191.それぞれの帰路
ヒルダの唐突な「通常生活宣言」から一夜明け、
広場では、解散に向けた慌ただしい準備が進んでいた。
誰もが口には出さないが、思っていた。
(ほんと……ヒルダさんって……)
「せめて、もう少し段階踏んでほしかったよね……」
ルカが荷物をまとめながら、ぽつりとこぼす。
「でも、先生らしいよね」
カイは苦笑しながら肩をすくめる。
エルフの森を出た先――ランヒルドとの国境の森にて、解散式のような場が設けられていた。
そこにはすでに大半の仲間たちが集まっており、それぞれの帰路を確認しあっていた。
しかし、肝心のヒルダの姿はなかった。
「……あの人、ほんとに一言もなしに消えたのか」
キースがやれやれと肩を落とす。
「ヒルダさん、そういうとこありますよね」
ルカも笑うしかないといった表情だ。
カイとマリ、ルカ、ミーアの四人は、カイのグリフォンで帰ることにした。
準備を終えたカイが、隣にいたカークに声をかけた。
「カークはどうするんだ? 同乗する?」
カークは背筋を正して、まじめな表情で答えた。
「いえ、私は……歩いて帰ろうと思います」
「え?」
カイが目を丸くする。
「カイ殿が以前、エステンからこの森まで歩いて来たと聞きました。それを……逆にたどって、帰ろうかと。
身体を鍛えなおしたいですし、改めて世界を見ておきたくて」
「なるほど……でも、1人じゃ大変だぞ?」
「大丈夫です」
そう言って、カークの隣にキースが現れる。
「俺も一緒に行く。護衛がてらな」
と、肩をぐるぐる回して笑った。
「そっか。気をつけてな」
カイは真面目すぎる二人を見て、思わず心の中でつぶやいた。
(……ほんと、真面目だなぁ)
その隣では、オリビアが魔道書を抱えて準備をしていた。
「私は一度、マルギレットの家に寄ってから、ベンゲルに戻るわ。どうしても読みたい古代魔法の書があってね」
オリビアはにっこりと微笑んだ。
マルギレットが誇らしげに胸を張る。
「ふふ、わらわの蔵書が役に立つとはうれしいことじゃ」
マチルダはというと、木に腰掛けて風を感じながら、ゆったりと手を振った。
「私はしばらく森にいるよ。ほら、家ってほどの家もないし、根無し草だからさ」
「らしいですね……」
ルカが苦笑する。
そして、クルドとティリスはリュシアのいる聖樹の方向を見つめていた。
「我らは残る。……リュシアの目覚めが、もしもの時、戦いの鍵となるやも……」
ティリスが静かに告げる。
「リュシアのためにも、森の守りは抜かりなくしておくわ」
クルドも真剣な眼差しで頷いた。
カイは最後に全員と握手を交わし、別れの言葉をかけて回る。
「またすぐ会えるさ。みんな、気をつけてな」
「そっちこそね、カイ」
クルドが笑い、
「体、気をつけるんだぞ」
キースががっしりとカイの肩を叩いた。
全員の挨拶が終わると、グリフォンの翼が広がり、風を巻き上げる。
「じゃあ、行ってきます!」
カイが叫び、グリフォンが地面を蹴った。
ぐんと加速し、木々の間を抜けて、空へ――。
森を離れ、仲間たちの姿が小さくなっていく。
上空に出て、しばらく風に揺られていた頃――
カイの腕に、ぎゅっとしがみつく感触があった。
「……マリ?」
その腕には、マリがいた。
カイの胸元に顔を埋め、ぎゅっと抱きついている。
「マリ……?」
「……やっぱり、だめなのね……」
ぽつりと漏らしたマリの声は、風の音にかき消されそうなほど小さかった。