195.特別授業の意味
中庭の隅。
昼の陽射しが傾きかける時間、セミの鳴き声が響く中、
ひとり汗だくになりながら、岩に向き合う学生の姿があった。
「くっ……くそっ……!」
カイは両手で岩に触れ、魔素を慎重に送り込む。
だが、力加減が難しく、指先がジリ、と焦げるように熱を帯び――
ボンッ!!
「うわっ! また爆発ぅぅぅ!!」
今度は岩の表面がバフッと吹き飛び、カイの髪に土煙がまとわりついた。
そのまま座り込むと、タオルで額の汗をぬぐいながら空を見上げる。
(くそ……なんで俺だけ飯抜きなんだよ……)
遠く、校舎の中からは笑い声と食器の音が聞こえてくる。
学生食堂では、マリ、ルカ、ミーア、ヒルダの四人が一つのテーブルを囲んでいた。
トレーには、それぞれ温かいスープと香ばしいパン、焼き魚、サラダなどが乗っている。
マリはスプーンを手にしたまま、どこか落ち着かない様子で言った。
「先生……ちょっと、カイにきつすぎじゃありませんか?」
ヒルダはフォークを口元で止め、しばし考えるように目を伏せた。
「……こないだの戦いで、カイは一度も魔法を使っておらんかっただろう?」
マリの表情がピクッと変わる。
「そういえば……剣ばっかりでしたね。ずっと近接で戦ってた。
それが、なにか……?」
ヒルダはフォークを静かに置き、低い声で言った。
「カイは、魔法の精度が極端に悪いだ。なので、失敗を恐れ、撃てなかったのだ」
「……!」
マリは思わず目を見開いた。
「そんなに……悪いんですか?」
「悪い。“壊滅的”といってもいい。森での訓練時でも、的にまともに当てることすらできておらん。
魔素の制御が粗すぎるのだ。あれでは、敵どころか味方を巻き込みかねん」
ルカが苦笑しながら、横で小声でつぶやく。
「……たしかに、森での爆発はほぼ全部カイのせいだったわね……」
マリが言った。
「でも……入学試験の時、確か的に当ててましたよ?」
ヒルダが鼻で笑う。
「どうせ、大きな岩の塊を投げるような、ぶっ放しの魔法だろう?
そんなもんは“力任せ”というのだ。狙って当てたわけじゃない」
マリは思い返すように目を細め――静かに頷いた。
「……たしかに。巨大な岩をぶつけてました……あの時も、威力だけはあったけど……」
ヒルダは言葉を続けた。
「魔法の力は、大きさではない。小さな魔法でも、練り込まれた魔素で撃てば、岩を貫き、大地を裂く。
だが今のカイにはそれができん。今のままでは、強敵に出会った時、命を落とすこともあるだろう」
重く沈んだ空気。マリはスプーンを置いて、そっと視線を落とした。
「それって……やっぱり、次の戦いのことを考えて……?」
ヒルダは無言で一度うなずき、そして、食堂の窓の外――
岩と格闘しているカイの姿に視線を移した。
「次の敵は、今までのとは……格が違う。
奴らも本気でくる。それに応える準備が……カイの魔法が必要不可欠だ
それに、あいつの本分は剣ではなく、魔法だ」
「カイは魔法が向いているってこと?
しかし、この間の敵だって……命がけだったじゃないですか……」
マリの声が震える。
ヒルダは、静かに背を向けて言った。
「――あれは、序章に過ぎん。あれは“本気”ではない。
だからこそ、私はカイに“本気”で教えておる。命を懸けて、な」
その背中に、誰も言葉を返せなかった。
ただ、遠くで――爆発音がまた一つ、鳴り響いた。
「……また岩吹き飛ばしたわね」
ルカが小さく呟いた。
「……せめてパンだけでも、持っていこうか」
ミーアが立ち上がり、パンを手に取った。
マリも立ち上がる。
(……先生は、カイを信じてるから、厳しくしてるんだ。なら……)
彼女は窓の外、懸命に汗を流すカイの背中を、ぎゅっと見つめていた。