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半分の吸血姫、半分の…?  作者: u-nyu
2.アストラリス大学の学園生活
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2.6.1 疑心と恐怖の交錯

シェリーが忽然と姿を消してから、一夜が明けた。


「くそっ、昨日の祝祭の騒ぎで、シェリーはどこに行っちまったんだ…」

早朝の誰もいない訓練場で、エディは一人悪態をついた。彼の記憶の中では、シェリーはダミエンの演説によるパニックの最中、人混みに紛れて姿を消したことになっている。世界の時間が巻き戻されたことも、シェリーの力が暴走しかけたことも、彼は知らない。その認識のズレが、別の場所にいるシェリーの心を苛んでいるとは知らずに。


その朝、仲間たちはそれぞれの場所で、無力感と焦燥に苛まれていた。

工学部の研究室に徹夜で籠っていたサキは、青白い顔でコンソールを睨んでいた。物理的な通信障害ではない。シェリーの識別コードそのものが、レコードから完全に消失しているのだ。「単なる削除じゃない……ルートから存在参照が消えてる。まるでデータベースレベルの改竄だ……」ありえない現象を前に、彼女のロジックは悲鳴を上げていた。

学生寮の自室で祈りを捧げていたマリアは、そっと目を開けた。いつもなら感じられるはずの、シェリーの温かく力強い生命のオーラが、今はどこにも感じられない。まるで、細い糸がぷっつりと断ち切られたかのように。その完全な不在は、ただの行方不明ではない、もっと根源的な「何か」が起こったことを示唆していた。

そして、訓練場の硬い地面をブーツで蹴りつけていたのはエディだった。シェリーを守れなかった自己嫌悪と、何もできない苛立ちが、彼の振るう短剣に荒々しい力を与える。だが、どれだけ体を動かしても、胸の内側で燃え盛る黒い炎は消えなかった。


昼前、アストラリス大学の広大な中庭に、四人は再び集った。穏やかな陽光とは裏腹に、彼らを包む空気は鉛のように重く、冷え切っている。

「……ダメだ。やっぱり繋がらん」

サキが吐き出した言葉に、誰もが唇を噛んだ。

「神隠し、なんて……そんな非科学的な……」サキ自身がそう言下に切り捨てながらも、その声には確信がなかった。

「彼女の身に何かあったのは間違いありません。ですが、一体誰が……」マリアがか細い声で言う。

その時、これまで沈黙を守っていたラゼルが、影のような静けさで口を開いた。

「考えるべきは、現状の整理だ。シェリーの失踪によって、最も利益を得る者は誰か」

その言葉は、凍てついた水面に投げ込まれた石のように、波紋を広げた。

「ルシアン王子は?」マリアが恐る恐る尋ねる。

「可能性は低い」ラゼルは即座に否定した。

「彼の正義は、このような卑劣な誘拐という手段は取らない。もっと公然と、白日の下に断罪するはずだ。これは、影に潜む者のやり方だ」

そして、四人の脳裏に、一人の男の顔が浮かび上がった。傲慢で、冷徹で、そしてシェリーの出自を暴露し、彼女を追い詰めた張本人。

「……ダミエン」

絞り出すようなエディの声に、全員が頷いた。シェリーの力を利用しようと画策していたあの男が、何かをしたに違いない。

「あいつ……!」

結論に至った瞬間、エディの全身から怒りのオーラが立ち昇った。猫獣人特有の金色の瞳が、狩人のそれへと鋭く変わる。ちょうどその時、彼の視線が、中庭の向こうで取り巻きたちと談笑するダミエンの姿を捉えた。取り巻きの一人が何か冗談を言ったのか、ダミエンが片方の口角を上げて冷笑するのが見えた。その傲慢な姿が、エディの怒りの最後の導火線に火をつけた。

「エディ、待て!」

ラゼルの制止も耳に入らない。エディは弾かれたように駆け出し、一直線にダミエンへと向かっていく。

「おい、ダミエンッ!」

怒声と共に、エディはダミエンの胸ぐらを乱暴に掴み上げた。周囲の学生たちが「きゃっ」「なんだ?」と悲鳴や驚きの声を上げ、蜘蛛の子を散らすように距離を取る。「あれは猫獣人のエディ・ストームだ」「魔族の王子に…なんて無謀な!」という囁きが聞こえた。

「シェリーをどこにやったんだ!」

獣のように唸るエディ。しかし、その瞬間、ダミエンに異変が起きた。

胸ぐらを掴まれた衝撃ではない。エディの怒りに満ちた顔を見た瞬間、ダミエンの脳裏に、昨日の「悪夢」が鮮烈にフラッシュバックしたのだ。


――目の前のシェリーから放たれた、光と闇の奔流。空間が裂ける甲高い音。そして訪れる、存在が否定される絶対的な無音。自慢の再生能力が追いつかないどころか、自分の身体が、意識が、原子レベルにまで分割されていく、あの感覚。

「ッ……!」

純血のヴァンパイアとしてのプライドも、王族としての尊厳も、全てが吹き飛ぶほどの根源的な恐怖。ダミエンの顔から、血の気が一瞬で引いた。彼は湧き上がる恐怖を必死に理性で押さえつけ、いつもの尊大な態度を取り繕ってエディを睨みつける。

「……何の騒ぎだ、下民が。その汚い手を離せ」

だが、その声はわずかに震えていた。ルビーレッドの瞳は焦点が合わず、エディの背後、あるいは何もない虚空を見つめている。額には、脂汗が滲んでいた。

「てめぇ……!」

エディはダミエンの態度を挑発と受け取り、さらに激昂する。

しかし、後から追いついた仲間たちは、その異常な反応を見逃さなかった。

「(……違う)」

ラゼルはダミエンの様子に明らかな「違和感」を覚えていた。これは、計画が成功した者の余裕のある態度ではない。むしろ、我々の知らない『何か』に遭遇した者の顔だ。

「(この人……すごく、怯えている……?)」

マリアには、ダミエンが纏う尊大さの仮面の下で、魂そのものが砕かれるような純粋で絶対的な「恐怖」のオーラが嵐のように渦巻いているのが分かった。喜びや達成感のようなものは、微塵も感じられない。

「失せろ」

ダミエンは、エディの手を獣のような力で荒々しく振り払うと、それだけを吐き捨てて、足早にその場を去った。「ダミエン様、どうかなさいましたか?」と慌てて駆け寄る取り巻きたちを一瞥もせず、明らかに何かから逃げるように。

後に残されたのは、怒りのやり場を失い、呆然と立ち尽くすエディと、新たな謎に直面した仲間たちだった。

「……あいつ、何か知ってやがるのは確かだ。だが……」

エディが悔しそうに呟く。

「ああ」

とラゼルが応じた。

「知っている。だが、我々が想定していた『犯人』としての知識ではない。むしろ『被害者』に近い反応だった」

「非合理的ですが、整合性はとれるかと」

サキが眼鏡のブリッジを押し上げながら言った。

「あのダミエンの恐怖は本物だった、と。興味深い」

「いいえ…」

マリアは首を横に振った。

「あれはただの恐怖ではありませんでした。もっと、こう…自分そのものが、この世から消し去られるような…そんな、絶対的な……」

マリアの言葉に、全員が息をのむ。

ダミエンが犯人だという確信は、もろくも崩れ去った。そして、代わりに、より深く、より不気味な疑問が彼らの心に浮かび上がる。


――なぜ、あのダミエンが、あれほどまでに怯えていたのか?

シェリーの身に、一体何が起こったのか。事態は、彼らの想像を遥かに超えた領域へと足を踏み入れようとしていた。


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