2.7.1 束の間の再開、共有される真実
シェリーの「……みんな……?」という、か細い声が地下聖堂に響く。
その言葉に我に返ったエディが、弾かれたようにダミエンに詰め寄った。その金色の瞳には、怒りと敵意が燃え盛っている。
「ダミエン! てめぇ、まだシェリーに手を出す気か!」
エディの声に、ダミエンはシェリーから視線を外し、片方の口角を上げて冷笑した。ルビーレッドの瞳が、エディを値踏みするように細められる。
「今はな。……だが、シェリー・グレイソン。お前のその力の謎、いずれ必ず解き明かし、我が物とする」
そう宣言するダミエンの背後には、不気味なほど静かにレヴィアが控えている。その存在が、以前のような力任せではない、新たな執着と脅威をシェリーに突きつけていた。聖堂の空気が再び重く、魔力が渦を巻き始める。
「今は争う時ではないわね。この場所が、これ以上の『歪み』に耐えられるとは思えないわ」
レヴィアが、冷ややかな声で全員を牽制した。彼女の言葉は、この聖域がクロノエルの力によってかろうじて維持されている、脆い均衡の上に成り立っていることを示唆していた。
ダミエンとレヴィアは、目的(シェリーの生存と状態の確認)は達したと判断したのだろう。ダミエンは最後にシェリーへと冷徹な視線を投げつけ、レヴィアと共に影のようにその場から姿を消した。
「また会おう、シェリー・グレイソン」
その言葉だけを残して。
脅威が去った後、張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れ、シェリーの体が大きくふらついた。
「シェリー!」「シェリーちゃん、しっかり!」
エディとマリアが即座に駆け寄り、彼女の細い体を力強く支える。その瞳には、安堵の涙が浮かんでいた。シェリーは弱々しくも、安堵の笑みを浮かべる。仲間たちが、心から自分の無事を喜んでくれている。その事実が、凍り付いていたシェリーの心を温めていく。
「一体何があったんです? クロノエル様」
ラゼルが、冷静さを取り戻し、クロノエルに問いかけた。その紫色の瞳は、地下聖堂の壁を見つめ、何が起こったのか分析するように細められている。
クロノエルは、疲れ切った表情でゆっくりと語り始めた。シェリーの力が暴走しかけたこと。それを鎮め、世界の歪みから隠すためにこの「裏の聖域」に彼女を隔離したことを簡潔に説明する。そして、アーサー教授は協力者の一人であり、王宮も動き出していること、事態がもはや自分たちの手には負えなくなりつつあることを告白した。
「シェリーは、世界の運命を左右する『鍵』。だからこそ、あらゆる勢力があの子を狙うの」
クロノエルの言葉が、シェリーの心に重く響く。運命、鍵、狙われる存在。まだ、その言葉の本当の意味を理解することはできない。けれど、これまでの日常にはもう戻れないことだけは、確かな予感として胸に突き刺さっていた。
「ここはもう安全ではないわね。すぐに移動しましょう」
クロノエルが静かに告げた。
シェリーを取り戻した安堵も束の間、仲間たちは、彼女が「鍵」として、より巨大な陰謀の中心にいることを知り、愕然とする。
しかし、同時に、彼女を何が何でも守り抜こうと、その瞳に固い決意を宿した。
一行は、クロノエルに導かれて聖堂を後にし、新たな隠れ家へと向かう。
夜の帳が降りたアストラリスの街で、彼らの新たな戦いが、静かに幕を開けようとしていた。
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クロノエルに導かれ、一行はアストラリスの一角にひっそりと佇む「夜の教会アストラリス分教会」に到着した。グレイソン牧師が管理するその場所は、彼の書斎も兼ねており、古いが手入れの行き届いた、温かみのある空間だった。シェリーは心身ともに疲弊しきっており、マリアとエディに支えられながら、ふかふかのソファに深々と身を沈めた。仲間たちは、シェリーが無事であったことに改めて安堵の息を漏らす。
「シェリー、本当に良かった……」
マリアが涙ぐむ。エディも無言でシェリーの肩を抱きしめた。
しかし、安堵の時間は短かった。
「一体何があったんです? クロノエル様」
ラゼルが、静かにクロノエルへと向き直り、問いかけた。その紫色の瞳は、冷静に状況の核心を捉えようとしている。
クロノエルは、全員の視線を受け止め、ゆっくりと重い口を開いた。
「今から見聞きすることは世界の秘密事項になります。他言無用に……という以前に皆さんは、これをたとえ他人に話そうとしても話せません」
彼女がそう言った瞬間、部屋の空気がわずかに震え、仲間たちは自身の魂に何らかの「枷」がかけられたような感覚を覚えた。
クロノエルは、懐から小さな砂時計のような装置を取り出した。手のひらに収まるほどのそれは、鈍い光を放っている。
「これは『エンタロピア』。世界の時間を観測し、管理するための創世器。私がこれを使って時間を巻き戻し、世界の崩壊を防ぎました。ですが、それだけでは不十分だった」
彼女はそう言うと、シェリーの胸元で微かに光るネックレスを指し示す。
「その首飾り……今は仮に『調和の心臓』と呼びましょう。これは**エンタロピアをもとにして私たちがある職人に創らせた、対抗機とよばれるあなた専用の調律装置です。**私の力でこれを強制的に起動させ、あなたの力の暴走を内側から抑え込んでいるのです」
シェリー自身の力が、世界を滅ぼしかけた。そして、その力が特注の装置によって抑えられている。自身の力が持つ、とてつもない危険性と可能性を知り、シェリーは愕然とする。
「ボクも知らないデータばかりです…」
サキが興奮気味に眼鏡を押し上げた。
クロノエルは話を続ける。
「そして、フジシロ。……ヴァレン・フジシロ卿は、表向きは昼の教会の高位司祭であり、慈悲深い人格者として知られています。しかし、その裏では数百年もの間、世界の支配を画策してきた。彼はシェリーの力を、自身の歪んだ理想……『人類の強制的な進化』とやらを実現するための、最後の『鍵』だと考えているのです」
自身の力が、ここまで恐ろしいものだったとは。そして、それが世界中から狙われているという事実。シェリーは、震える手で自身の胸元のネックレスを握りしめた。
「もう……誰も巻き込まないために、逃げるんじゃなくて、この力と向き合わなきゃいけないんだて……」
シェリーは、弱々しくも、しかし強い決意を秘めた声で呟いた。その言葉を聞き、仲間たちも彼女と共に戦うことを改めて誓う。
「当たり前だろ!お前一りに背負わせるかよ!」
エディが、シェリーの手を力強く握りしめた。
「……その異常現象、技術者として看過できませんから」
サキも、彼女なりの言葉で寄り添う。
「皆で支え合いましょう、シェリーちゃん」
マリアの優しい声が、シェリーの心を包み込んだ。
ラゼルは、静かに言った。
「フジシロは、必ず次の手を打ってくる。シェリーが大学に戻るなら、24時間体制の護衛が必要だ」
仲間たちは皆、ラゼルの言葉に真剣な面持ちで頷く。
そして、彼らはシェリーを、そして世界を守るための新たな護衛体制と、これからの行動について話し合いを始めた。
束の間の休息は終わり、世界の陰謀が、再び彼らを飲み込もうとしていた。




