197.体力お化け
学生寮の一室――
カイの部屋では、独特の香りが漂っていた。
「やっぱり、疲れたときはこれが一番だな!」
満面の笑みで、不思議キノコをムシャムシャと頬張るカイ。
昼間の猛特訓でボロボロになった体に、キノコのエキスが染み渡っていく感覚――
全身の筋肉が、じわじわと膨張するような、熱の塊が血管を駆け抜けるような……。
「……ふぅ〜、効いてる効いてる……。これが“第二成長期ブースト”ってやつか? うん、間違いないな……!」
嬉しそうに頷きながら、さらに一口。
顔がほころぶその様子は、まるで“至福の時”に浸る子どものようだった。
しかし――
「……なにあれ」
「……こわい」
「……生き物って……変わるのね……」
隅のソファに座っているマリ、ルカ、ミーアの三人が、冷めた目でカイを見つめていた。
昼は竹刀で何度も殴られ、倒れ込み、汗が滝のように流れ、砂煙にまみれ、ヘロヘロになったカイ。
そんな男がキノコを笑顔で食べるその姿は――
正直、異常だった。
しかも、キノコを食べ終わったカイはおもむろに立ち上がり、無言でシャツを脱ぎ出した。
「ふぅっ……! この感じ、来てるな……!」
全身の筋肉が、光沢を帯びて膨張していた。
背中は翼のように張り、腕は女性の太ももを超えるほどに盛り上がる。
腹筋は岩のように割れ、胸板は鉄の板のように反り返っている。
「これは……<ある意味完全に“出来上がってる”>じゃない……」
ルカが小声で呟き、ミーアは口を半開きにして引いていた。
だが、マリだけは違った。
瞳がキラキラと光り、口元が緩み、もはや視線が心の奥からの賞賛に満ちていた。
「……♡」
「ああ……もう、ほんと、ダメだこの子……」
ミーアがそっと顔を背ける。
そんな中、カイはポージングを始めた。
「うおおおおっ、この三角筋……この大胸筋……まるでオークの王様みてぇだな……」
「お兄ちゃん! いい加減に服を着てよっ!!」
ミーアが怒鳴り声を上げた。
「え?あ、ごめんごめん」
と、言いつつも、名残惜しそうにゆっくりシャツを着るカイ。
その様子を、マリが寂しげに見つめていた。
ルカがニヤリといじわるそうに言う。
「……そのうち、いくらでも見れるんじゃないの? ね、マリ」
「な、ななな、なに言ってるのよおおおお!!!」
顔を真っ赤にして、カイの背中をバシバシ叩くマリ。
(……これは……将来バカ夫婦になるわね)
(間違いなく……なるね……)
ルカとミーアは同時にため息をついた。
そのとき――カイがふいに立ち上がり、ドアに向かう。
「えっ、カイ? どこ行くの?」
マリが首を傾げながら聞いた。
カイは振り向き、決意に満ちた目で答える。
「今日の訓練、ぜんっぜんダメだったからな。夜のトレーニングしてくる!」
あぜんとする三人。
「いや、ちょっとは休もうよ……」
ルカが呆れた声で呟いた。
「……ほんと、休もうよ……」
ミーアがぼそっと呟く。
だが、三人は分かっていた。
この真っ直ぐな努力こそが、カイの強さなのだと。
そして数時間後。
学生寮の裏庭。月明かりのもと、ひとりの男が大岩を前に立っていた。
カイだ。
黙々と、呼吸を整えながら岩に手を置き、魔素を流し込む。
焦らず、無駄なく、少しずつ、丁寧に――
「よし……今度こそ……っ!」
すると岩が膝ぐらいの高さまで浮き上がる。
「よっしゃぁぁぁ!!」
カイの拳が空を突いた。
――その様子を、陰から見守る三人の少女たちがいた。
寮のベランダから、毛布を巻きながら。
「ほんと……やったね、カイ……」
マリが呟く。
「……ここまでされると、私たちも動くしかない……」
ルカが小声で言った。
「……私たちも、頑張らなきゃね」
ミーアがぽつりとつぶやいた。
そして、誰も言葉を発さないまま、静かに見守っていた。
だが、三人の頭にあった言葉はすべて一緒だった。
「この体力お化けめ………」