星霧の街カリュネア
カリュネアの空は、夜が明けても暗い。雲海の上に築かれたこの断崖都市では、太陽よりも星の光のほうが近くにある。人々は朝になると、空に浮かぶ星霧の動きで時を知る。銀の光がゆるやかに流れ、やがて東に傾く頃、街の目覚めが始まるのだ。
リーナ・フェルマリスは、魔術塔の第七層にある小部屋の窓辺で、ぼんやりと外を見つめていた。霧の向こうで微かにきらめく星々が、まるで声なき言葉で彼女を呼んでいるように思える。
「……今日も、同じ夢だった」
彼女は小さく呟いた。夢の中で、彼女は翼を持ち、空を飛ぶ。雲を裂き、星の間を泳ぐ。けれどその翼は、いつも最後には炎に焼かれて落ちるのだった。
夢の意味はわからない。ただ、それが“自由”を意味することだけは確かだった。彼女は知っている。自分が今、自由ではないということを。
その証拠に、部屋の隅には一振りの剣があった。長剣、黒銀の刃。その持ち主は、騎士団に所属する恋人、カイル・ヴァレン。
カイルは“封剣の騎士”と呼ばれ、異界の力や暴走する魔力を封じる術に長けていた。そしてリーナ自身、制御不能な魔力体質を持って生まれたがゆえに、彼の剣に助けられていた。いや、縛られていた。
「彼がいなければ、私は……」
発作が起きるたびに、リーナの身体は燃え上がりそうになる。血が逆流し、内側から星の炎が吹き出す。だが、カイルの剣がその暴走を封じるのだ。彼の力なしでは、生きられないと思っていた。だから、彼女はずっと――
別れられなかった。
だが、その想いは少しずつ変わり始めていた。
近頃、魔力の発作が来ない。以前のような激しい頭痛も、身体の痛みも消えてきている。まるで、内なる星の力が眠りから目覚め、彼女と調和を始めているような感覚。
そして──昨日、それは確信に変わった。
彼女は“星核”を目覚めさせたのだ。塔の最奥、禁書の間で偶然手に取った古文書に記された儀式。それを試した夜、彼女の胸奥に確かに感じた。光が生まれ、炎が穏やかに燃え、彼女を支配していた魔力が静かに彼女に従ったのだ。
「……もう、カイルの剣はいらない」
その瞬間、胸の中に浮かんだ感情は「解放」だった。けれど同時に、「終わり」もまた浮かんだ。
カイルと、別れなければならない。
彼の支配的な態度、彼女の意思を無視する命令口調、それらすべてを「守るため」と正当化する姿勢――もはや受け入れる理由は、何もなかった。
「今日、話そう……」
彼女は呟いた。決意の声だった。
彼と、決着をつける日が来たのだ。