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半分の吸血姫、半分の…?  作者: u-nyu
3.アストラリス内戦
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3.4.1 決戦:分断・絶望

ソレイユ大聖堂は、かつての荘厳な姿が嘘のように、禍々しいオーラに包まれていた。フジシロによって作り替えられた「歪んだ聖域」は、空に不気味な赤黒い光を放ち、周囲の空間そのものを圧迫しているようだった。息をするだけで精神が汚染されていくような、重く、淀んだ空気が肌に纏わりつく。

「…ひどい」

大聖堂のあまりの変貌に、マリアが悲痛な声を上げる。ここは彼女にとって、そして多くの人々にとって、祈りと救いの場所だったはずだ。壁に描かれた聖人たちの姿は、まるで苦悶の表情を浮かべているように歪み、祭壇の奥からは、フジシロの思想を賛美する、冒涜的な聖歌のようなものが微かに聞こえてくる。

「感傷に浸る暇はない。行くぞ」

ラゼルの冷徹な声が、仲間たちに覚悟を促す。

シェリーを先頭に、五人(シェリー、エディ、マリア、ラゼル、サキ)は固く閉ざされた大聖堂の扉をこじ開け、内部へと突入した。

広大なエントランスホール。ステンドグラスは醜く書き換えられ、フジシロの理想とする歪んだ生命の樹の紋様が、不気味な赤い光を床に落としている。そのホールの中心に、一人の騎士が静かに立っていた。

白く輝くはずだった光の鎧は、おびただしい血と泥に塗れ、その瞳は虚ろに濁っている。

「ルシアン、さん……」

シェリーの呟きに、騎士はゆっくりと顔を上げた。その顔には、かつての高潔さや優しさの面影はない。フジシロの精神支配を受けた、ただの「虚聖徒」と化したルシアン・ソレイユが、そこにいた。彼の瞳の奥に、ほんの一瞬、助けを求めるような苦痛の揺らぎが見えた気がして、シェリーの胸が鋭く痛んだ。

「来るな、穢れた者どもよ…」

ルシアンが、感情の感じられない声で告げる。

「この聖域は、新たなる世界の礎。汝らの立ち入る場所ではない」

その剣筋は、彼が最も嫌っていたはずの、力に任せた無慈悲なものへと変貌していた。

「目を覚ませ、ルシアン!お前はフジシロに操られとるんよ!」

シェリーが叫ぶが、その声は届かない。ルシアンは腰に佩いた剣を抜き放ち、その切っ先を真っ直ぐにシェリーへと向けた。その構えに、一点の迷いもない。


ラゼルがマリアを庇うように前に出て、闇の魔法を展開する。しかし、ルシアンはそれを、かつての彼ではありえないほどの強大な光の奔流で、いとも簡単に掻き消した。その光は、ラゼルの長年培ってきた闇の障壁すら一瞬で蒸発させ、聖堂の硬い石柱に深い亀裂を走らせるほどだった。

「無駄だ」

「いえ、私も戦いますわ!ルシアンさんを…救うために!」

マリアもまた、聖印を強く握りしめ、浄化の魔法を発動させた。だが、その敬虔な祈りの光すら、ルシアンの纏う禍々しいオーラの前では、まるで陽炎のように揺らめき、届かない。

「解析が終わったよ!」

後方で情報端末を操作していたサキが叫んだ。

「彼の鎧、右肩部分の魔力循環が僅かに滞っている!かなり小さい隙だけど、そこを狙うんだ!」

「聞いたな!」

ラゼルとマリアが、サキの情報を信じ、全神経を集中させてルシアンの右肩へと攻撃を仕掛ける。二つの強力な魔法が、わずかにルシアンの体勢を崩した。

その、コンマ数秒の隙。

「シェリー、今だ!」

作戦会議の通り、シェリーが指示を飛ばすより早く、エディが叫んだ。

シェリーとエディは、ルシアンの脇を駆け抜け、大聖堂の奥、フジシロが待つであろう祭壇へと続く通路を目指した。

「行かせはしない…!」

ルシアンの背後から、シェリーの動きを正確に予測した強力な光の斬撃が襲う。

「させません!」

マリアが防御結界を張り、ルシアンの斬撃からシェリーとエディを守る。凄まじい衝撃に、結界を逃れた斬撃が聖堂の石像を粉々にした。

「シェリーさん、先に行ってくださいまし!ルシアンさんのお相手は引き受けました!」

「でも…!」

「いいから行け!お前が行かなきゃ、始まらん!」

ラゼルの悲痛なまでの叫びに、シェリーとエディは唇を噛み締め、祭壇へと続く暗い廊下へと駆け出した。


---

大聖堂の奥深く、石造りの広大な祭壇には、ヴァレン・フジシロが立っていた。彼の周囲には、まるで彼の体の一部であるかのように、無数の植物の蔦や根が蠢き、祭壇全体を飲み込み、異形の生命体へと変貌させている。その中心で、フジシロの胸に埋め込まれた聖遺物が、禍々しい輝きを放っていた。

「よく来ましたね、シェリー君。そして、その愚かしい護衛も」

フジシロの声は、大聖堂の空間そのものに響き渡る。その瞳には、シェリーへの狂気じみた執着と、世界を見下す傲慢な光が宿っていた。

「フジシロ!ルシアンさんを返せ!そして、こんなことはやめるんよ!」

シェリーが叫ぶ。その声に応えるように、彼女の背には水晶の翼が広がり、その身からは光と闇のオーラが立ち上った。

フジシロは、その姿を見て恍惚とした表情を浮かべ、胸の聖遺物にそっと触れた。

「美しい…。あぁ実に美しい姿だ、シェリー君。だが、まだ足りません。君が真に輝くのは、この私と一つになる時です。この『生命の樹』の聖遺物とね。これは、世界の生命の理そのものを書き換える、神の至宝だよ」


次の瞬間、フジシロから放たれたのは、聖遺物の力を宿した「生命の樹」の根だった。それは、意思を持ったかのようにシェリーへと襲いかかる。

「シェリー!」

エディがシェリーを庇い、その根を剣で切り裂く。だが、斬り裂かれた断面からは、より多くの新しい根が芽吹き、まるで嘲笑うかのように、さらに勢いを増して二人へと襲いかかった。

シェリーは、その身に宿したばかりの光と闇の奔流を解き放ち、根を焼き、あるいは凍らせて対抗する。しかし、フジシロの力は圧倒的だった。彼の操る根は、ただの植物ではない。生命そのものの理を歪め、触れるものの生命力を吸収し、精神を汚染する。シェリーの放つ神々しい光も、全てを喰らう深淵の闇も、まるで渇いた大地が水を吸い込むように、フジシロの根に吸収され、力を失っていく。

「ふふふ。無駄ですよ。君のその瑞々しい力は、私の『生命の樹』にとって極上の糧となる。そして、君自身も」

フジシロの笑い声が、シェリーの心を蝕む。

エディが必死にシェリーを守りながら戦うが、彼の体もまた、少しずつ根に絡め取られ、生命力が奪われていく。顔色は蒼白になり、動きが鈍っていく。

(くそっ、この根……ただ生命力を奪うだけじゃねえ。頭の中に、シェリーを置いて逃げろって、甘い声が聞こえる…!)

(ダメ…このままじゃ…エディが…みんなが…!)

シェリーの脳裏に、仲間たちの顔がよぎる。しかし、フジシロの圧倒的な力の前に、彼女は成す術もなかった。絶望が、シェリーの心を深く深く沈めていく。

「これで終わりです、シェリー君。君の全てを、私が受け取ろう」

フジシロが勝利を確信した笑みを浮かべ、聖遺物の光を最大限に高める。その光は、大聖堂の空間を歪ませ、シェリーとエディの存在そのものを消し去ろうとしていた。

「シェリー!逃げろ!」

エディが、最後の力を振り絞ってシェリーを突き飛ばす。だが、彼自身は、生命の樹の根に完全に絡め取られ、身動きが取れない。彼の瞳から、力が失われていく。

「エディ――――――――ッ!!」

シェリーの悲鳴が、大聖堂に虚しく響き渡る。

目の前で、仲間が消えていく。その絶望が、シェリーの心を打ち砕いた、その刹那――


ぷつり、と意識の糸が切れる。そして、まるで高速で巻き戻される映写機のフィルムのように、見たはずの光景、聞いたはずの音が、シェリーの中を凄まじい速度で逆流していった。

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