指差し老婆はぽつりと訊ねる

「ええ コントラバスが」

漆黒のコントラバスケースは砂塵でざらりと汚れている

今は亡き父の形見だと告げると

老婆は渇いた目のまま頷き言う

「まるで棺桶みたいだ」


崩れた小屋が朽ちながら建っている

遠い昔のバス停

太陽は頭上を跨いで更に強く照り

滴る汗すら失った身体を焼いてゆく

私はシャツを脱ぎ

その上に楽器を置く

小屋の壁にもたれながら

老婆に貰った煙草を吸った


「やめろって止めてよ」

トラックが砂埃と轟音を連れて通り過ぎる

「いつもみたいに止めてよ」

鳥が小首を傾げて私を見ている

埃っぽい土地だ

水の無い大地は私のうわ言など吸い込んではくれず

空しい言葉は宙にぶら下がり残る

朽ちた小屋の壁が

ぱきりと音を立ててわずかに崩れる


楽器を押しながら歩く

底面のキャスターがばりばりと音を立てる

また一台トラックが通り過ぎる

埃っぽい土地だ

親代わりとなり

雄大で

飴色に輝きながら

濡れた音を響かせていた

あの楽器はもういない

底面のキャスターがばりばりと音を立てる

「まるで棺桶みたいだ」

老婆の言葉が反復し私は一人笑う

笑いの衝動は波となって全身を震わせ

楽器を押す指が滑り

私はつんのめって転ぶ

小石が僅かに口に入り

掌の皮に糸のような傷が成り

血の赤が目に飛び込んでくる


コントラバス奏者だった男は

自分の最期が近い事を悟り

まだ見ぬ娘に楽器を託した

棒のような身体で大きな楽器にもたれ掛るように

素晴らしい旋律を最期に奏でてから託した

残された娘とその母は

偉大なる男が遺した家と金と地位の中暮らした

旋律は少しずつ狂ってゆく

まず金が消えた

そして家が消え地位が消えたとき

娘は一人になっていた

母は消えそこにあったのは女だった

娘は楽器を持って旅に出た

幾つもの夜が過ぎ何度も夜明けの美しさに泣いた

腹が減っては楽器を奏で

熱を出しては楽器を奏でた

娘には才能があった

楽団へのオファーは絶えなかったが

娘は僅かな日銭があればそれでよかった

自分の旋律を奏でられればそれでよかった

娘の独奏を心待ちにしている青年がいた

娘もまた青年の静聴を心待ちにしていた

二人は楽器を挟んで笑い合い

二人でたくさんの未来を空想した

それは娘の初めての恋で愛だった

娘の旋律は益々研ぎ澄まされ

喜びの音色が途切れる事は無かった

未来の空想を叶えに行こうと

約束した朝

青年は突然死んだ

煙草はやめること

楽器を磨いておく事

それだけを優しく言い残した彼は

僅かな旅行資金を奪われ

娘の家の前に打捨てられていた

未来の空想を叶えに行こうと

約束した朝だった


娘は約束を守る事を選んだ


私は棺桶と呼ばれたその箱の留め金を外し

そっと蓋を開け

彼を撫でる

鼻を抜け脳を鷲掴みにされるような匂い

腐敗はとうに進み

私の掌の糸のような傷は

彼の体液で滲んでまるで見えなくなる

だがそれが何だというのだ

私の音なのだ

私の旋律なのだ

あなたは楽器だ

私の全てだ

今でも


未来の絵空事

青年の希望は

『月の砂漠で君の音を聴く事』

娘はそれを叶えるため

楽器を持って旅に出た


埃っぽい土地だ

陽は大きく垂れ

私の背後から夕陽となって私を押す

もうすぐ

もうすぐだ

地図で見た砂漠はあと僅か

閃光のような夕陽だ

きっと美しい月が昇るだろう

鳥も遠くへ消えた

きっと素晴らしい時となる

私は目を閉じ

空想の中で演奏の予習をする

わずかな月明りで彼の笑顔が見える

初めての音が砂漠に降るだろう

旅を祝う旋律を

思いつくまま形にしよう

きっと素晴らしい時となる


夕陽が地平線に沈んで行こうとしている

底面のキャスターがばりばりと音をたてる

埃っぽい土地は灼熱を抱きかかえ

私は滴る汗さえ失っている


もうすぐ月が昇る

いつも思うままに一気に書いています。

プロットをかっちり立てる事がとても苦手なので

小説というより散文です。形にすらなっていません。

ただ自分の直感とイメージングだけで成り立っている物なので

伝わりにくい箇所が多いと思います。反省。

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