183.悪魔の巨鳥、堕ちる
カイとヒルダを乗せたグリフォンが、猛スピードでドレイアへと肉薄する。
大地の叫びのような羽ばたきとともに、ドレイアが低空を旋回しながら咆哮を上げた。
「チッ、近づけねぇ!」
ドレイアの背に立つノクルスが、炎の魔法を次々と放ってくる。
そのひとつひとつが、まるで彗星のような軌跡で追いすがってくる。
カイが身を傾けてかわしながら叫ぶ。
「ヒルダ先生! どうする!?」
ヒルダの瞳がギラリと光った。
「……ここは、私が牽制する。その間に飛び乗れ!」
ヒルダはすでに詠唱に入っていた。声に重なって、空間が軋み始める。
「闇の深淵よ、漆黒の球と成りて──《デス・オーブ》!」
ドレイアの上空に、巨大な闇の球体が現れる。
光をすべて吸い込むような異形の魔法――
ヒルダが杖を掲げて押し出すように振る。
「今だッ!」
ノクルスが無表情で、瞬時に杖を構える。
「……………」
その細い指先から、黒い火のようなオーラが噴き出し、魔法同士がぶつかり合う。
空中で魔力の応酬が爆ぜ、衝撃が周囲に稲妻のように広がった。
カイはそれを見て一瞬息を呑むが、すぐに判断する。
「今ッ!!」
グリフォンの背から、ドレイアへと一気に跳躍する。
風を切って宙を舞い、ドレイアの背へと着地した。
ノクルスは頭上の魔法を必死に抑え込んでいた。
カイの瞳が細まり、聖剣・ポチが光を放つ。
「喰らえっ!!」
ポチの刃が閃光のように走り、ノクルスの左膝を斬り裂いた。
黒い血とともに膝下が飛び、斬撃はドレイアの皮膚すらもかすめた。
「ッッ……!!」
ドレイアが大きく身体をねじる。制御を失った巨大な鳥の身体が、空中でバランスを崩す。
その振動でノクルスの身体が大きく揺れた。
そして次の瞬間、ヒルダの闇球がそのままノクルスの胸元へと──
直撃した。
「………!」
爆音が響き、空が震える。カイは咄嗟に身を伏せて飛ばされずに耐えた。
「先生の魔法が……入った!?」
だが、すぐに立ち上がってノクルスを確認し、思わず呻く。
(なんで……そう上手くいかないか!?)
ノクルスはボロボロになりながらも、手にした杖で防御していた。
だが、ダメージは入ってそうだ――普通なら即死しているはずの魔法を。
「……なんて、しぶとい化け物だ」
カイはもう一度剣を振るった。
「今度こそ……!」
左腕、腹、肩、背中――刃が深く肉を裂く。
だがノクルスは眉一つ動かさない。
「……?」
カイの手が一瞬止まった。
(どうして……どうして、効かない!?)
まるで切られているのは幻の身体であるかのように、手応えがない。
ノクルスは指先から火球を出し、カイにぶつけた。
その火球により大きく、身体が吹き飛ばされる。
カイは慌てて、ドレイアの身体に剣を立て飛ばされるのを防いだ。
そのとき。
「カイ! その剣を貸しな!」
ヒルダの声が飛ぶ。
見ると、ヒルダはすでに走ってきていた。空を踏むように軽やかに、しかし猛然と。
「……!」
だが、カイは迷わずに反応した。
聖剣ポチを逆手に持ち、ヒルダの胸元に向かって放り投げる。
ヒルダは空中で身体をひらりと回転させ、柄を逆手に握り、一直線にノクルスの首へと――
突き刺した。
その瞬間。
ノクルスの杖が閃き、ヒルダの腹を貫いた。
「先生ッ!!」
カイの悲鳴が空に響く。
ノクルスの黒目が大きく見開かれ、喉から信じられないような声が漏れる。
「う、うう……が、ああ、アアアアアアアア!!!!!」
その声は低く、獣の叫びにも似ていた。
これまで何を受けても無表情だったノクルスが、今、確かに苦しんでいる。
(効いてる……効いてる!?)
ノクルスの身体が、内側から吸い込まれるように収縮していく。
顔が歪み、全身の血管が浮き上がり、皮膚が裂け始める。
「……やっぱり、私しか……倒せなかっただろ……」
ヒルダが血を吐きながら、カイに笑いかけた。
そのまま意識が途切れる。
カイは咄嗟に彼女を抱き止めた。
「先生ッ! しっかりしてくれ! くそっ……!」
すぐにグリフォンを呼び、ヒルダを抱えたまま急降下。
だが、到着を待たずに飛び降りる。
「マルギレットッ!! 回復をッ!!」
マルギレットはすでに構えていた。
「分かっておる。今、癒してやるぞ」
白銀の光がヒルダを包む。
その時だった。
周囲が急に影に包まれた。
上空で、ドレイアが方向を失い、低空で旋回を始めていた。
その翼で森の樹々をなぎ倒しながら、フラフラと――
「来るぞ……!」
カイが剣を構える。
「マルギレット! ヒルダ先生を頼む!!」
カイの背中が、二人の前に立ちはだかる。
構えたポチの刃に、最後の魔素を込める。
迫る巨鳥。
マルギレットが目をつむる。
だが――
次の瞬間、ドレイアの身体から、魔素が風に散るように抜けはじめた。
「……え?」
その巨大な身体が徐々に透け、空気に溶けていく。
黒い羽毛が塵となり、最後には骨も肉も、跡形もなく消えた。
「た、助かった……のか……?」
マルギレットが呟く。
空気が静まる中、カイの髪がふわりと揺れた。
──ドレイアの消滅。それは、遠く雪山の洞窟で、グレーンがゼオの術を絶ったことで起きた連鎖反応だった。
水晶を失ったゼオの術式は崩壊し、
糸の切れた操り人形のように、魔物たちは次々と魔素の粒となって消えていった。
地上の戦場でも――
「……全部、消えた……?」
ミーアが周囲を見渡し、息を呑んだ。
マリが頷く。
「ほんとに……いない……」
キースが剣を下ろして叫ぶ。
「終わったのか!? これで……」
カークが疲れ切った笑みを浮かべる。
「勝った……のですな……」
その瞬間、風が止まり、
火に包まれていた森に、ようやく静寂が戻ってきた。
激戦は終わった。