静かな夜明け
戦いが終わってから、街には奇妙な静けさが訪れた。
星霧はすっかり晴れ、空にはうっすらと朝焼けが滲み始めている。傷ついた建物や瓦礫の山を背に、騎士団の者たちは黙々と復旧作業に当たっていた。
カリュネアの夜は、確かに恐怖に包まれた。だが、人々はそれでも生きていた。そしてその命のひとつに、カイルも含まれていた。
彼は騎士団本部の医務室に横たわっていた。治療魔術と薬草の効果で命の危機は脱したものの、しばらくは安静が必要だという。
リーナは、椅子に座って彼の寝顔を見ていた。
寝息が、規則正しく聞こえる。そのたびに、胸の中で張り詰めていたものが少しずつほどけていくような気がした。
「私、間違ってたのかもしれない」
小さな声で呟く。
「カイルに縛られてるって、ずっと思ってた。でも……そうじゃなかった。私は、自分であなたの影に隠れてたのかもしれない」
彼が彼女を守ろうとするのは、本能のようなものだった。強さと責任が彼の中に染みついていたから。でもその根底には、彼女を信じたいという想いがあった。
「あなたは、ずっと見てくれてたんだね。私が、自分の力で立ち上がるまで」
指先が、無意識に彼の手をそっと取る。少し冷たく、けれど確かに力強い彼の手。かつて彼女の暴走を止めた手。けれど今はもう、彼女を“制御する”ための手ではない。
繋ぐための手。
「……リーナ」
まぶたの隙間から、彼がゆっくりと目を開けた。弱々しく笑いながら、彼女の手を握り返す。
「無事で、よかった」
「あなたも、ね」
互いの手を離せずにいた。言葉がなくても、通じ合える瞬間だった。誰かに守られるのではなく、誰かと共に生きる。そんな関係が、このとき初めて形になったのかもしれない。
「もう、お前には俺の剣は必要ないな」
「ううん。必要ないのは“封印の剣”だけ。……でも、“あなた”は必要」
照れくさくて、顔を逸らす。
彼は目を細め、ゆっくりと体を起こそうとしたが、痛みに顔をしかめた。
「まだ動かないの。バカ」
「……口が悪いな」
「あなたがそうさせたのよ」
ふたりの間に、ようやく柔らかな笑いがこぼれた。
医務室の窓の外、星霧は完全に消えていた。夜が明け、光が街を包んでいく。
そして、その光はふたりの未来にも差し込み始めていた。