2.2.3. 二人の貴公子の思惑
ダミエン・ブラッドオーデン
学生自治会棟の一角にある、彼が私的に使っている豪華なラウンジ。ダミエンは、革張りのソファに深く身を沈め、窓の外に広がる大学の景色を眺めていた。そこに、一人の魔族系の学生が静かに入室し、恭しく頭を下げる。 「ダミエン様、ご報告いたします。例の特待生、シェリー・グレイソンが、医学部の狐人のいじめ問題に介入を始めた模様です。先ほど、仲間と共に被害者の部屋を訪ねていました」
「…くだらん。ただの学生の痴話喧嘩か」 ダミエンは、興味がなさそうに呟いた。 「は。しかし、興味深い点が一つ。この件、ルシアン・ソレイユの一派も監視しているとの情報が入っております」 「…ほう」 ルシアンの名を聞いた瞬間、ダミエンの深紅の瞳に、初めて愉悦の色が浮かんだ。彼の脳裏には、入学式で垣間見た、シェリーという少女の持つ不可解で強大な力の残滓が蘇る。そして、その力を巡って、自分と対極にいるあの堅物の顔も。 「光の番犬様も、ネズミの喧嘩に首を突っ込むとは殊勝なことだ。…面白い、少し付き合ってやるとしよう。奴らの動き、引き続き報告しろ。面白い見世物になりそうだ」
彼の目的は、いじめ問題の解決ではない。ルシアンの動きを妨害すること、シェリーという「面白い玩具」の力を間近で観察すること、そして、うまくいけば、彼女を自陣営に引き込むための揺さぶりをかけること。ダミエンの唇に、冷酷な笑みが広がった。
ーーー
ルシアン・ソレイユ
大学の敷地内にある、静かで厳かな礼拝堂。ステンドグラスから差し込む光が、祈りを捧げる一人の学生の、銀に近いプラチナブロンドの髪を照らしていた。ルシアン・ソレイユだ。 彼の後ろに、同じく昼の教会の信徒である後輩の学生が、静かに歩み寄る。 「ルシアン様、ご報告いたします。以前より問題となっておりました、夜の教えに与する学生グループによる、聖域出身の女子学生への迫害ですが、本日、新たな動きが」 後輩は、ライラたちがルナに対して行っている陰湿ないじめの実態と、シェリー・グレイソンを中心とするグループがその問題に介入し始めたことを、淡々と、しかし憂いを込めて報告した。
ルシアンは、祈りを終えるとゆっくりと立ち上がり、その青い瞳には、冷たい、宗教的な怒りが宿っていた。 「…嘆かわしい。聖なる学び舎の秩序を乱し、光の教えを汚す異端者どもめ」 彼の関心は、被害者個人への同情ではない。あくまで、「聖なる学び舎の秩序を乱し、光の教えを汚す異端者を、自らの手で粛清すること」。それが彼の信じる正義であり、使命だった。シェリーたちの介入は、その神聖な義務を果たす上での、不確定要素でしかなかった。 「分かった。その穢れ、私が直接浄化する。お前たちは、私の合図があるまで動くな。秩序を乱す者は、誰であろうと容赦はしない」 ルシアンの静かな声が、神聖な礼拝堂に響き渡った。
こうして、一つの「いじめ問題」は、シェリーたちの知らないところで、二人の貴公子の全く異なる思惑が交差する、新たな事件の火種となったのだった。




