198.ヒルダの実力
ヒルダ先生による特別授業も、いよいよ二日目を迎えていた。
「本日の課題は、これだ!」
ヒルダの手がバサッと布をめくると、そこには木製のバケツが並んでいた。
水がたっぷり張られており、日差しを反射してキラキラと輝いている。
「魔素を通して、この水を“バケツの形のまま”持ち上げてみろ。簡単だろ!?」
ニヤリとするヒルダ。
マリ、ルカ、ミーアが息を呑んだ。
「また、むちゃな……」
「これ、先生でも結構きついやつじゃないの……?」
「やってやろうじゃない!」
意気込む3人の少女たち。額にじんわりと汗を浮かべながら、集中する。
魔素を手のひらに伝わせ、ゆっくりと水へ。慎重に、均一に、包み込むように……
――ぽん。
「できた……!」
ミーアの水が、少し歪ながらもバケツ型のまま浮かんだ。
ぷるぷるとゼリーのように震えながら、形を保っている。
「やった……!」
「ミーア、すごい!」
続いてマリとルカも同様に浮かせ、なんとか歪ではあるが形をキープ。
「……疲れる……っ!!」
マリがバケツの水を戻すなり、どさっとへたり込んだ。
「ここまで、制御がシビアとは……」
ルカも額の汗を袖で拭った。
そしてカイの番。
「よーし! やってやるぞ……!」
気合十分のカイがバケツに手をかざす。
――が。
「わあああっ!! あっちぃ!!」
バケツの水が沸騰し、湯気がもうもうと立ち昇る。
「おい! カイ! シャワーの時間にはまだ早いぞ!」
ヒルダが遠くから怒鳴る。
「す、すいませんっ……もう一度!」
再挑戦するカイ。が、今度は水が逆流してバケツの底を突き破り、まるで井戸が自噴するように水が噴き出す。
「ぎゃあああああっ!!」
「……魔素コントロールって、難しいな……」
結局この日も、カイの昼ご飯は「なし」となった。
そして数日後。
マリ、ルカ、ミーアは、ヒルダの見本通り――バケツの水を完璧な形で浮かせられるようになっていた。
それは、まるで“水のプリン”だった。少し触れると、ぷるんっと小さく波打つ。
美しさすら感じる完成度。
「よし、上出来だ! 三人とも、合格だ!」
ヒルダの口から褒め言葉が飛び出し、三人は小さくガッツポーズを取る。
そして――カイ。
「いけっ……!」
手を震わせながら魔素を水に流す。バケツ型には……なった。
が、そこから水しぶきがビシャビシャと飛び、まるで“バケツ型水風船”。
「うおおっ、冷てっ! あばばば!」
「……まあ、汚いが、及第点といったところだな」
ヒルダの辛辣な評価が下される。
「はぁっ……」
額から汗をぬぐうカイ。だが――及第点と言う言葉が心に火をつけた。
「ところで先生、今やってること以上に……先生自身は、もっとスゴいことできるんですよねぇ〜?」
ニヤリと皮肉交じりに言うカイ。
挑発するその顔に、ヒルダの片眉がピクッと動いた。
「……フッ。ほう……言ったな貴様……」
マントをひるがえすヒルダ。足音がコツコツと中庭へと向かっていく。
「……あ、やばい、なんかスイッチ入った……」
カイは思わず顔をしかめた。
学校の中庭・噴水前。
そこにあるのは、直径5メートル近い巨大な円形噴水。中央から勢いよく水が吹き出している。
「せ、先生、まさか……?」
「見ていろ。私ぐらいになれば、これぐらいの大きさは朝飯前だ。」
ヒルダが噴水の前に立ち、手のひらを水面にかざす。
風が止まり、空気が一気に静まり返った。
次の瞬間――
ゴウッ――!
水が舞い上がり、ドーナツ状の巨大な水の塊が空中に浮かび上がった。
「うわぁああ……」
マリが思わず声を上げる。
その水の中では、小さな魔素で作られた幻影の魚が、優雅に泳いでいた。
水は美しく輝き、まるで空中水族館のようだった。
「すごすぎる……!」
ルカも唸った。
そしてヒルダは、水のドーナツを粘土細工のように手をかざし、花の形へ、星の形へ、さらにはカイの顔へと自在に変えていく。
「な、なんで俺の顔に……!?」
カイが目を丸くした。
そして最後に、空中の水塊がゆっくりと元の噴水に戻っていく――
それも一滴もこぼすことなく、完璧な静けさで。
「……ッ!!」
ヒルダがくるりと振り返る。その顔には、圧倒的なドヤ顔が浮かんでいた。
「如何でしょうか?カイ殿?」
カイは四つん這いになって、地面をバシバシと叩き始めた。
「くそぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「アハハハハハハ!!!」
「ひーっ、お腹痛い!!」
「喧嘩売る相手間違えてるぅ……!!」
マリ、ルカ、ミーア、そしてヒルダまでもが、笑い声を上げて転げ回っていた。
今日もカイの叫び声が校舎に響いていた。