2.7.3 親たちの決断
アストラリスの片隅にある「夜の教会アストラリス分教会」。その書斎に、重い沈黙が落ちていた。ラゼルが影の中から現れ、もたらした報告は、あまりに衝撃的だった。
「……やはり、フジシロは我々の想像以上に早く、そして執拗だ」
ナサニエルは、報告を聞き、苦渋に顔を歪ませた。
「ええ」
クロノエルは静かに頷く。しかし、その瞳には悲しみだけでなく、覚悟を決めた強い光が宿っていた。
「ですが、それ以上に大きな収穫もありました。シェリーは、自ら戦うことを選んだのです。守られるだけではない、と」
彼女は、窓の外、暗くなり始めた空を見つめた。
ナサニエルの表情が、苦悩に揺れる。
「まさか、クロノエル! あの子に力の使い方を教えるなど……それは、あの子を人ならざる道へ、我々と同じ、茨の道へと突き落とすことになるんじゃぞ!」
父として、これ以上娘を過酷な運命に晒したくない。その想いが、彼の声に滲んでいた。
「いいえ、あなた」
クロノエルは、夫の手を優しく握った。
「あの子はもう選びました。私たちがすべきは、その覚悟に応え、あの子が道を踏み外さないよう、私たちが持つ全ての知識と力を与えることです」
その静かな、しかし揺るぎない言葉に、ナサニエルはもはや反論できなかった。彼はただ、深く頷くことしかできなかった。
クロノエルは、夫の同意を確かめると、静かに続けた。
「……そして、エドモンドとセラフィナにも、フジシロの本当の危険性を伝え、王家として決断を迫る必要があります」
---
アストラルパレスの最奥、皇后の祈りの間。
セラフィナは、側近であるリアナ・ストームからの緊急報告を受け、血の気が引くのを感じていた。娘が、フジシロの刺客に襲われた。その事実は、慈愛に満ちた彼女の心を、氷のような静かな怒りで満たすのに十分だった。
「……リアナ。シェリーを、極秘裏にここへ」
「しかし、皇后様、それは…」
「お願いです。危険は、私が負います」
皇后の、そして母としての揺るぎない決意に、リアナは何も言えず、ただ深く頭を下げて部屋を後にした。
ほどなくして、シェリーがリアナに導かれ、祈りの間に足を踏み入れた。セラフィナは娘と二人きりになると、部屋の奥にある小さな祭壇へと彼女を導いた。そこには、台座の上に一つの紋章――皇帝エドモンドの魂をかろうじて繋ぎとめる、魔術的なシギル――が、弱々しい赤い光を放ちながら鎮座していた。
「シェリー……これが、あなたの本当のお父様なのですよ」
シェリーは、その弱々しくも、しかし確かに存在する魂の光に、言葉を失った。これが、お父さん……。
彼女は、涙を浮かべながら、そっとその光に指を伸ばした。
触れた、瞬間。
シギルが閃光を放ち、シェリーの手に吸い込まれるように消える。
「きゃっ!?」
驚くシェリーの背中に、一瞬、光と闇が混じり合った複雑な紋章が焼き付くように現れ、そしてすぐに皮膚の下へと沈んでいった。
「まさか……エドモンドが、シェリーを…選んだ…?」
娘が父の魂を継承したという、予想を超えた事態を目の当たりにしたセラフィナは、これが運命の転換点であることを悟った。
彼女は皇后として、そして母として、フジシロを完全に排除し、娘の運命を切り開くため、王家が持つ最大戦力を動かすことを最終的に決意する。
二組の親たちが、それぞれの場所で、それぞれの形で、愛する娘のために動き出す。




