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半分の吸血姫、半分の…?  作者: u-nyu
1.首都アストラリスへの誘い
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1.4. アストラリスへの誘い

 まだ肌寒さの残る三月、しかし日差しには確かな春の訪れを感じるようになったある日の午後。

シェリーは、教会の庭で、芽吹き始めた薬草の世話を手伝っていた。額に滲んだ汗を手の甲で拭い、一息ついたその時、彼女が腰に下げていた薄型のスマートデバイスが、軽快な通知音と共に振動した。

「ん?なんだろ?」

シェリーは特に気負うでもなくデバイスを取り出すと、その画面には一羽の白い鳩のアイコン――ミスティス王国の公式通知を示す印――が点滅していた。指で触れると、簡素だが重要な一文が目に飛び込んでくる。

『アストラリス大学 魔法学部 合格通知(速報)』

「――えっ!?」

一瞬、言葉を失い、画面を食い入るように見つめるシェリー。そして、次の瞬間。

「ママ、パパ!受かった!受かったよ!私、アス大に受かったんだーっ!」

歓喜の声を上げ、スマートデバイスを握りしめたまま教会の中へと駆け込んでいく。その声は、静かな教会の隅々にまで響き渡った。

 書斎で古文書を読んでいたナサニエルと、薬草の調合をしていたクロノエルは、シェリーのただならぬ喜びように驚きつつも、すぐに事態を察した。

「おめでとう、シェリー。どれ、ちちにもちゃんと見せてごらん」

「まぁ!シェリー、よぅ頑張ったねぇ!」

二人は娘の周りに集まり、デバイスの画面を覗き込む。そこには確かに「合格」の文字が輝いていた。シェリーは飛び上がらんばかりに喜び、ナサニエルもクロノエルも、満面の笑みで娘の快挙を祝福した。

「アストラリスに行ったら、どんな新しいことがあるんだろ!見たこともない魔法とか、すごい技術とか、いっぱいあるんだろなぁ。私、全部見てみたいが!」

シェリーの瞳は、まだ見ぬ首都での生活や学びへの憧れで、星のようにきらめいていた。

ーーーーーー

 その日の夕方。興奮冷めやらぬシェリーの元へ、今度は伝統的な羊皮紙にミスティス王国の紋章が厳かに刻印された、分厚い封筒が速達で届けられた。それは、アストラリス大学からの正式な合格通知書だった。

古都フェニクスは、首都アストラリスからそう遠くないとはいえ、このような正式な書類がこれほど早く届くのは、やはり首都圏ならではの利便性だろう。

シェリーは、少し緊張した面持ちでその封を開ける。中には、美しいカリグラフィーで綴られた合格証書と共に、入学手続きの書類、そして一通の特別な通知が入っていた。

「…『奨学生採用通知』…?」

シェリーが呟くと、横から覗き込んでいたナサニエルが、ほう、と感嘆の声を漏らした。

「大したもんだねぇ、シェリー。学力だけでなく、魔法の素養も随分と評価されとるのう」

通知書には、シェリーの学業成績の優秀さに加え、「魔法潜在能力および各種属性への適性が極めて高い。特に光と闇という相反する属性において、並外れた資質が見受けられる」といった特筆すべき評価が、専門的な言葉で記されていた。シェリー自身にはまだ、その言葉の本当の重みは理解できていなかったが、両親の温かい祝福を受け、シェリーの心は春の日差しのような誇らしさで満たされた。

しかし、その喜びの裏で、ナサニエルとクロノエルの胸中には、祝福と共に、一抹の不安が影を落としていた。アストラリス――それは、ミスティス王国の光と影が最も色濃く交錯する場所。そして、シェリーの内に秘められた「類まれな何か」が、いつか彼女自身を、そして周囲を否応なく巻き込むであろうことを、二人は予感していた。娘の輝かしい門出を心から願いつつも、その行く末に待ち受けるであろう見えざる奔流を思い、彼らの表情には一瞬、深い陰影がよぎった。

ーーーーーー

 数日後、シェリーの合格の報は、幼馴染であるエディ・ストームの元にも届いていた。彼もまた、アストラリス大学の探求・実践学部に設けられた戦闘技術科への進学が決まっていたのだ。それは、彼の母リアナ譲りの優れた戦闘センスと、何よりも「シェリーを傍で守りたい」という強い想い、そして故郷キャットピーク村の長老や彼の養父母の後押しがあってのことだった。エディの養父母や村の主だった者たちは、彼の母リアナがアストラリスにいるらしいということ、そして彼がシェリーと共に首都へ行くことに何か特別な意味を感じ、彼の成長を願いつつも、一抹の寂しさと共に送り出すことを決めていた。

「エディ君も一緒なら安心やわ。あの子、昔からシェリーさんのことになると、自分のことみたいに一生懸命になってくれはるものね」

シェリーの荷造りを手伝いながら、クロノエルがしみじみと呟く。

「本当に。エディ君は、シェリーにとって何よりの守り手になるでしょう。…でもね、アストラリスは危険もぎょーさんある。シェリー、いくつか言っておかにゃあならんことがあるのう、よく聞くんだ」

ナサニエルは、いつになく真剣な眼差しでシェリーに向き直った。

「うん、なあに、パパ?」

「アストラリスはようけの才能が集まるところ。でもね、シェリーは人よりちっとばかし…そう、出来すぎるところがあってのう。だでそれをみだりに誇示してはいかんです。妬みや無用な注目は、時として災いを招くものです」

「うん…わかっとるて」

シェリーは、自身の力のことを言われているのだと察し、小さく頷く。

「それから、お友達をたくさんお作りなさい。心を許せる仲間がいれば、どんな困難も乗り越えられますよって。決して一人で抱え込んではいけしまへん」

クロノエルが優しく、しかし諭すように続ける。その言葉には、シェリーが孤立し、何者かに利用されることを案じる母の深い配慮が込められていた。

「うん、優しい友達、できるといいなぁ」

シェリーは、まだ見ぬ新しい出会いに胸を膨ませていた。

「そうだねぇ。そんで、もし何か…シェリーの直感が『これはあかん』『いかん』と感じた時は、迷わず引き返すんだよ。感覚を信じにゃああかん。シェリーの直感は、時に誰よりも正しいことがあるで」

ナサニエルは、シェリーの特別な感受性に触れるように言った。

「本当に困ったことがあったら、どんなことでも、すぐに私たちに連絡するのですよ。私たちはいつでもあなたの味方ですからね」

クロノエルは、シェリーの手を強く握った。

ーーーーーー

 そして、旅立ちの日の朝。

全ての準備を終え、玄関先でエディと合流したシェリーに、クロノエルが小さな包みをそっと手渡した。

「シェリー、これを」

包みを開くと、中には古びた銀の鎖に通された、灰色がかった不思議な輝きを放つクリスタルのネックレスが入っていた。

「これ…?」

「これは、昔からグレイソン家に伝わる大切なお守りなのですよ。あなたを守ってくれるでしょう。そして…いつかあなたがその力を正しく扱える時が必ず来るから、それまではお守りとして大切に持っていなさい」

クロノエルの言葉は、どこか意味深長だった。シェリーは、そのネックレスから言い知れぬ温かさと、微かな脈動のようなものを感じ取り、母の言葉を信じてそっと首にかけた。灰色のクリスタルは、シェリーの白い肌の上で、不思議な存在感を放っている。

「さあ、もう行かないと、魔導列車に遅れてしまうよ」

ナサニエルが促し、シェリーとエディは、万感の想いを胸に、住み慣れた夜の教会と、愛する両親に別れを告げた。

期待と不安、そして自らの謎への探求心を胸に、二人の若者は、古都フェニクスを後にし、ミスティス王国の心臓部、首都アストラリスへと向かう最新型の魔導列車「スターゲイザー号」に乗り込んだ。

ーーーーーー

 列車内は、首都へ向かう人々でどこも混み合っていた。貴族風の天族や、屈強な魔族の商人、そしてシェリーたちと同じように希望に胸を膨らませる若い学生たちの姿も見える。なんとか席を見つけたシェリーとエディだったが、そこは四人掛けのボックスシートで、既に向かい側には二人の少女が座っていた。

シェリーが「あの、ここ、いいですかね?」と尋ねると、プラチナブロンドの長い髪を緩くまとめた、儚げな雰囲気の少女が顔を上げ、澄んだ空色の瞳で柔らかく微笑んだ。

「ええ、どうぞ。私たちもアストラリスまでですので」

その隣には、同じくらいの歳だろうか、栗色の髪をサイドで結わえた、少し気の強そうな、しかしどこか不安げな表情を浮かべた少女が座っている。二人とも、手元にはアストラリス大学の紋章が入った入学案内のパンフレットを緊張した面持ちで握りしめていた。そして、二人とも尖った狐の耳と、ふわりとした複数の尾を持っている――狐人だった。

シェリーはにっこり笑って腰を下ろすと、エディもその隣に続く。

「もしかして、お二人もアス大の新入生だったりします?」

シェリーが声をかけると、マリアと名乗ることになるプラチナブロンドの少女が、少し驚いたように目を見開いた。

「はい、そうですの。あなたたちも?」

「うん!俺、エディ・ストーム。こっちはシェリー・グレイソン。二人とも、春からアストラリス大学なんだ。よろしくな!」

エディが快活に自己紹介すると、プラチナブロンドの少女が、優雅にお辞儀をした。

「わたくしはマリア・ガブリエルと申します。こちらは友人のルナです。私たちも、今日からアストラリス大学の…医学部でお世話になりますの」

「へぇ、医学部!すごいねぇ。私は魔法学部なんだ」

シェリーが目を輝かせると、ルナと呼ばれた少女が、少しだけ俯きながら小さく会釈した。マリアはそんなルナを気遣うように、優しくその肩に手を置く。

「二人とも、どこから来たの?私たちは今乗ったばっかりなんだけど…うん、フェニクスだよ」

シェリーがさらに尋ねると、マリアが少しはにかみながら答えた。

「わたくしたちは、セレスティア諸島からまいりましたの。アストラリスは初めてなので、少し緊張しておりますの」

「セレスティア!綺麗なところだって聞いとるよ。長旅だったろうねぇ」

 シェリーの屈託のない言葉に、マリアの表情も少し和らぐ。エディも、「フェニクスからでも結構遠いと思ったけど、セレスティアからじゃもっと大変だったろ?」と会話に加わり、四人の間には少しずつ打ち解けた雰囲気が流れ始めた。

話題は自然と、これから始まる大学生活への期待や不安、アストラリスという大都市の印象、そして互いの故郷の話へと移っていった。ルナは相変わらず口数が少なかったが、シェリーやエディの賑やかな話に時折小さく頷いたり、マリアの言葉に安心したように微笑んだりしていた。

和やかな雰囲気の中、魔導列車は滑るように古都フェニクスを後にし、まだ見ぬ首都アストラリスへと向かっていく。車窓から見える景色は、伝統的な田園風景から、徐々に近代的な工場地帯、そしてついに天を衝くような摩天楼が林立する首都の姿へとその姿を変えていった。

ーーーーーー

 やがて、列車がアストラリス中央駅の巨大なドームへと滑り込むと、アナウンスが首都への到着を告げた。ホームに降り立った四人は、その圧倒的な人の多さと、天を覆うように広がる未来的な駅舎の構造、そして飛び交う無数の情報ディスプレイの光に、しばし言葉を失った。

「うわぁ……これがアストラリス……!」

シェリーは目を丸くして周囲を見渡す。その表情には、興奮と圧倒、そしてほんの少しの不安が入り混じっていた。

「すごか……フェニクスとは全然違うたい……」

エディもまた、故郷とは全く異なる風景に息をのむ。彼の猫耳は、周囲の喧騒を拾おうと忙しなく動いていた。

「本当に…まるで違う世界のようですわね。建物も…空を飛んでいる乗り物も…」

マリアは、少し緊張した面持ちで、しかし好奇心を隠せないといった様子で、空を舞う小型飛空艇を見上げている。

ルナも、マリアの隣で小さく頷きながら、不安そうに周囲の活気に目を白黒させていた。

「とにかく、まずは大学まで行こうか。みんな下宿先は大学近くだろうし」

シェリーが言うと、三人も頷いた。道のりが同じ大学近くまで、ひとまずはこの四人で行動を共にすることになりそうだという空気が、自然と彼らの間に生まれていた。

まだ見ぬ友人、まだ見ぬ学び、そしてシェリーにとっては、自らの謎へと繋がるかもしれない新たな世界。期待と不安を胸に、四人の若者は、ミスティス王国の心臓部、首都アストラリスでの第一歩を踏み出した。

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