194.岩
中庭の岩の前で、カイは何度もチャレンジを繰り返していた。
「よし、今度こそ……!」
深く息を吸い、魔素を手のひらに集中させる。
だが――
ボコッ!
岩が手のひらの形に凹み、スライムのように抜け落ちた。
「ぐぉっ……! またかよ!」
再挑戦。今度は魔素を少し強めに流し込む。
メキッ、パキィン!!
岩が、縦にパッカーンと真っ二つに割れる。
「なんでそうなるんだよぉおぉおおお!!」
そのたびにヒルダの竹刀が容赦なく振り下ろされる。
「バカカイが!魔素というのは力じゃない、繊細な流れの制御なのじゃ!!」
「い、いてててて……!」
額にタンコブをつくりながら、カイはふらふらと立ち上がる。
その様子を、マリが腕を組みながら見つめていた。
「カイって、魔素量が半端ないのよね……流しすぎてるのよ、たぶん」
「片手じゃなくて、指先……そう、十本指とかで少しずつ流してみたら?」
その提案に、カイは「なるほど」と頷き、言われたとおりにやってみることにした。
両手の指先をすべて岩に当て、集中。
「いくぞ……今度こそ……」
魔素をほんのわずか、指先からじわりと流す。
だが――
ズズズッ……!
岩は動かず、カイの両腕だけがスッと上がっていく。
そのまま――
指のラインに沿って、岩にキレイな溝が刻まれていた。
「……そっちの方が、難しいと思う……」
ルカが静かに呟く。
「な、なんでそうなるんだよぉぉおお!!」
またもやヒルダの竹刀が振り下ろされ、カイの背に炸裂した。
バシンッ!!
「魔素の扱いが雑なんだ!感覚で流してどうする!“聞け”、岩の声を!」
「岩の声なんて聞こえるかぁぁぁ!」
涙目で地面にうずくまるカイ。
その時だった。カイのすぐ隣に、誰かが立つ気配があった。
見上げると――そこには、金髪の男。うっすらと漆黒の鎧の片鱗を残す立ち姿。
「……グレーン!?」
グレーンは無言で鼻を鳴らすと、カイに視線を向けた。
「フッ……見ておれ」
そして、迷いなく岩の前に立つと、両手を静かに置いた。
呼吸を整え、わずかに魔素を流す。
ズ……ズ……ゴッ!!
巨岩が、まるで羽のように軽々と持ち上げられ、頭の上まで持ち上がった。
「すごぉぉい!!!」
マリ、ルカ、ミーアが同時に歓声を上げる。
「ちくしょおおおお!!」
悔しそうに地団駄を踏むカイ。
グレーンは静かに言った。
「こんなこともできないのか……。お前は魔素量が多すぎる。それを制御できていないだけだ」
そして、一言も言わず、スッとその場を離れていった。
「……魔素量が多すぎる、か」
カイは岩の前に戻り、深く息を吸った。
(少なく……もっと少なく……魔素を“流す”んじゃない、“染みこませる”んだ……)
そっと手を当てる。
(少しだけ……ほんの、少しだけ……)
ズ……ッ!
岩が――かすかに浮いた。
「……やったっ!!」
カイは振り返り、両手を挙げて叫んだ。
「先生!!見てました!? 今の見ましたよね!?」
ヒルダは椅子に腰かけたまま、本のページをめくっていた。
「ん? なんだ?」
「見てなかったんかーーーい!!」
カイは地面に膝をついて崩れ落ちた。
「ねぇ、マリ!ルカ!ミーア!見てたでしょ!?岩浮いたよね!?浮いたよね!?」
「……」
「……」
「……」
三人ともそっと目を逸らす。
「おぉおぉぉ……意地悪ぅぅ……」
膝を抱えて体育座りをするカイ。その背中で――
ジーーーー……ジジジジ……
蝉の鳴き声が、無情に響いていた。