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半分の吸血姫、半分の…?  作者: u-nyu
2.アストラリス大学の学園生活
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2.6.4 彷徨う王子と竜人の導き

夜。ダミエン・ブラッドオーデンは、豪華な天蓋付きベッドの上で、浅い眠りから跳ね起きた。全身は冷や汗で濡れ、吸血鬼のそれとは思えぬほど心臓が激しく鼓動している。また、あの悪夢だ。

――光と闇の奔流。自らの存在が『エラー』として世界から認識され、否定され、削除されていく感覚。痛すらない。ただ、自分が自分であった記憶も、誇りも、野心も、全てが意味をなさなくなり、原子の塵へと還元されていく絶対的な無力感があるのみだった。

「ハッ…ハァ…ッ…」

荒い息を整えながら、ダミエンは己の掌を見つめた。あの夜以来、この悪夢が彼を苛み続けていた。純血のヴァンパイアとして、常に捕食者であったはずの自分が、初めて味わった被食者の恐怖。その屈辱は、彼のプライドを根底から打ち砕き、同時に、あの得体の知れない力の正体を暴き、自らの手で「支配」したいという、焼け付くような渇望を植え付けていた。


「…シェリー・グレイソン」

その名を呟き、ダミエンはベッドから降りた。数時間後、彼はアストラリスの薄暗い路地裏で、フードを目深にかぶった情報屋と対峙していた。

「…で、結果は?」

「も、申し訳ありません、ダミエン様…」

情報屋は震える声で答えた。

「シェリー・グレイソンなる娘の痕跡は、どこにも。まるで、初めから存在しなかったかのように…」

「無能めが!」

ダミエンの低い声が路地に響き、情報屋が悲鳴を上げてその場に膝をついた。だが、ダミエンの瞳に浮かんでいたのは、怒りよりもむしろ、自身の理解を超えた現象に対する焦燥の色だった。

苛立ちのままに足を向けたのは、大学の奥、ほとんど人の手が入っていない「古代遺跡の一部が残る庭園」だった。月明かりが、苔むした石柱や崩れかけたアーチを幻想的に照らし出している。苛立ちに任せ、ダミエンは無意識に体内の魔力を解放した。紫黒のオーラが、周囲の空間を威圧するように歪ませる。

その、刹那。

彼の放った魔力が、まるで陽炎のように揺らめき、音もなく霧散した。

「何…?」

ハッとして顔を上げたダミエンの視線の先に、一人の女が立っていた。いつからそこにいたのか、全く気配を感じさせずに。月明かりを背にした彼女は、ダミエンの魔力に全く影響されることなく、まるで悠久の時を刻む石像のように静かに佇んでいた。

「少年よ」

女は、その深い紫色の瞳でダミエンを見据え、優雅に微笑みながら告げた。

「その程度の力で苛立ちを撒き散らすなんて。滑稽ね」

「貴様、何者だ…」

ダミエンは即座に臨戦態勢をとる。目の前の女からは、底の知れない強者の気配がした。

「戯言を。貴様、一体どこでその情報を得た?まさか、あの小娘の仲間か?」

「いいえ、私は誰の仲間でもないわ」

レヴィアと名乗った女は、ゆったりとした仕草で一歩近づく。

「ただ、時の流れを眺めていただけ。そうしたら、川の流れが大きく淀んだのが見えたの。その中心にいたのが、あなたと、あの娘よ」

彼女は続ける。

「あなたが見たのは『世界の書き換え』の残滓。そして、その筆を持つ少女は、今、自らが描いた絵の中で迷子になっているわ」

「……!」

ダミエンは息をのんだ。この女は、自分の記憶を知っている。あの悪夢の正体を知っている。

「あの娘の力は、放置すれば世界の(ことわり)を歪める。私はそれを観測し、必要とあらば是正する者。あなたの記憶は、そのための貴重な(しるべ)になるの」

利用される。その事実が、ダミエンの屈辱を煽る。だが、レヴィアは彼の心を見透かしたように、妖艶な笑みを深めた。

「さあ、どうするのかしら、王子様?このまま、あの『存在が消滅する恐怖』に毎晩怯え続ける?それとも、真実を知る覚悟は、あるのかしら?」

選択肢は、なかった。抗うことのできない絶対的な力の存在を、ダミエンは目の前に突き付けられていた。彼はギリ、と歯を食いしばり、絞り出すように言い放った。

「…いいだろう。俺を導け。その代わり、俺があの力を手に入れた時…貴様が最初の実験台だ」

その虚勢に、レヴィアは「楽しみにしているわ」と静かに微笑んだ。そして、ふわりとダミエンの背後に回り込むと、その肩にそっと手を置いた。

瞬間、ダミエンの全身が金縛りにあったように硬直する。自身の膨大な魔力が、まるで大海に注ぐ一滴の水のように、彼女の中にいともたやすく吸い込まれていく感覚。抗うことすらできない、絶対的な力の差。

「…ッ!?」

「でも、その前に、もう少し力をつけた方がよさそうね、王子様?」

耳元で囁かれ、レヴィアが手を離すと同時に、ダミエンはようやく呼吸を取り戻した。背中には、悪夢とはまた質の違う、冷たい汗が流れていた。

恐怖と探求心に突き動かされ、ダミエンはレヴィアという予期せぬ協力者を得た。それは、シェリーの仲間たちの探し方とは全く異なる、世界の深淵に触れる危険な探索の始まりだった。


二つの人影は、やがて古代遺跡の庭園の闇へと、静かに溶けるように消えていった。

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