蠱毒.exe
「桐沢くん、“蠱毒の術”を知っているかね?」
郊外の研究施設。その地下深く、水無博士は助手の桐沢に問いかけた。
「中二病の基本ですね。壺の中に毒虫を詰めて共食いさせ、最後に残った一匹の毒を取り出す──呪いと毒のハイブリッド、最強の殺意製造装置、ってやつです」
「うむ、概ね正解じゃ。実はワシ、現代に“蠱毒”を再現してみたのだ」
博士は誇らしげに、部屋の隅に置かれた巨大なタワー型PCを指差した。
「このマシンの中で、ワシは数百種類のウイルス、マルウェア、ブラクラ、ランサムウェア、自己進化型AIを戦わせておる」
「……何やってんですか博士」
「OSはサポート切れのWindows Vista、ネットも切断済みじゃ。まさに電子の壺よ!」
「何やってんですか博士!」
「インストールの際にいかがわしいサイトを片っ端から巡回してのう……懐かしき青春時代を思い出したわい」
「だから何やってんですか博士!!」
「──さて、そろそろ蓋を開けてみようか」
博士は満足げな笑みを浮かべ、PCの前に座る桐沢を促す。
「モニターの電源を入れてくれ。スリープから復帰させれば、全ログが見られるはずじゃ」
桐沢は小さく息を吐き、マウスをクリックする。タワー型PCの内部ファンが静かに回り始め、モニターにロック画面が表示された。
「ふふ……中では、虫たちがまだ戦っておるか、それとも決着がついておるか……」
博士は眼鏡を押し上げながら、まるで封印された古文書でも開くような口ぶりで言った。
「パスワードは“kodoku37564”じゃ」
「由来が気になりますね……っと」
桐沢がパスワードを入力すると、画面が一瞬ブラックアウトした後、ログオン処理が始まる。
──そのときだった。
画面が、急に激しく明滅する。白と黒のフラッシュ、虹色のライン、断続的に現れては消える謎の記号。
「うわっ!」
思わず目を覆う博士。だが、操作していた桐沢は反応が一瞬遅れ、そのまま画面を見続けてしまった。
「桐沢!?」
桐沢は、そのままキーボードに顔を伏せて動かなくなった。
「桐沢! しっかりせんか!」
「……う、うぅ……」
顔を上げた彼は、額を押さえながら苦笑する。
「いやー……おそらく、生き残ったのは強烈なブラクラか何かですね。気を失っていました。光過敏てんかん的な……でも、不思議と、気分は……悪くないです。むしろ──」
彼はふと、笑みを浮かべる。
「……むしろ、良い感じです。なんだか、頭の中が……“すっきり”した気がします」
そして、彼は自分のこめかみをトントンと叩きながら、博士に向き直り、不適な笑みを浮かべる。
「博士……こっちの“壺”には、一匹しか入れてないんですか?」




