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185.ヒルダの帰還

戦いから、数日が経っていた。


焦げた森の匂いはまだ消えていなかったが、少しずつ、木々は芽をつけ始めていた。

エルフの森の奥深く、木造の小屋にて、戦士たちはようやく身体を休めることができていた。


カイは、自室の片隅で聖剣ポチを丁寧に磨いていた。


「お前って、結構すごい剣じゃないのか……」


布を巻いた手で刃を優しくなぞりながら、ひとりごとのようにポツリとつぶやく。


「……あんな化け物、切れたんだもんな。ほんと、お前がいなきゃ俺……」


そのときだった。

部屋の扉が勢いよく開かれ、マリが息を切らしながら飛び込んできた。


「カイっ! ヒルダさんが……目を覚ましたわよ!」


「えっ!?」


カイの顔がパッと輝き、手にしていた剣を放り出すようにして立ち上がった。


「マジか!? ほんとに!?」


「早く!」


マリが手を取ると、カイは剣もそのままに、慌てて廊下を駆け出した。




ヒルダの寝室に入ると――


そこには、魔女たちが勢ぞろいしていた。

クルドが腕を組んで壁にもたれ、マルギレットは椅子に座って瞑想していたかのようだった。

オルガは静かに頷き、マチルダはいつものように落ち着いた様子で手を組んで立っていた。


そして――その中央のベッドには、ヒルダが腰掛けていた。

上体をしっかり起こし、枕に背を預けながら、周囲を見回している。


「せ、先生……!? ヒルダ先生!!」


カイが思わず叫ぶように声を上げた。


その声に、ヒルダが顔を向け、薄く微笑んだ。



その笑顔に、カイの全身から一気に力が抜けたようだった。


「せ、先生……もう身体は……大丈夫なんですか……?」


「うむ、身体は……悪くないな。ちと、身体は重たいが……生きている」


「……あぁ、良かった……ほんとに、良かった……」


カイは大きく息をついて、へなへなと膝をついた。


だが――次の瞬間だった。


「ところで――お前、誰だ?」


「……へ?」


カイの顔が、完全にフリーズした。


「な……え? ええっ? せ、先生……?」


部屋の空気がピリリと張り詰める。

クルドもマルギレットも目を伏せ、マチルダはそっと視線を外していた。

マリも気まずそうに唇を噛み、カイの目を見ようとしない。


「せ、先生……まさか、記憶が……!」


ヒルダは首を傾げたまま、あくまで無表情で言った。


「うむ、誰か知らぬが……随分と、心配をかけたようだな?」


「せんせい……や、やめてくださいよ……!」


カイの声が震えていた。手が、汗で濡れている。


「ほんとに……記憶が……その、戦いの影響で……?」


そのときだった。

ヒルダの肩が、小さく揺れ始めた。


「くく……ふふっ……」


「せ、先生……?」


ヒルダが堪えきれずに吹き出した。


「ははははっ、すまぬ、すまぬ! ちと、からかいたくなってな!」


「……は?」


「ふふっ、お主の顔が、あまりに必死じゃったからのう!」


ようやく事態を理解したカイは、目を見開いて口をパクパクさせた。


「え、え、えええええ!?」


それにつられるように、魔女たちが一斉に吹き出す。


マルギレットは手で口を押さえながらも肩を震わせ、

クルドは静かに目を細め、笑いを隠そうともせず、

マチルダは控えめながらも、珍しく声を出して笑っていた。


「も、もう……やめてくださいよ……ほんとに……!」


カイはその場に尻もちをついたまま、頭を抱えていた。


「記憶が……あるんですね……ほんとに……?」


ヒルダは微笑を浮かべながら、頷いた。


「あぁ、ちゃんと全部あるぞ。カイ……お前のことも、あの戦いのことも」


奥の扉が開き、オリビアが呆れた顔で現れた。


「まったくもう……ヒルダ母さんは、人が悪いんだから。目を覚ましてすぐ、カイがどれだけ心配してたか話したら、『じゃあ、ドッキリでもするか』って……」


「母さんって……あの場面でそんな冗談思いつくか、普通……!」


カイは目に涙を浮かべながら、必死に笑いを堪えた。


「あははは……はぁ……ほんと、心臓に悪いっす……」


その空気の中で、ヒルダがふと真面目な顔つきに戻った。


「……カイ」


「え?」


「お前が、よくやってくれた。この戦い……お前がいなければ、我らは全滅していたかもしれん」


その言葉に、周囲の魔女たちが、無言で、しかし確かに――頷いた。


「……いや、俺なんて、何も……」


「違う」


ヒルダの声が重なる。


「お前の一歩が、みなの命を繋いだ。その勇気と判断……私は心から誇りに思う」


カイは照れくさそうに、頭をかきながら笑った。


「も、もう……やめてくださいって……」


その様子に、再び部屋に笑いが満ちる。

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