2.6.5 灯火と影
ラゼルの隠れ家に、張り詰めた空気が満ちていた。中央のホログラムテーブルに浮かび上がるアストラリスの地図を、四人はそれぞれの思いで睨みつけている。ラゼルが静かに口火を切った。
「…報告しろ。サキ、お前からだ」
サキは自身の情報端末を操作し、テーブルに複雑なグラフとノイズの混じった映像を投影する。
「シェリーさんが消失したとされる時刻の、全記録を再解析しました。結論から言えば、物理法則を完全に無視した異常事態です。記録には欠落と矛盾があり、同時に観測されたエネルギーは、既知のどの魔法のパターンにも該当しませんでした」
「そのエネルギーの発生源は特定できるか?」
ラゼルの鋭い問いに、サキは首を横に振った。
「破損が酷く、発生源は不明です。ですが、データ上は…外部からの攻撃というより、相対座標ゼロ…つまり、シェリーさん自身から発生したとしか…」
「シェリーがそんなことするわけないだろ!」
エディが即座に反発する。
「次に私から…」
その場の空気を鎮めるように、マリアが口を開いた。
「シェリーちゃんは生きていますわ。ですが、暗く冷たい石造りの部屋に…そして、鎖の音と、とても悲しい子守唄が聞こえましたの」
「そのビジョンは客観的なデータとして信頼できるのですか?」
サキが純粋な科学者としての疑問を口にする。
「…分かりませんわ」
マリアは静かに答えた。
「でも、魂が感じたことは、嘘ではないと信じています」
「俺から最後だ」
ラゼルが、テーブルの地図上、アーシスの森の一角を指し示した。
「シェリーの養父母は、失踪直前にここでアーサー教授と密会していた。そして、そのアーサー教授は今、王宮からの召喚を理由に接触不可能だ。養父母の行方も掴めん」
「王宮だと!?なんでそんな奴らが…」
エディが驚愕の声を上げる。
超物理現象、神聖ビジョン、そして政治的陰謀。三つの情報はあまりにかけ離れており、一つの線として結びつかなかった。
「訳が分からん!」
エディが頭をかきむしる。
「結局、シェリーはどこにいるんだ!敵は誰なんだよ!」
「落ち着け、エディ。今は冷静に分析するしかない」
ラゼルの言葉を聞きながら、サキは高速で思考を巡らせていた。
(ラゼルさんの『政治的な動き』、マリアさんの『祝福を用いたビジョン』、そしてボクの『物理的なデータ異常』。接点がない。いや、待て。前提が間違っているのか?もし、これら全てが『一つの現象』の異なる側面だとしたら?政治的な理由で、神聖な力を持つ誰かが、物理法則を捻じ曲げるほどの現象(シェリーの力)を引き起こし、彼女を隠した…?そうだとしたら…!)
「待ってください…!」
サキが閃きと共に顔を上げた。
「あの観測された規格外のエネルギーは、局所的に時間と空間に何らかの影響を与えた可能性があります。その結果、記録データに矛盾が生じた…。もし、マリアさんのビジョンに出てきた『子守唄を歌う誰か』が、ラゼルさんの言う『養母』だとしたら?そして、彼女がシェリーさんを、その影響によって生じた、仮に『歪んだ空間』としましょう…の中に意図的に隠しているとしたら…?」
サキの仮説に、全員が息をのむ。バラバラだった三つの情報が、一つの可能性の下に収束していく。
マリアの脳裏で、ビジョンで見た「子守唄」と、ラゼルの報告にあった「養母」のイメージが重なり、総毛立った。
その瞬間だった。
「…ああっ!」
マリアが胸を押さえて、短く叫んだ。彼女の瞳が大きく見開かれる。仲間たちの想いが、サキの仮説によってシェリーへと集中したことで、彼女の感知能力が増幅されていた。これまで感じていた微かな光が、仲間たちの想いを束ねるようにして、一本の強い光の糸となってアジトの地図上の一点を、明確に指し示していた。
「今、強く感じます…!シェリーちゃんは、そこにいます…!旧市街の教会地区…!そして、とても大きな悲しみと、何かを守ろうとする強い覚悟の匂いがします…!」
その言葉が、行動開始の合図だった。
「行くぞ!」
ラゼルが誰よりも早く決断する。
「エディは前衛、マリアを庇え。サキは後方からハッキングの準備を。俺は先行してルートを確保する。相手が誰であろうと、躊躇うな!」
簡潔な指示が飛ぶ。四人は夜の闇へと、弾かれたように飛び出していった。




