188.セラフィア教会
マリが顔を上げ、ヒルダに問いかけた。
「それで、そのゼオってのは……これからセラフィア教会が、どんなことをしようとしてるのか、何か言ってなかったのですか?」
ヒルダは静かに目を閉じ、数秒の沈黙ののち、ゆっくりと口を開いた。
「――今回の侵攻で失敗した教会は、今後の戦いで“人”の兵士を出せぬ。だからこそ……兵器としての“魔物”を、無尽蔵に作り出すであろう……」
その言葉に、マリは思わず口元に手を当て、かすれ声で呟いた。
「魔物を……?」
部屋の空気が、一気に重く沈む。
誰もが目を伏せ、言葉を失った。
ヒルダはその沈黙を破るように、はっきりと続けた。
「おそらく、これからは“人間”ではなく、“魔物”による戦争へと移行する。すでに教会は、魔素を使った魔物の量産技術を確立しておる。それが、あの人造オークじゃ。あれらはただの魔物ではない。感情も理性も削ぎ落とし、命令にだけ従う――完全なる“兵器”として作られた存在だ」
マリの顔から血の気が引いていく。
「じゃあ、もう……心も命も、全部捨てて……ただの使い捨てとして戦わせるの……?」
「その通りじゃ」
ヒルダの声は静かで、けれど切り裂くように鋭かった。
「教会にとって命も魂も、“部品”でしかない。すでに、ゼオの情報には“魔獣製造炉”の存在が記されていた。人間や魔物の魂を抽出し、精製し、魔物へと変換する禁断の術式――」
ヒルダは深く息を吐き、続けた。
「……エルフたちが最も忌み嫌っていた闇術、“死人転性”。本来なら魂は循環し、転生していくはずじゃが、この術はその魂を引き留め、ねじ曲げ、魔物として形を与える……」
ミーアが目を見開き、息をのんだ。
「それって……魂そのものを使うっていう……あの、秘術の……」
「あぁ、そうじゃ」
ヒルダは重く頷いた。
「ゼオは言っておった。『今までは素材に制限があったが、今後はその制限すら取り払われる』と。つまり、生きている者すべてが、“魔物の素材”となる。子供でも、大人でも、エルフでも――誰であろうと、だ」
ルカが拳を握りしめ、震える声で叫んだ。
「そんな……そんなの、あんまりよ……! 命を、命をなんだと思ってるのよっ!」
ヒルダは静かに皆を見渡し、表情を引き締めて言った。
「……だが、これが現実じゃ。ゼオを失っても、教会は次の魔導士を立てるじゃろう。信徒たちは、既に世界中に潜んでおる。奴らは一度や二度の敗北では止まらぬ」
カイが、奥の壁に寄りかかっていたが、前へと一歩出た。
「……俺たちが、止めなきゃいけないってことだな」
その言葉に、ヒルダはまっすぐ彼を見つめ、力強くうなずいた。
「そうじゃ。次の標的は、もう“森”だけではない……ナヴィーク大陸そのものが、教会の手に落ちる可能性がある」
その場にいる誰もが息を呑む。
部屋を満たすのは、沈黙――だがそれは、恐れの沈黙ではなかった。
燃えるような決意と、覚悟が、そこにはあった。
そして、ヒルダがゆっくりと立ち上がり、語気を強めて言った。
「……教会の中枢、“聖都セラフィア”――あそこを潰さねば、この戦いは終わらん。すべての元凶は、あの地にある」
誰かが、静かに唾を飲み込む音が聞こえた。
マリ、ルカ、ミーア、カイ、そして他の面々も、その言葉の重みにただ頷く。