24.帰ってきたヒルダとミーア
「行け!クロ!!」
カイの声に応じて、クロが影のように跳ねた。
鋭い爪が、ブラッディウルフの腹を一閃する。
――ギャインッ!
血を飛び散らせ、同種のオオカミが倒れる。
「同士討ちみたいでちょっと気が引けるけど……これも生き残るためだからな、クロ!」
「ワオン!」
広がる森の中、俺とクロは日課の狩りに精を出していた。
ヒルダ先生たちが留守の間、食料の確保も訓練の一環だ。
普段のクロはコンパクトサイズだけど、本気モードになると、ブラッディウルフの数倍の大きさに変化する。
最近は毛色が黒からグレーっぽくなってきて、どことなく神々しさすら感じる。
「クロがいると、狩りがほんと楽で助かるわー」
「ワオン!」
「そういえば、先生たちそろそろ戻るって言ってたけど……まだかなぁ」
クロがふと空の匂いを嗅ぎ取るように、鼻をピクピクさせる。
「ワオン!」
「おっ、もしや……帰ってきたか!?」
「ワオン!!」
「よし!じゃあもう一狩りしてから帰ろっか!」
「ワーーーン!!」
───
日が傾き、森に少しだけ橙の光が差し込むころ。
「まったく、どこまで狩ってもこのオオカミ共、減らないなぁ……」
獲物を担いで小屋のある方角へ戻ると、そこには……いつもの小屋が。
畑もゴーレムンも、いつもの風景。
「あ、戻ってきてる!」
胸が少し高鳴る。
ほんの数日なのに、ドアを開けるのがちょっと照れくさい。
「ただいまーっ!!!」
バン!
勢いよくドアを開けたその瞬間――
バゴンッ!!
「いったーーー!!!??」
カウンターが俺の顔面に炸裂。
頭から星が出た気がする。スパァーン!って音がリアルにした。
「な、なにすんですか先生ぃぃぃ!」
中にいたヒルダが仁王立ち。
その全身から、怒りの魔素がゴウゴウと吹き出していた。
目が完全に座っている。怖い。
「なんだ、あの結果は――!!」
「あっ、そ、そのことですね……」
(やべっ、完全に忘れてたけど、そういえば大会、予選の予選で終わってたんだった……)
「すみませんでした……」
「本当にお前は、落ち着きがないというか、恥というか……見てる方が恥ずかしかったわ!」
「え、え? 見に来てたんですか!?」
「ミーアがどうしても見たいと言ってな……」
その後ろから、ちらりと顔をのぞかせるミーア。
ほんの少しだが、また背が伸びたように見えた。
「ところで先生たちは、どこに行ってたんですか?」
「ん? なんだ、フェイには会ってないのか?」
「ダメ神フェイ? 全然見てないですよ?」
ヒルダは困惑した顔で首を傾げる。
話を聞いてみると、当初は俺が大会で優勝するだろうと期待して、温泉旅行を計画していたらしい。
その祝いにミーアも連れていこうと、宿も押さえていたとか。
「でも、お前の結果がアレだったからな……予定はオジャン。仕方なくミーアと二人で行ってきた」
「す、すみません……」
「まぁ、終わったことは仕方ない。イチからやり直しだな」
「はい、イチからがんばります!」
───
「ところでフェイはどこへ? 明日町へ探しに行ってみます」
ふと、思い出して叫ぶ。
「あ、先生! 先生の師匠にお会いしましたよ!」
「……マルギレットのことか?」
「はい! 師匠に魔法を見てもらって、俺、魔法が使えるようになったんです!」
「ふーん、マルギレットがなぁ……」
ヒルダが無言で俺の手を取った。
そのまま、軽く目を閉じると、魔素の流れを感じとっているようだった。
「……やっぱりか」
「え?」
ヒルダの眉がほんの少しひそめられる。
「魔素の通りはかなり改善しているな。だが、これは――制御魔法がかけられている。
お前の魔力出力、抑えられてるぞ」
「え? 抑えられてる? ……え、なんですかそれ」
「……自覚がないのか」
「ないです!」
ヒルダはため息をついた。
「マルギレットめ、勝手に制限魔法をかけおって……。
おそらく、前に何か爆発でも起こしたんだろう?」
「はい……大きな火の玉が森に飛んで……爆発して……」
「……それは、抑えられて当然だな」
(そんなあっさり納得される俺って……)
「合わない魔法を使うと危険なんだ。そのまま魔法を使えば、体が爆裂する。だから出力を制御してある。
ある意味、今のお前は“安全仕様”だ。解除は慎重にやらねばな」
「やっぱり、爆発するんですね……」
「だから私は剣術を勧めていたんだ」
「でも先生、俺……闇魔法を習いたいんです! 師匠が、ヒルダ先生に習えって言ってました!」
「なに……? マルギレットが、そう言ったのか?」
ヒルダは少し考え込んだが、やがて頷いた。
「……まぁ、いずれはな。ただし、“いずれ”だ」
「えーっ!」
「他の魔法を一つ、しっかりマスターしてからだ。
お前には“土魔法”の適性がありそうだな。これを読め」
ヒルダが本棚から一冊の古びた書を取り出す。
革表紙のそれには、 《実践 土魔法大全》 と書かれていた。
「この本に書かれている土魔法を全て実践し、身につけろ。
それができたら、闇魔法を教えてやろう」
「やったーっ!ありがとうございます!」
パラパラとページをめくってみたが……
「うーん……でもやっぱ土魔法って、ちょっと地味ですよね……?」
ゴンッ!
ヒルダの拳が、鋭角に俺の頭にヒットした。
「贅沢言うな! 最初は地味でいいんだ! それが一番大事なんだ!」
「いたたたた……わかりました、真面目にやりますぅ……」
こうして、俺の新たな修行がまた始まった――




