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半分の吸血姫、半分の…?  作者: u-nyu
3.アストラリス内戦
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3.1 内乱勃発:ミスティスの黄昏

その夜、ミスティス王国は光を失った。

アストラルパレスの書斎で、ヴァレン・フジシロは、窓の外に広がる王都の無秩序な光のまたたきを、まるで神が下界を眺めるかのように見下ろしていた。

「見なさい。あれが、愚かな民が求める自由とやらの正体だ。なんと醜く、混沌としていることか」

彼は、隣に控える側近にではなく、闇そのものに語りかけるように呟いた。

「真の美は、完全なる秩序と静寂の中にこそ宿る。……さあ、始めようか。この醜い世界に、静寂の夜を与え、私が真の『光』を灯してやろう」

フジシロが優雅に指を振るった。その一言が、王国を奈落へと突き落とす引き金だった。

直後、首都アストラリスと産業都市ヴェルテクスの心臓部、巨大マナコンダクター施設で同時多発的に大爆発が発生した。


---

その大混乱の少し前。

仲間たちのアジトになっているラゼルの隠れ家で、シェリーは窓の外に広がる、まだ平和な夜景の中に、どこか張り詰めた、ガラス細工のような危うさを感じ取っていた。

「…なんかな、胸騒ぎがするんよ」

例の祝祭の夜以来、シェリーの感覚は以前にも増して鋭敏になっており、街に漂う人々の感情の澱みを、まるで不協和音のように肌で感じ取れるようになっていたのだ。それは、ダミエンの演説で自らの力が暴走し、世界が一度「巻き戻された」あの夜以来の、強烈な予兆だった。過去の経験が、彼女の感受性を研ぎ澄まし、来るべき災厄を魂の奥底で警鐘として鳴らしていた。

「考えすぎだ、シェリー。お前は少し休め」

ソファに深く腰掛けたエディが、ぶっきらぼうな優しさで声をかける。彼の隣では、マリアが「そうですわ、シェリーちゃん。カモミールのハーブティーはいかが?」と、穏やかに微笑んだ。部屋の隅では、ラゼルとサキが深刻な顔で小声の議論を交わしている。

「…フジシロの金の流れは、七つのダミー法人を経由して完全に洗浄(ロンダリング)されている。これ以上は追えない」

「問題は金の流れより、最近活発化している両教会の過激派グループの通信。暗号化レベルが異常に高い。まるで軍事レベルだ」

その不穏な会話が、シェリーの胸騒ぎをさらに大きくする。仲間たちに余計な心配をかけたくなくて、「うん、ありがとうマリアちゃん」と曖昧に笑って見せた、その刹那だった。

ドンッ!!

腹の底に響くような、鈍い衝撃音。直後、ビリビリと窓ガラスが激しく震え、床から突き上げてくるような縦揺れがアジトを襲った。

「な、なんだ!?」

「地震か!?」

エディが叫ぶ。だが、それは地震特有の長く続く揺れとは明らかに異質だった。ほぼ同時に、第二、第三の爆発音が、別の複数の方向から、時間差で轟いた。

「待って、これ…!」

サキが弾かれたように顔を上げた。

「これは事故じゃない。明確な意図を持った、同時多発攻撃…!」

「やられたな」

ラゼルが忌々しげに呟く。

「都市機能の中枢だ」


街は、瞬く間にパニックの坩堝と化した。マナ灯が区画ごとに消え、まるで街が巨大な獣に食い荒らされるように闇が広がっていく。

ある家庭の食卓では、父親が「停電かい?」と訝しんだ直後、隣室のドアが蹴破られ、「異端者を殺せ!」という怒声が響き渡った。昨日まで挨拶を交わしていた隣人が、憎悪に満ちた目でこちらを睨んでいる。

フジシロの息のかかったメディアは、この大停電と爆発を「過激派による同時多発テロ」と一斉に報じ、現場に残された偽の証拠を大々的に取り上げた。SNSには、恐怖に煽られた憎悪の言葉が溢れかえる。

「魔族どもがやりやがった!」

「いや、これは天族の仕業だ!」

その憎悪は、瞬く間に街角の暴力へと変わった。

アジトでは、錯綜する情報がホログラムに映し出されていた。

『…犯行グループは、夜の教会の黒いローブを…!』

『…いや、昼の教会の聖印を掲げていたとの証言も…!』

プツッ。その言葉を最後に、ホログラムは砂嵐の画面となり、全ての音が消えた。完全な通信の途絶。

「くそっ!どうなってやがる!」

エディが怒声と共に窓を睨む。

「落ち着け。相手の思う壺だ」

ラゼルが冷静に制し、即座に指示を飛ばす。

「サキ、予備サーバーを!マリア、救急キットを!俺とシェリー、エディは外の様子を見る。必ず三人一組で動け!」

「おう!」「うん!」

三人が頷き合った、その瞬間だった。

ガシャン!!と、アジトの強化ガラスが内側から弾け飛ぶように粉々に砕け散った。

バルコニーに、漆黒の戦闘服に身を包んだ数人の兵士が音もなく立っていた。

「シェリーを下がらせろ!」

エディの雄叫びも虚しく、彼の拳は通じず、逆に投げ飛ばされる。マリアの障壁魔法は、特殊なデバイスによって無力化された。ラゼルの闇魔法も、サキのハッキングも、周到に研究された対策の前には効果がない。仲間たちが的確なカウンターを受け、次々と負傷し、分断されていく。

「シェリー!!」

二人の虚聖徒に押さえつけられ、身動きが取れないエディが悲痛な叫びを上げる。

シェリーの目の前に、最後の一人が立った。

(いや…!みんな…!)

伸ばされる手を、必死に避けようとする。だが、その腕を掴まれ、抗う間もなく首筋に鋭い衝撃が走った。痺れるような感覚と共に、シェリーの意識は急速に闇へと沈んでいく。

「エ、ディ……」

最後に彼女の目に映ったのは、血を流しながらも必死にこちらへ手を伸ばすエディの姿と、燃え盛る王都の、歪んだ夜景だった。

「シェリーッ!」

エディの絶叫が、破壊されたアジトに虚しく響く。彼は怒りのままに近くの壁を殴りつけ、拳から血を流した。

「俺が、俺が傍にいたのに…ッ!」

その物理的な痛みは、シェリーを守れなかった心の痛みに比べれば、無に等しかった。

「……最悪だ」

駆けつけたラゼルは、現場に残された常人には見えない魔力の残滓から、敵がフジシロ配下の、それも手練れの虚聖徒であることを瞬時に悟り、冷たい声で呟いた。

「繋がりが……シェリーちゃんの光が、消えました……」

マリアは、シェリーに施していた守護の祝福の繋がりが、まるで焼き切れるように消失したのを感じ、その場に崩れ落ちた。

「システムが…応答しない…。それに、このエネルギー波形は…まさか…父さんの…」

サキは、自身の情報端末に表示される「システムエラー」の赤い文字と、街中に溢れるエネルギー波形が、かつて失踪した父が研究していた理論と酷似していることに気づき、戦慄した。

孤立し、分断された仲間たち。囚われの身となったシェリー。

ミスティス王国の黄昏の中、彼らの最も長く、最も絶望的な戦いが、今、静かに始まった。

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