199.キノコの正体
ヒルダの地獄のような特別授業は、オリビアの帰還により、三日間で幕を閉じた。
学校に戻ってきたオリビアは、マルギレットに借りた大量の書物を抱え、ホクホク顔で帰ってきた。
それから、数週間――
オリビアの通常授業の合間を縫って、カイたち4人はヒルダの「自主課題」に取り組んでいた。
その内容は、十個の小さなコップを並べ、それぞれに指先で触れて魔素を使い、水だけをコップの形のまま持ち上げるという、恐ろしい難易度の課題だった。
「むっ、また崩れたっ!」
カイは歪な水のかたまりを作っては、ぼたぼたと床を濡らし続けていた。
一方で――
「よし、十個全部浮かんだ……」
マリが額の汗をぬぐいながら、満足げに笑う。
「ふふ……やっと形が安定してきたわ」
ルカも、スッと水を宙に固定し、まるで宝石のような透明な塊を操っていた。
「わたしも、できたっ……」
ミーアも、少し震えながら水を制御していた。
そしてその日、いつも以上に授業で魔素を消耗し、さらにヒルダの課題を終えた4人は、心も体もヘトヘトになって寮へと戻ってきていた。
部屋に入ると、カイはおもむろに便利袋からキノコ取り出していた。
「ん〜〜〜! やっぱり、疲れたときはこれだなっ!」
カイは笑顔で例の不思議キノコをムシャムシャと食べ始めた。
その様子は、まるで高級スイーツでも食べているような幸せ顔だった。
すると――
「……カイ、そのキノコ……ほんとに美味しいの?」
マリが、眉をひそめながら聞いた。
「え? これ? うーん、どうだろう? ほら、食べてみ?」
にっこり笑って、まだかじってないキノコをマリに差し出すカイ。
マリは恐る恐る受け取って、それを凝視した。
紫と緑の混ざった妙な縞模様。
つやつや光る斑点。
小さな毛まで生えているように見える。
「……食べ物とは思えない……」
「でも、俺はこのキノコで強くなったんだ。ケガしてもすぐ治るし、体力も魔素もゴリッと回復するしさ。最高だよ!まぁ、森ではこれしか出なかったけど………」
カイの目は、完全に信仰のそれだった。
「うぅ……ちょっとだけ……かじってみようかな……」
マリはゆっくりと口を開け、キノコを持ち上げた――が、手が震えて止まる。
本能が、拒否していた。
「うぅぅぅぅぅ……やっぱりダメ!」
その瞬間、カイがニヤッと笑い、咄嗟にカイの食べかけのキノコをマリの口に突っ込んだ。
「ほれっ、食え食え〜!」
「もごっ!? なにするのよ!! 食べちゃったじゃない!!!」
涙目で怒鳴るマリ。
だがその直後――
「……あれ? なんか、身体の奥がポカポカする……」
マリの表情が変わった。
腕が軽くなり、体中の疲労が一気に消えていく。(ような気がする)
「うわっ……! すごいこれっ!」(と、言う感じがする)
すぐさま袖をまくり、力こぶを作って見せるマリ。
「ねぇ見てカイ! 力こぶできてるっ!」
「おおっ、ほんとだ! いいねぇ! 来てるよ来てる!」
ふたりは顔を見合わせて、次々とポージングを披露し始めた。
「へへっ、これが“元気回復ビフォーアフター”ってやつだな!」
「あーっはっはっは!!」
バカップル全開。もはや見ているこっちが恥ずかしくなるレベル。
「……ほんと、痛々しいわね……」
冷ややかな声でルカがつぶやく。
「なんか……すごく幸せそうだけど、ちょっと怖い……」
ミーアも目を逸らしながら言った。
そんな中、ルカはふとマリが手にしていたキノコをじっと見つめ、取り上げた。
「……あれ?」
ルカの目が細くなる。何かが引っかかった。
「ちょっと、あれ……なんか見たことある気が……」
すると突然ルカは部屋を飛び出し、数分後、息を切らしながら戻ってきた。
手には分厚い魔物植物図鑑があった。
「これ……確か……!」
ルカはページをめくる指を速め、やがて一枚のページで止まった。
「やっぱり……!」
その声に、カイとマリが同時に振り向いた。ポージングは続けている。
「どうしたの? ルカ?」
ミーアが不安げに尋ねる。
ルカは本の内容を確認し、声を張った。
「キノコ、正式名称は《リグナ=アストルセア》。
効果は体力回復、魔素回復、精神力強化、魔法威力強化――などなど
さらには四肢がもげても回復する、奇跡のキノコって書いてあるわ!」
「へぇ~~~!!」
カイとマリは、ポージングを取りながら感心の声を上げた。
「なぁ、スゲーだろぉー」
だが――
「でもさっきカイとマリが食べたやつ、ちょっと柄が違うのよ……」
ルカの表情が曇る。
「え?」
カイとマリが同時に振り返る。しかし、ポージングは続けている。
ルカは重く息を吐き、本を閉じた。
「それはそっくりだけど別物、《ドゥグナ=アストルセア》。
効能は一切なし。ただ……ただ一つだけ“効能”があるの」
ミーアが後ずさる。「ひ、一つだけ……?」
ルカは言った。
「それを食べた人間は、しばらくの間、“ポンコツ”になるのよ」
沈黙。しかし、ポージングを取り続ける二人。
「ポ、ポンコツ……?」
カイが震える声で聞いた。
「ええ。通称“ポンコツダケ”。
自然危険食材2種指定。
あまりにレアすぎてキノコマニアの間では、リグナよりも高値で取引されるらしいわ。
ひとつで金貨100枚以上。効能は……“ポンコツ”だけど」
その言葉を聞いたミーアとルカがそろって言った。
「もったいない……!」
カイとマリは、ポージングのまま固まり――
そして、何もなかったかのように再び筋肉自慢を始めた。
「いやいやいや、もうポンコツでもいいや! 筋肉ついたし!」(実際にはついてない)
「なんか……元気ならそれでいいよね!」
バカップルが並んで鏡の前でポーズを取り、
それを見たルカとミーアが、深いため息をついた。
(……この二人、もはや救いようがないわね)
外では、夜なのにセミが元気に鳴いていた――。