2.1.3. 事前調査
リリス教授の研究室を出た四人は、お互いに顔を見合わせ、誰からともなく、学生会館のカフェテリアに向かった。活気はあるものの、隅のテーブル席なら落ち着いて話ができそうだ。それぞれが飲み物を手に席に着くと、最初に口を開いたのはシェリーだった。
「えーっと、何から話せばええのかな…。とりあえず、リーダーとか、決めんとかんのだよね?」
シェリーがそう切り出すと、エディが即座に「そんなのシェリーに決まってるだろ!」と言い、マリアも「ええ、わたくしもシェリーさんが適任だと思いますわ。皆さんの意見をまとめてくださいますし」と優しく微笑む。ラゼルは、黙ってこくりと頷いた。
「ええっ!?わ、私なんて、そんな柄じゃないよ!」
突然の推薦に慌てるシェリーだったが、三人の(ラゼルは無表情だが)信頼のこもった眼差しを受け、戸惑いながらも「…わ、分かった。じゃあ、リーダー、っていうかまとめ役、やってみるね。よろしく!」と、最初の役目を引き受けることになった。
「じゃあ、さっそく準備と役割分担の話、しよっか」
シェリーが言うと、ラゼルが静かに口を開いた。
「その前に、情報が少なすぎる。あの教授の言葉を鵜呑みにするのは危険だ。『囁きの森』と『ルミナスモス』、そして採集地点とされる『古祠の湿地』について、まずは大学の図書館で徹底的に調べるべきだ」
ラゼルの的確な指摘に、三人は顔を見合わせる。
「確かに…そうだね。リリス先生、何か隠してる感じがしたもん」とシェリー。
マリアも「ええ。特に『古祠』と名の付く場所には、何かしらの謂れや、精霊のような存在がいる可能性がありますわ。事前に調べておくべきです」と同意した。
「よし、決まりだな!じゃあ、明日の放課後、図書館に集合たい!」
エディが言うと、皆が頷いた。
ーーー
翌日の放課後、四人は約束通り大図書館の個室ブースに集まっていた。それぞれが分担して集めてきた調査結果を突き合わせると、リリス教授の言った「危険度:低」という言葉がいかに信頼できないものかが明らかになっていった。
マリアは、一冊の古文書をテーブルに広げた。
「この文献によりますと、『古祠の湿地』の精霊は、雨上がりの満月の夜に最も活性化し、神聖なものを守護する、とあります。そして…その精霊は高濃度のマナに強く反応するという、気になる一文も」
ラゼルも、自身のスマートデバイスに表示した非公開の地図データを指し示す。
「過去の記録では、このエリアで原因不明の遭難事故が数件起きている。リリス教授が見せた地図にはないが、古祠の周辺は『不安定なエーテル溜まり』に指定されている。高濃度のマナを持つ者が立ち入れば、何が起きるか分からん」
二人の報告を聞き、エディは腕を組んだ。「高濃度のマナ、ねぇ…。そんな奴、俺たちん中にいるのか?」
その言葉に、マリアとラゼルは、示し合わせたようにシェリーに視線を向けた。
「え、わ、私?」
シェリーは、きょとんとして自分を指さす。
マリアが、少し言いづらそうに口を開いた。
「シェリーさん…。入学式の時や、先日の銀行での事件の後、シェリーさんからは、他の方とは比べ物にならないほど、強く…そして特別なマナの流れを感じました。あくまで可能性ですが、もしこの文献の通りなら、精霊はシェリーさんに最も強く反応するかもしれません」
「そんな…私、魔法だってまだろくに使えないのに…」
シェリーは戸惑うばかりだった。自分が特別なマナを持っているなど、考えたこともなかったのだ。
ラゼルが冷静に付け加える。「可能性の話だ。だが、最悪の事態を想定して準備するのがセオリーだ。お前がターゲットになる前提で、作戦を立てる」
ーーー
調査から数日後、雨上がりの空に満月が昇る、クエスト当日がやってきた。
囁きの森へ向かう大学専用の魔導シャトルバスの出発時刻を前に、パーティ・アルケロンの四人は学生寮の談話室に集まり、最後の作戦会議を開いていた。テーブルの上には、森の地図や、各自が準備した装備のリストが表示されたスマートデバイスが並んでいる。その雰囲気は、数日前のカフェテリアでのそれとは違い、静かな緊張感に満ちていた。
「ほんだら、最終確認、始めるよ」
リーダーとして、シェリーが少し硬い声で切り出した。
「調査の結果通り、精霊は高濃度のマナに反応する。ほいで、そのターゲットは…たぶん、私になる」
その言葉に、エディはぐっと拳を握り、マリアは心配そうに眉を寄せる。ラゼルだけが、表情を変えずにシェリーを見つめていた。
「だから、基本フォーメーションは、私が中央。精霊が現れたら、まずマリアが防御結界を展開。その隙に、エディとラゼルが両翼から攻撃して、精霊の注意を私から逸らしてほしい。そいで、いけるかな?」
シェリーはそう言うと、皆の顔を不安そうに見回した。気丈に振る舞おうとするものの、その声は心細げに揺れる。彼女の胸を占めるのは、これから直面する危険への恐怖ではなかった。最前線に立つエディ、後方支援に徹するマリア、そして単独で闇に潜むラゼル。皆が自分のために危険な役回りを引き受けてくれている。その事実が、ずしりと重く、胸にのしかかっていた。
「異論はない。それが最も合理的だ」とラゼルが静かに肯定する。
「当たり前だろ!シェリーを守るのが俺の役目たい!」エディが力強く言い、マリアも「わたくしも、全力で皆さんをお守りしますわ」と頷いた。
仲間たちの力強い言葉に、シェリーは胸が熱くなるのを感じた。
「…うん。…みんな、ありがとう。私のせいで、こんな作戦になっちゃって…ごめんね」
俯いてか細い声でそう言うシェリーに、エディが「何言ってるんだ!俺たちがやりたくてやってるんだ、気にすんな!」と、彼女の頭をわしわしと撫でた。




