2.特訓!!!
――気がつくと、ベッドの上だった。
木造の天井が目に入り、見慣れない部屋の空気に意識が覚醒していく。
昨日の出来事が走馬灯のように脳裏をよぎった。
魔物に追いかけられ、トマトをかじろうとしたらゴーレムに捕まり、美人魔女に弟子入りさせられて……。
(ああ、夢じゃなかったんだな……)
目をこすりながら身を起こすと、柔らかな布団に包まれた体は軽く、驚くほど健康そのものだった。
――いや、そういえば今の身体、前世とは比べ物にならないほどスリムだったな。
(無呼吸もなくなったし、こんなに寝たのは何年ぶりだろう)
「おはようございます」
寝ぼけた声で挨拶すると、部屋の隅からヒルダの声が返ってきた。
「疲れていたんだろう、もう昼間だぞ」
彼女は椅子に座り、本を読んでいたらしい。
ふと顔を上げたその視線は、鋭いながらも、どこか優しさを感じさせた。
(……なんか、昔の上司とは大違いだな)
「なにも食べてないだろう、これを食べておけ」
ヒルダが手際よく皿を並べていく。
木の皿には、見たことのないキノコや野菜が山のように盛られていた。
「おおっ!? 動物のエサじゃねーか!?」
反射的に口から出た本音。――次の瞬間。
ゴンッ!
鋭いゲンコツが俺の頭を直撃した。
「いってえええっ!ご、ごめんなさい……」
肩をすくめながら、素直にフォークを手に取る。
……しかし、食べてみると意外や意外。
このキノコ、妙に旨い。焼いただけっぽいけど、香ばしくて食感も絶妙だった。
(なんだこれ……キノコ、侮れん)
食事を終えると、テーブルの上に見慣れない服と靴が置かれていた。
着てみると、最初はぶかぶかだったが、時間が経つにつれてぴったりと体にフィットしてくる。
(おおっ……すげぇ……自動サイズ調整?)
靴まで同じ仕様。異世界の技術って、どこか近未来っぽいところもあるな。
そこへ、ヒルダが木製の剣を片手にやってきた。無言でその剣を俺に投げてよこす。
慌てて受け止めながら尋ねた。
「これで素振りでもするんですか?」
「まぁ、説明するから少し待て」
言葉少なに彼女は外へと歩いていく。俺も慌てて後を追った。
外に出ると、畑で数体のゴーレムが農作業をしていた。
巨大な手で水を運び、器用に草を抜き、畝を整えている。
「あのゴーレムって……魔物じゃないんですか?」
俺の問いに、ヒルダは振り返らずに答えた。
「あいつらは私が作ったゴーレム。魔物じゃない。忠実な働き手さ」
彼女は淡々と説明するが、どこか自分の作品を誇らしく思っているような口ぶりだった。
「森から来る魔物の監視もしてくれるし、畑の管理も任せてる」
(……昨日、トマト盗ろうとしただけで捕まったの、これのせいか)
しばらく歩き、一本の太い木の前で立ち止まったヒルダ。
「今日からこの剣で、この辺りの木を切るんだ」
「……バカじゃねーのこの人」
思わず口から出そうになったが、ぐっと堪えて、曖昧な笑顔で誤魔化す。
「見本を見せてやる」
彼女が木剣を構え、横一文字に振り下ろす――。
刹那、剣が青白く光ったかと思うと、ズバッという音とともに、木の幹がスパッと切れた。
「おおぉぉぉっ!? これぞ異世界パワー!!」
感動している間もなく、彼女は無言で剣を差し出してきた。
その無言の圧力に、俺は剣を受け取り、思い切り振りかぶる。
「どりゃーーあっ!」
ガンッ!
木に当たった瞬間、衝撃が走り、剣は弾き飛ばされ、指に激痛が走った。
「うぎゃあああっ!!」
指の骨がすべて折れたんじゃないかってくらいの激痛。思わず膝をつく。
「うるさい!しばらくすれば治る」
ヒルダが面倒くさそうに言った直後、痛みがスッと引いていく。
(なん……だと?)
「さっきのキノコが、一日だけどんな怪我でも回復させる。珍しい茸さ」
……魔法以上に便利じゃないかそれ。
そこからはひたすら木を叩き続ける日々。
当然、木はびくともしない。表面に少し傷が入るだけ。
だが、キノコの効果のおかげか、どれだけ振っても疲労感がほとんどない。
気づけば、日は傾き、空が紫色に染まっていた。
近くで農作業をしていたゴーレムが、無言でこちらを見ている。
「……ああ、帰るタイミングってことね」
そう呟き、小屋へと戻る。
「お疲れさまでーす」
気の抜けた挨拶をして中へ入ると、テーブルには再びキノコ料理。
ヒルダが言う。
「今日の訓練は以上だ。これを食べろ」
……やっぱり、万能キノコ様。
食事を終えると、ヒルダが一冊の分厚い本を持ってきた。
「この文字、読めるか?」
本をペラペラとめくりながら見せられるが、意味不明の記号ばかり。
「まったく読めません!」
「話は通じるのにな。……まぁいい」
彼女は代わりに絵本のような薄い本を出してきた。
「これで文字を覚えなさい。私が教えてやる」
こうして、朝は剣の訓練、夜は文字の勉強。
そのあとは、ヒルダによる質問攻めが始まるのが日課になった。
「お前の世界では、戦争はどうやって起きる?」
「核という兵器があってですね……」
彼女の興味は主に「科学」や「歴史」にあるらしく、記録を取らずにすべて記憶する姿には圧倒された。
(この人……本当はすごい頭良いんじゃ……)
――3ヶ月後。
朝、目を覚ますと、あの切れなかった木が倒れていた。
「ついに……倒したのか?」
感動していると、背後から無慈悲な声が飛んでくる。
「何を言ってる。この周りの木をすべて切れ」
……バカじゃねーの?
ゴンッ!
ヒルダのゲンコツが再び俺の頭を打ち抜いた。
――星が、見えた。
さらに1ヶ月。
ふと鏡を見ると、筋肉がついている。
胸、腕、背中――自分でも驚くほど身体が締まっていた。
(うおぉ……これぞ異世界筋トレ……!)
そんなある日、ヒルダに呼び出され、小屋に入ると椅子に座らされる。
「手を出してみな」
言われるがままに手を差し出すと、ヒルダが真剣な顔で手のひらを見つめた。
「おかしい」
「えっ、な、何がです?」
彼女は小さな黒板を持ち出し、人の図を描き始めた。
「この世界では、“魔素”というエネルギーが心臓に蓄えられ、脳で操作して身体各部に流すことで魔法が発動する」
実演するように、彼女の指先から小さな火球が現れる。
「おお……魔法だ……!」
「だが、お前にはその魔素の流れがまったく見えない」
……それって、魔法使えないってことですよね?
「剣の訓練で多少は流れると思ったが、まだ全然ダメみたいだな」
しょんぼりする俺に、彼女は静かに言う。
「まぁ、そんなに肩を落とすな。私なら、多少なり流れるようにしてやれる」
「マジっすか!? ヒルダさん神!」
ヒルダは俺をベッドに寝かせ、掌を青白く光らせて心臓から四肢へとエネルギーを流していく。
「魔素は、ある。問題は“通り道”がないことだったようだな」
指先まで光が届いた瞬間、体の奥がじんわりと熱くなる感覚があった。
「これで、魔法が使えるんでしょうか?」
目を輝かせて尋ねる俺に、彼女は笑わずに答えた。
「多少な。……だが、まずは信じることだ、自分自身をな」
(おお……これで俺も、魔法使い――見習いだ!!)




